見出し画像

【まとめ読み】騒音の神様 132〜134 チャンピオン竹之内のボクシング体操始まる。

松原は笑ったので、体のあちこちが痛くなったが元気が出てきた。松原は
「練習は来週かな。また現場で会うたら決めよ。俺も体が痛くてな、また話すわ、」
と言ってボクシング練習の話は切り上げた。あまり長話はしたくなかった。相手も
「ほな、俺らも仕事抜けて来てるんで戻りますわ」
と言って、走って立ち去った。松原はまた作業に戻り、リーダーとして仕事の進み具合を見ながら指示を出す。しばらくすると竹之内がやって来た。
「おう、松原。えらい体動かしてるやないか。無理すなよ。」
と言い、続けて
「あいつら謝ってきよったんやな。まあ、悔しいこともあるわ。でもな、松原、遠慮すなよ。腹立つことあったら好きにせえ。ええな。」
そう竹之内が言うのを聞いて松原は、なんと言って良いかわからなかった。竹之内は松原の肩をドンと叩き、ゆすった。
「お前は戦ってる。俺はわかってる。」
松原はその言葉を聞くと泣きそうになった。泣く訳にはいかないので、
「頑張りますわ。今日は今から片付けますんで、」
と言って皆に
「さあ、片付けるでー、」
と大声で言った。

竹之内が、万博造成地現場に来るようになって一週間が経った。松原の傷は治り、全開で仕事をしている。おしゃべりのダンプカーの運転手は、竹之内の伝説を喋り過ぎて声が枯れている。揉め事からは絶対に目を背けて知らんふりをする現場監督達は、竹之内が来てくれているのですっかり安心して頼りきっていた。現場監督の要望で、朝のラジオ体操の代わりに竹之内のボクシング体操が今日から始まった。竹之内は、竹之内工業の社長としてしっかり
「請求書おくるからな、ボクシング体操分。」
と言っているので仕事として朝からボクシングを教えることにした。今日はそのボクシング体操の初日の朝だった。現場作業員、職人達を前にして現場監督が拡声器で呼びかける。
「ええか、みんな。今日からボクシングミドル級チャンピオンの竹之内工業、竹之内カイドウ社長にボクシングを教えてもらう。ラジオ体操よりええやろ。現場は物騒や。警察に頼るな、お前らが現場を守るんや。万博を成功させるために、貴様らが戦って守れ、ええな。」
と戦争経験があるかもしれない白髪混じりの現場監督ががっつり上から物を言い、竹之内を紹介した。竹之内は鉄で出来たお立ち台の上に立ち、自分の声だけで話し始めた。
「よう見とけ。」
そう言うだけで、迫力が最後尾の職人にまで届いた。竹之内は、右ストレートを思いっきり振り切った。
「思いっきり、腕がちぎれるくらいぶん殴れ。みんな、やれ。」
そう竹之内が言うと、皆が肘を痛めるくらい右ストレートを放った。
「何回もやれ。」
皆が十回は右ストレートを打ち、
「ヒジ壊れるで、」
と言い出した頃、竹之内は
「よっしゃ。今日はここまでや。今日のレッスンは、右ストレートを思いっきりや。」
と言うと鉄の台をガンガンと音を立てて降りた。皆のテンションが朝から上がりまくるラジオ体操がわりのボクシング体操だった。

元ボクシングチャンピオンのボクシング体操と言う、これまでにない朝礼で職人達は色んなことを言っていた。
「なんや、朝から殴りあいの練習かい。何を考えとるんや。」
「竹之内工業の社長やで。あの人、喧嘩もバリバリ強いからな。おもろいやんけ。」
「ヒジ打ち男対策ちゃうか。他にも色々襲ってきよるんちゃうか。」
「わしはヒジが痛いわ。やっとれるかい。」
朝からわいわいと賑やかに、皆それぞれの持ち場に向かった。竹之内は、竹之内工業が受け持つ現場に行く。しばらく松原達の仕事を見てから、万博内の違う場所へ移動した。着地と舗装工事が進む、万博周回道路をハーレーで走る。アスファルトが舗装されたばかりの場所は、特に竹之内は気に入った。
「気持ちええなあ、できたての道は。」
そう思いながら森の中を通る、幅広い道路を走る。ダンプカーがひっきりなしに走り、ときおりクラクションが聞こえ、たまに殴り合いの喧嘩を見る。竹之内は喧嘩は無視して、ヒジ打ち男を見逃さないように走る。良い木陰を見つけると、その下にハーレーを止めてヒジ打ち男を見張った。そしてしばらくすると、また走り出す。次の日の朝もボクシング体操をし、周回道路を走り、木陰でしばらく時間を過ごした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?