治療資源としての「生への意欲」——ノーマン・カズンズ『笑いと治癒力』より

この病気の経験全体からわたしが引き出した結論は何かと言えば、第一に、生への意欲というものはたんに理論的抽象ではなくて、治療的な特徴を持つ生理学的実在だということだ。第二に、わたしの主治医はたまたま、医師の最大の任務とは患者の生への意欲を最大限まではげまし力づけ、病気に対する心身両面の自然の抵抗力を総動員させることだという認識を持つ人であったが、それは本当に信じられないほどの幸運だった。現代の医師は強力な薬剤という、危険性を含む武器の厖大なストックを握っているが、ヒッツィグ博士は、患者のほうがそれに勝るものを持ち合わせているようだと納得した時には、すぐさまその武器の使用をあきらめる度量があった。

ノーマン・カズンズ『笑いと治癒力』岩波現代文庫, 2001. p.23-24.（太字強調は筆者による）

ノーマン・カズンズ（Norman Cousins、1915 - 1990）は、アメリカ生まれのジャーナリスト、作家。米有数の書評・評論誌『サタデー・レビュー』の編集長を30年つとめた後、カリフォルニア大学医学部大脳研究所教授として、医療ジャーナリズムを講義。核兵器廃止・環境汚染反対運動などでも活躍した。著書に『ある編集者のオデッセイ』、『生命礼賛』などがある。

あるとき、原因不明の全身疼痛を発症し、強直性脊椎炎（膠原病の一種）であると診断されたカズンズは、回復のチャンスは500分の1であると医師から告知される。しかし、カズンズは独自のプログラムを実施することを決意し、アスピリンなどの治療薬を拒否し、「笑い」とユーモア、生への意欲を最大化し、ビタミンCの大量注入による免疫賦活によって病気を克服する。その自らの闘病体験をもとに、人間の自然治癒力の可能性を論じ、長寿と創造力の関係、プラシーボ（偽薬）の効能、痛みの効用など、心とからだの相互作用に着目し、全人的医療を提言したのが、1979年に書かれた本書『笑いと治癒力（原題：Anatomy of An Illness as Perceived by The Patient）』である。

笑い、ユーモア、リラックスした心の状態が、免疫状態などを改善させ、病気を改善させる可能性があることは多くの報告がある。また、プラシーボ効果が生理学的作用を通じて、病気を改善させる可能性も同様である。このカズンズの書籍で、最も私の心に残ったのは「生への意欲」という言葉である。「生きたい」という願いや欲求、「もっと自分の人生を楽しみたい」という意欲は、人間にとって最も根本的なものであり、病を治癒へと向かわせる「生理学的実在」である。また、医師の最も重要な責務の一つは患者の「生への意欲」を励ますことであり、これを最大化するように条件づけすることであり、それによって自然治癒力を引き出すことである。一人の医師として、これには心から同意する。

私は、医師が「科学的正しさ」に拘泥するあまり、患者の見解を否定したりして、患者の「生への意欲」を削ぐことがあることを悲しく思う。患者はある程度、自分の病気に対する自分なりの解釈を持っている。これを「解釈モデル」という。医師は患者の解釈モデルにもっと注意を向けるべきである。そして、それを決して否定するべきではない。私は、病気に対する考えを否定され、傷つき、そのために症状が長引いたり悪化したりした患者を何人も見てきた。医師は、患者の訴えに耳を傾け、彼らの考えや解釈を否定せずに受け止めるべきである。そして、患者の病気への前向きな姿勢を評価し、「共に治療に向かって歩もう」と寄り添うことだけでも、患者の「生への意欲」を大いに励ますことができる。そして、その「生への意欲」は生理学的実在として、患者の心とからだにもポジティブな影響をもたらすのである。