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そんそんの教養文庫(今日の一冊)

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一日一冊、そんそん文庫から書籍をとりあげ、その中の印象的な言葉を紹介します。哲学、社会学、文学、物理学、美学・詩学、さまざまなジャンルの本をとりあげます。
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#柄谷行人

イソノミア(無支配)の危機が生み出したものとしての哲学——柄谷行人『哲学の起源』を読む

柄谷行人による『哲学の起源』(2012年)からの抜粋である。彼は紀元前6世紀頃に世界同時多発的に起こった哲学の勃興が驚くべき事態であるとまず論じる。エゼキエルに代表される預言者がバビロン捕囚の中からあらわれ、イオニアには賢人タレスがあらわれ、インドにはブッダやマハーヴィーラ(ジャイナ教開祖)が、そして、中国には老子や孔子があらわれた。この哲学の起源の同時代並行性はなぜおこったのか。この時代に、ある「危機」があったからだと柄谷はいう。それは一言でいうならば、「イソノミア(無支配

統整的理念としてのカントの「世界共和国」——柄谷行人『世界史の構造』を読む

柄谷行人の『世界史の構造』(2010年)は、彼の「交換様式」の理論からみた世界史の成り立ち、国家の起源、そして来たるべき世界へのアソシーエショニズムの展望を述べたものである。カントとマルクスを論じた『トランスクリティーク』と、交換様式の理論から新しいアソシーショニズムについて述べた『ニュー・アソシエーショニスト宣言』をつなぐような位置付けの書籍となっている。それぞれ、過去記事があるので参照されたい(『トランスクリティーク』、『ニュー・アソシエーショニスト宣言』)。 引用した

「強い視差」からくる超越論的な反省——柄谷行人『トランスクリティーク:カントとマルクス』を読む

柄谷行人による2000年代の著書『トランスクリティーク——カントとマルクス』からの引用。本書で柄谷は、カントによってマルクスを読み,マルクスによってカントを読むという試みに挑戦する。そして、コミュニズムの倫理的根源としてカントの哲学があることを明らかにする。「トランスクリティーク」とは、絶えざる「移動」による視差の獲得とそこからなされる批評作業の実践のことである。そして、新しい運動としての「アソシーエション」についても語られている。 カントの哲学は超越論的(超越的とは区別さ

漱石の小説がもつ倫理的な位相と存在論的な位相の二重構造——柄谷行人『意識と自然』より

柄谷行人の出発点、漱石論の第一の論文『意識と自然』(1969年)よりの引用。柄谷は「今ふり返ってみても、夏目漱石論は私にとって、最初で且つ最も核心的な仕事であったと思う。特に1969年に群像新人賞を受賞した「意識と自然——漱石試論」には、10代から20代にかけて考えていたことが凝縮されている」と語っている。柄谷は、漱石の長編小説を読むと、なにか小説の主題が二重に分裂しており、はなはだしい場合には、それらが別個に無関係に展開されている、といった感をおぼえるという。『門』の宗助の

固有名として現象する「単独性(singularity)」——柄谷行人『探求Ⅱ』を読む

柄谷行人の『探求Ⅰ』についての過去記事に続き、今回は『探求Ⅱ』について見ていく。『探求Ⅰ』のテーマは「〈他者〉あるいは〈外部〉に関する探求」であった。それがウィトゲンシュタインの言語ゲーム論や、バフチンのポリフォニー=ダイアローグ論から主に考察されていた。『探求Ⅰ』での参照軸は主にウィトゲンシュタイン/バフチン的な言語論であったといえるだろう。 『探求Ⅱ』のテーマはそれを発展させつつ、この問題を別の観点から捉えようとする。それは、「この私」というときの固有名に存する「単独性

言語ゲームを異にする他者との対話(あるいはポリフォニー)——柄谷行人『探究Ⅰ』を読む

柄谷行人は、1969年、夏目漱石を主題とした漱石論で文学賞を受賞したところから文芸批評家としてのキャリアをスタートさせ、1970年代には価値形態論を中心としたマルクス『資本論』の読み直し・再解釈をおこなっていく。それはマルクス・レーニン主義の視点からでないマルクスの再発見であり、新たな連帯・コミュニケーションの形を見つけ出すという目論見に基づくものであった。1980年代に入り、「構造主義」「ポスト構造主義」の理論的再吟味とマルクス『資本論』の価値形態論の再吟味を同時に行う仕事

「事実の相対性」という謎を生きる——柄谷行人による芥川『藪の中』論

柄谷行人は、1970年代以後の、まったく新しいタイプの批評家である。それは彼個人の独自性によると同時に、70年代以後の文学状況の大きな変化による。本書『意味という病』の「作家案内」で曽根博義氏は「柄谷行人の批評そのものが、過去における「文学」の歴史的意味を明らかにすると同時に、現代において文学が持ち得る新しい意味を鋭く問うてきた」と述べている。 柄谷行人はマルクス主義哲学から出発しながら、文芸批評も得意とする哲学者としてその独自の思想を常に発展させてきた。むしろ哲学者として

「まだ思惟されていないもの」としての価値形態論——柄谷行人『マルクスその可能性の中心』を読む

柄谷行人については昨日の記事でも取り上げた。本書『マルクスその可能性の中心』は、文芸誌「群像」(講談社)で1974年4~9月号に連載した後、1978年に単行本になった本で、亀井勝一郎賞を受賞している。 本書が書かれた1970年代半ばというのは、70年代初期に新左翼が崩壊し「マルクスはだめだ」といわれた時期だった。さらに遡ると、柄谷がマルクスを本気で読み出したのは1960年代初期に、「イデオロギーの終焉」が唱えられ、「マルクスは終わった」といわれた時期からだったという。つまり

"向こうから"到来する交換様式D——柄谷行人『ニュー・アソシエーショニスト宣言』を読む

柄谷行人(からたに こうじん)は、1941年生まれの思想家。東京大学経済学部卒業。同大学大学院英文学修士課程修了。法政大学教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授を歴任。1991年から2002年まで季刊誌『批評空間』を編集。 New Associationist Movement(ニュー・アソシエーショニスト・ムーブメント、NAM)は、日本発の資本と国家への対抗運動。柄谷行人が「当時雑誌(『群像』)に連載した『トランスクリティークーカントとマルクス』で提示した、カントとマ

漱石の多様性と『こころ』——柄谷行人『言葉と悲劇』を読む

柄谷行人(からたに こうじん, 1941 - )氏は哲学者・文学者・文芸批評家。過去の記事においても紹介しているので合わせて参照してほしい(小林敏明『柄谷行人論』、合田正人『吉本隆明と柄谷行人』)。柄谷の関心と射程は哲学、数学、経済学、歴史学など実に幅広いが、その出発点は、夏目漱石研究である。彼のペンネーム「行人」が、漱石の小説『行人』から来ているのも有名な話だ。本書『言葉と悲劇』は1984年から88年にかけてさまざまな場所で行われた講演を集めたもので、そのタイトルだけをみて

存在倫理と善悪の彼岸——合田正人氏の『吉本隆明と柄谷行人』を読む

レヴィナスやサルトルなどフランス哲学・現代思想の研究者である合田正人(1957 -)氏が、吉本隆明と柄谷行人について書いたという興味深い本『吉本隆明と柄谷行人』(PHP新書, 2011年)からの引用である。吉本隆明と柄谷行人は戦後思想界を代表する二人であるが、二人は互いに批判しあい、相剋しあいながらも、彼らの「発想力、構築力、破壊力、問題構成力、持続的展望力」はいずれも現代において強力な影響力を持っていると合田は論じる。 紹介するまでもないが、吉本隆明(1924 - 201

漱石とレヴィナスの「存在することの不安」——小林敏明『柄谷行人論』より

柄谷行人(からたに こうじん、1941 -)という人がいる。戦後思想界の巨人の一人で、哲学者、文学者、文芸批評家である。彼の関心は、漱石研究など「日本文学」から始まったが、そこから外国文学へ、そしてさらには哲学、数学、経済学、歴史学という領域へと広がっていった。その思想の幅の広がりは比類なきもので、その代表作を見ても『〈意識〉と〈自然〉 漱石試論』『マルクスその可能性の中心』『坂口安吾と中上健次』『世界史の構造』『哲学の起源』『ニュー・アソシエーショニスト宣言』など多彩なもの