見出し画像

社会と自然のデカルト的二元論を脱却する——ポストコロナの資本主義のゆくえ

——あなたは、この本で何度も、Society([大文字]の社会=自然抜きの人間)と、Nature([大文字]の自然=人間抜きの環境)というデカルト主義的な二元論からの脱却を目指すことを語っていますね。
ムーア それこそ『生命の網のなかの資本主義』の核心です。そして、私の主張で最も誤解されている部分でもあります。(中略)私が本書の序章で強調したかったのは、資本主義は経済のシステムではないし、社会のシステムでもない、ということです。それは「自然の組織化の様式」です。プロジェクトとしての資本主義と、歴史的プロセスとしての資本主義は区別しなければなりません。まず、資本主義や帝国による、長期にわたるプロジェクトがあります。そのプロジェクトは私がデカルト主義的二元論と呼ぶ、社会と自然を分離するイメージで、世界を改造できます。しかし、現実はまったく違います。人類が折りに触れ、生命の網と密接に繋がっている、資本主義の歴史のプロセスがあります。それが大衆の抵抗や反乱や階級の対立を引き起こしていました。それは現在の「気候正義」を求める闘いに、明らかに繋がっているのです。

大野和基編『未来を語る人』集英社インターナショナル, 2023年. p.196-198.(太字強調は筆者による)

大野和基氏編集『未来を語る人』(集英社インターナショナル, 2023年)からの抜粋。気候変動やパンデミックといった人類的危機を経て、資本主義や私たちの社会はどのように変わっていくべきなのかを探求すべく、進化生物学者のジャレド・ダイアモンド、経済学者のトーマス・セドラチェク、環境史学者のジェイソン・W・ムーアなど、世界の知性8人二インタビューした一冊。コロナ禍の最中である2020年10月から2022年7月にかけてインタビューは行われた。

引用したのは環境史学者のジェイソン・W・ムーア氏のインタビューより。ムーア氏は、資本主義の歴史と環境史を軸に、経済史、世界史、イマニュエル・ウォーラーステインに代表される世界システム分析、批判的人文地理学、マルクス主義フェミニズム、農業―食料開発研究など、20年にわたる省察・研究の集大成として『生命の網のなかの資本主義』(東洋経済新報社, 2021年)を上梓した。地球温暖化、経済の金融化、中国の台頭、安価な食糧の終焉など、現在のさまざまな問題を、「世界=生態」「生命の網」という新しいパラダイムで解いていく画期的な試みである。

彼のキーワード「生命の網(Web of Life)」は、「自然」あるいは「社会」という私たちの二元論的思考による概念を変容するために用いられている。ムーア氏は「nature(自然)」というと、森や原野、鳥やミツバチ、土や川などを私たちは思い浮かべるが、その言葉自体が、単なる概念ではなく、帝国主義/資本主義というプロジェクトの中で、権力を得たり、利益を生み出すための手段として用いられてきたと述べる。「生命の網」とは、自分の周りの世界には、人間と人間以外の自然という相互関係だけではなく、さまざまな組織——家族も、工場も、金融センターも、帝国も——が含まれているということを意味する。

「自然」ではなく「生命の網」という概念を考えることで、さまざまなことを全く違った視点で捉えることができる。例えば、資本主義が繁栄するのは自然を破壊することによってではなく、生命の網を無償で、あるいは低コストで働かせることによってである、と考えることができる。生命の網には、プロレタリアート(無産階級)だけでなく、女性、自然界、植民地の人々によって行われる無償労働が含まれる。つまり、あらゆる種類の生命の網は、資本主義の下では利潤追求のために利用される。これは、マルクスが階級社会について考えていたことを拡張するような考え方となっている。

ムーア氏は、このような新しい見方によって、狭い意味での資本主義システムの変革ではなく、非常に広範囲な社会的なシステムの変革を考えているようだ。その射程は、気候変動に対する対策から、農業システムの変革、女性や現代社会の「プロレタリアート」の働き方の変革にまで及ぶ。例えば「対価の支払われない労働」をする人々を「プロレタリアート(proletariat)」に関連させて、「フェミタリアート(femetariat)」「バイオタリアート(biotariat)」と呼ぶ。フェミタリアートとは、feminine(女性の)からきた言葉で、家族の世話、料理、掃除、子育てなどの対価の支払われない労働をする人のことである。バイオタリアートとは、生物学的プロレタリアートのことで、人間以外の生命を資本の働きに供せしめることを指している。

つまり、このような「収奪行為」は資本主義という大きなプロジェクトの最大の特徴であり、経済搾取よりも大きな搾取として、支配や法律や政治の文化という経済外のシステムが、女性や自然や非植民者など、生命の網全体の従属的地位にある人々から「対価の支払われない労働」を収奪しているというのである。マルクスはプロレタリアートのことを「隠された賃金奴隷状態」と呼んだが、それが現在では、生命の網全体に及んでいるという状況がグローバルな状況においてまさに見られているのである。

ムーア氏は、今回のパンデミックによって我々が目の当たりにしているのは「新自由主義的資本主義の破綻と世界中の環境変化の直接の結果」であると言う。資本主義の起源は、ペストの時代、14世紀に気候変動、農業―生態系の枯渇、民衆の暴動に繋がった疫病の時代にあるという。つまり、パンデミックと資本主義には元々深い関係がある。おそらく、私たちが今目撃しているのも、そのような歴史学的・人類学的・環境史学的に大きな変革のはじまりの端緒なのであろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?