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そんそんの教養文庫(今日の一冊)

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一日一冊、そんそん文庫から書籍をとりあげ、その中の印象的な言葉を紹介します。哲学、社会学、文学、物理学、美学・詩学、さまざまなジャンルの本をとりあげます。
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#不安

不安とは無に至る本来的で適切な通路である——レヴィナス『倫理と無限』より

本書『倫理と無限——フィリップ・ネモとの対話』は、1981年にラジオ局「フランス・キュルチュール」で放送されたエマニュエル・レヴィナスとフィリップ・ネモとの対談である。同書についての過去記事(「客観性は世界を見つめる眼差しを覆い隠し忘却させる」)も参照のこと。 レヴィナスがハイデガーについて語った箇所である。レヴィナスはフライブルク大学においてハイデガーの講義を聴講して衝撃を受ける。1928年のことである。ハイデガーの思想は、レヴィナスに決定的な影響をもたらした。レヴィナス

漱石の小説がもつ倫理的な位相と存在論的な位相の二重構造——柄谷行人『意識と自然』より

柄谷行人の出発点、漱石論の第一の論文『意識と自然』(1969年)よりの引用。柄谷は「今ふり返ってみても、夏目漱石論は私にとって、最初で且つ最も核心的な仕事であったと思う。特に1969年に群像新人賞を受賞した「意識と自然——漱石試論」には、10代から20代にかけて考えていたことが凝縮されている」と語っている。柄谷は、漱石の長編小説を読むと、なにか小説の主題が二重に分裂しており、はなはだしい場合には、それらが別個に無関係に展開されている、といった感をおぼえるという。『門』の宗助の

精神は自己に不安として関係する——キルケゴールの『不安の概念』を読む

セーレン・キルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard、1813 - 1855)は、デンマークの哲学者、思想家。今日では一般に実存主義の創始者、ないしはその先駆けと評価されている。キルケゴールは当時とても影響力が強かったヘーゲル学派の哲学、また(彼から見て)内容を伴わず形式ばかりにこだわる当時のデンマーク教会に対する痛烈な批判者であった。キルケゴールの哲学がそれまでの哲学者が求めてきたものと違い、また彼が実存主義の先駆けないし創始者と一般的に評価されているのも

どこにもない、世界全般に対する「不安」——ハイデガー『存在と時間』より

ハイデガーの『存在と時間』より、「不安」の意義について。 ここでは、心理学的な「不安」が分析されているのではなく、あくまで「人間(現存在)の存在とは何か」という存在論的な分析を基礎付けるものとして「不安」が取り上げられる。というのも、ハイデガーいわく、私たちが「不安(Angst)」を感じるとき、一体何が起こっているのかを解明することで、人間存在を根源的に捉える契機になるという。 ここでは対照的に「怖れ」が取り上げられる。怖れは明確な対象物を持つ。ハイデガー的な用語では「内

漱石とレヴィナスの「存在することの不安」——小林敏明『柄谷行人論』より

柄谷行人(からたに こうじん、1941 -)という人がいる。戦後思想界の巨人の一人で、哲学者、文学者、文芸批評家である。彼の関心は、漱石研究など「日本文学」から始まったが、そこから外国文学へ、そしてさらには哲学、数学、経済学、歴史学という領域へと広がっていった。その思想の幅の広がりは比類なきもので、その代表作を見ても『〈意識〉と〈自然〉 漱石試論』『マルクスその可能性の中心』『坂口安吾と中上健次』『世界史の構造』『哲学の起源』『ニュー・アソシエーショニスト宣言』など多彩なもの