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子どもたちに哲学を教えるべき理由——コロナ時代に必要な反唯物主義

——先ほどの質問に戻るのですが、唯物主義から自由になるには、錯覚を理解し、考え、悪いとわかること。私たちは操作されているので、もう肉を食べない、最新のiPhoneが出るたびに買わない。このやり方でいいですか?
ガブリエル:そのやり方で良いのです。代わりに私がお勧めするのは、子どもたちが幼いときから思想について考える分野、哲学を教えることです。そうすれば、彼らはiPhoneに興味を持ちません。iPhoneは全然面白くないのです。プラトンにスマートフォンを与えても、こんなものは必要ない、馬鹿げている、樹を眺めていたほうがiPhoneよりよっぽど興味深い、自然を眺めよと言うでしょう。

丸山俊一『マルクス・ガブリエル:新時代に生きる「道徳哲学」』NHK出版, 2021. p.71-72.

哲学者マルクス・ガブリエルへのインタビュー書籍からの引用。マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel, 1980 - )は、ドイツの哲学者。哲学・古典文献学・近代ドイツ文学をハーゲン大学、ボン大学、ハイデルベルク大学で学んだ。2009年7月に史上最年少の29歳でボン大学教授に着任し、認識論・近現代哲学講座を担当すると同時に、同大学国際哲学センター長も務めている。2013年の著書『なぜ世界は存在しないのか(Why the World Does Not Exist)』は哲学書としては異例の世界的なベストセラーとなった。彼の哲学は「新実在論」と呼ばれ、世界的な諸問題にも積極的に発言をしている。

彼は、今回のパンデミックが私たちにさまざま倫理的問題を意識させたと語る。例えば、隔離の問題や公正な資源配分の問題、差別やスティグマに基づく誹謗中傷などの事例である。こうした倫理的な問題を根本的に扱うことができるのは「哲学」だと述べる。

ガブリエル氏は、哲学がその他の学問分野よりも一つ上のオーダー(秩序)にある理由として、哲学が「思想がそれ自身について考えること」を可能にするからだ、と述べる。例えば、数学は数、物理学は宇宙、生物学は生体といったように、それぞれの学問分野には対象となるものがある。しかし、哲学が対象にするのは思想そのものであり、それぞれの分野に対象物があると、その分野自身が認知しているのは哲学以外にはない。そして、正義について考えるのも哲学の役割である。つまり倫理について考えるというのは、思想そのものについて思想するということであり、哲学が正義を扱うというのは「全哲学的分析の中心にあるもの」とガブリエル氏は述べる。

彼は、現代の病としての「唯物主義」に強力に反対する。つまり、物質的な世界(universe)、物が思想より重要とされる考えは、人類の歴史上かなり最近になってからの誤解であり、私たちをほぼ破滅に追いやろうとしている、と言う。「唯物主義は人間が抱く思想の中で、最悪なもの」とまで彼は主張する。ナチスの国家社会主義、反ユダヤ主義思想、人種差別、女性差別などさまざまな例を挙げ、ガブリエル氏は、それらよりも最悪なものが「唯物主義」であるという。なぜなら、唯物主義は人間を破滅に追いやるからである。

唯物主義は、哲学では古来より反証されてきた考え方であり、プラトンやアリストテレスの哲学には唯物主義の欠片もないという。この唯物主義を強力に推し進めているのは現代の(アメリカを中心とする)消費資本主義である。つまり物質こそが大事とする物質主義の考えであり、それが物質以外には世界は存在しないという自然主義(自然科学を中心とした世界観)と密接に結びつくことで唯物主義が促進されている。

まずは、唯物主義から抜け出すことが、正しい倫理を考えるための第一歩だとガブリエル氏は考える。「私たちは、人間性というものが全世界共通であることを理解しなければならない」という。この気づきがドイツ観念論(ヘーゲル、カントなどの思想)の遺産であり、アジアでは仏教にも見られる思想だ。また、ガブリエル氏は面白い事例を挙げている。コロンビアに住む人口2万人ほどの「コギ族」という人々だ。彼らはほぼ一日中、思考それ自体を考える。彼らは哲学的なコミュニティで、少なくとも4000年前からサステイナブルな暮らしをして、現状を保っているのだという。彼らのコミュニティでは、暴力がほとんど見られない。これは、常に「哲学」を行なっているからだとガブリエル氏は言う。

子どもに哲学を教えるべき理由は、私たちがどっぷりと浸かっている唯物主義の呪縛から逃れるためであり、「本当に面白いこと」としての自然からの学びや、考えることに慣れさせるためだ。そして、倫理や道徳を含め、本当に重要なものは物質の世界にあるのではなく、私たちの思想・考えることの世界にあるのだということを認識することにもつながる。これはガブリエル氏が提唱する「新実在論」から得られる帰結でもある。

パンデミックはすでに反唯物主義であったか?という問いかけに対して、ガブリエル氏はこう述べる。「ええ、その通りです。まさに、ウイルスの不可視性ゆえに反唯物主義なのです。ウイルスは必ずしもテーブルのように物質的な物体ではありません。私たちはより上にある現実に接触しているのです。ウイルスはテーブルやイスよりも上の現実を示す可能性なのです。」





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