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パレスチナ問題に思うこと③

【街頭で出会ったイスラエルで暮らしていた日本人女性の事、イスラエルについて(11月3日の出来事)】


11月3日祝日、大阪七藝で「ガザの日常」という映画があるという事で観に行ってきた。
こんな時に映画館でガザについて撮影されたものを見ることに何だか消費しているような気が最初して抵抗があったが、やはり違うなと思い直して観に行った。

劇場は情勢を反映し満席で立ち見の人も沢山いた。映画はタイトル通り私たちが普段目にすることのない「ガザの日常」を描く貴重な内容で、又別の機会があればご紹介したい。


ここで私が書きたいことは、タイトルにあるその日、『街頭で出会ったイスラエルで暮らしていた日本人女性の事』だ。

映画の前と後に少し時間があったので何もしないよりはと思いたって計2時間半くらい、京橋駅でただパネルを持つというサイレントアクションをしていた。その時に声をかけてきたのがタイトルの女性だ。

女性はイスラエル人男性と結婚しイスラエルで暮らしていたけどれど、怖いから日本に移住してきたのだという。隣には小学生くらいの女の子がふたりがいる。いつ日本に移住してきたのかは聞くことが出来なかった。数年前なのか、今回なのか。。

最初女性は、私がもっている「ジェノサイドをやめろ」というパネルを指してこれ、どういう意味かあなた分かってますか?と厳しい顔で聞いてきた。また娘さんが言いたいことがあるというのでその女性が私に日本語で訳す。「どうしてジェノサイドって言うの?」。

つまりイスラエルによる攻撃はジェノサイドなんかではないという事を言っている。そのあとは、娘さんではなく、日本人女性と私との会話が続く。女性は私がこのようなパネルで訴えている事に終始怒っていた。彼女の言っていたことを思い出して要約するとこうだ。


「これは虐殺ではなく、自衛の戦争だ。私たちイスラエルに自分を守る権利はないのか?」

「自分たちは、一生懸命働いてイスラエルに税金を納めて自分たちを守ってもらっていたのだ」

「ハマスにどれだけロケットを撃ち込まれてきたか、自分たちはシェルターに避難したり怖い思いをして日本に移住してきたのだ」

私は突然のことに酷く動揺しながらも、ずっと占領や封鎖をしている暴力や今回の(今までもだが)、無差別攻撃について伝え、自衛の域を超えている正当化できない暴力であるというような事を何とか伝える。

イスラエルで今回犠牲になった民間人の方に哀悼の意をもっているが、根本的解決をしなければいけないと思う、というようなことも伝える。

「パレスチナの子どもをこんなに殺してもあなたは良いというんですか」とも聞いた。
彼女は、「そうは思わない。」と答える、しかし続く言葉はこうだった。

「だがしかし、今攻撃をやめるわけにはいかない。今やめると又ハマスが出てきて攻撃される。だから攻撃をやめるわけにはいかない。」
「日本は(世界は)資金援助してパレスチナの味方ばかりしている。」とも言っていた。

やがて彼女は言いたい事をいうと娘さんを連れて去っていった。


もちろん根深い問題である事はわかっていたが、日本人女性の口から日本語でストレートにイスラエルに住む人々が思っているだろう事をまざまざと直接聞いた気がし、私は問題の複雑さを自分に突きつけられた気がし動揺しているし、少し混乱している。


彼女は日本に住む私が経験しないような実際本当に怖い思いをして、ハマスを心から憎み、その殲滅のためにはパレスチナの民間人の犠牲も仕方ない、と本当に思っているのだろう。

帰り道、私は彼女の言っていたことを心の中で反芻するのが精一杯だった。


まとまらない頭と気持ちであるが、他でも既に述べられている事も含むが改めて自分が今思うことを書きたい。


①イスラエルという国家は建設時からパレスチナ人への差別・民族浄化を内包して成立してきた国家で、特に今イスラエル国内は史上最も極右化していると言われている。


②国家とそこに住む人々は分けて考えなければいけない。
ひとくくりに見る事は危険で暴力的である。
イスラエル内にも少数になっているがパレスチナ側に立ち運動している人はいる事を忘れてはならない。(ただことごとく弾圧されている現状がある。)


③しかし②を強調し前提にした上で、それでも言えるのは、イスラエルという国内で、パレスチナ人への非人間化するヘイトが長年はびこり、シオニズムの思想をもつ市民が多数ということも又大きな現実であろうという事。(ここにもグランデーションはあると思うが)
日本人女性が言っていたような被害意識もここにはワンセットになっているだろう。

国家システムが人々の思想を形づくり、またその国家を強化する、悪夢のような悪循環の中にいるように思える。


SNSでは、ガザの惨状のみならず、西岸での暴力の映像も流れてくる。
パレスチナ人の死体をひきずり遊んでいるイスラエル兵、拷問してそれをイスラエル兵自らがSNSにあげて娯楽として発信している様子、又一番おぞましいと感じたのは、TicTokで、ヒジャブを被りパレスチナ人女性の真似をし、空爆に怯える様子、停電に困っている様子などを、揶揄・嘲笑し踊っている一般市民の投稿でそれはSNSで非常に支持されているようだった。


勿論すべての人がそうではないと思うし、思いたい。ただしかしこれも今のイスラエルを反映する現実でもある。
イスラエルの政府高官が公の放送で、パレスチナ人をガス室に送り、原爆を落とすべきだというような発言をする映像もみた。

イスラエル国内で蔓延しているこういった状況が変わるには(果たして変わるのだろうか、、、)、時間がかかると思う。

しかし、今刻一刻とパレスチナで奪われていく命がある状況はまったなしである。
何が何でも、イスラエルが納得せずとも、国際社会が直ちに止めなければいけない。


映画「蛍の墓」のように過去の日本の戦争で、国内にいる女性子供など一般民衆が犠牲になり辛い思いをした事もまた真実であり語り継がれることであるが、それによってアジアで行った日本の加害の歴史を矮小化したり否定する事があってはならない。

同様に、ハマスの攻撃によりイスラエル国内で被害にあわれた人々の事実はあろうとも、
パレスチナ人への虐殺を容認することがあっては決してならないし、また、ハマスの民族解放のための抵抗権自体そのものが欧米の「テロリスト」という記号化された言葉でもって無効化されるべきでもない。

ハマスが犯した戦争犯罪にあたる事はいずれ裁かれなければいけないだろうが、私は個人的には、それはイスラエルの過去からの戦争犯罪を裁くことが先だと思う。


岡真理さんが先日セミナーでこんなことを言っていた。(一語一句はちがうが)
「パレスチナの現状が痛ましいことはもちろんだが、イスラエルを誰も止める存在がいない、こんなに人を殺させているこのイスラエルの現状、このことも又本当に心が痛い」。
心から同感だ。

時間はかかっても、痛みも伴うだろうが、イスラエル国内がよくなっていくことを願わずにいられない。
今日出会ったイスラエルに住んでいた日本人女性の発言は私がひとりでいたから多分聞けた声で、貴重な経験だったとも思う。

パレスチナでの状況は悪くなるばかりで、昨日も酷い映像を見る。

イスラエルに住んでいた日本人女性の言葉と、子供たちの遺体が私の頭の中から離れない。