オーバースペックだからこそのリアリティ ~ロボティクス・ハードウェアとしてのシオンのデザイン~

【ネタバレを含みます】

 映画「アイの歌声を聴かせて」に登場するAIロボット少女シオンは、どう考えてもオーバースペックです。

 ノールック&片手で受け止めたバスケットボールをノーモーションで力強く投げ返し、男子高校生を柔道で投げ飛ばすという運動性能。
 十代男女の好奇に満ちた視線に四六時中さらされても、その正体が露見することのない外観の完成度。
 柔道部員に投げ飛ばされても、3m以上の高さからコンクリートの地面に落下しても損傷せず、腹部の複雑な開口部形状にもかかわらず、完璧防水されているという耐久性。
 しかも歌って踊れる美少女。

 いずれも「AIの短期実証実験のためのプラットフォーム」としては(たとえAIロボットなのがバレないことが最重要課題だとしても)あまりにもオーバースペックです。
 それは、柔道の訓練でしょっちゅう故障する「三太夫」や、水田での作業の為に手足をビニールでカバーする必要のある他の作業支援ヒューマノイドロボット達と比較しても明らかです。

 これを「物語を成立させるための『フィクション』である」と捉えるのは簡単ですが、実はそれで済ませてしまうにはあまりにも勿体ないリアリティをシオンのオーバースペックには感じます。


 ロボティクス・ハードウェアとしてのシオンのデザインを考える際、まず疑問に思うのが「誰がシオンを作ったのか?」です。
 サトミの母、ミツコが所属するチームはAI研究開発部門で、ハードウェアとしてのロボット開発のエキスパートが常駐しているようには見えません。それ以前に星間エレクトロニクスの景部支社のビルにシオンのようなAIロボットを1から作れる規模の製造部門があるとは考えにくいように思えます。
 ここはひとつ、大企業・星間エレクトロニクスグループのどこか別の場所にあるロボット研究開発部門が密かに開発していた人間そっくりの高性能ヒューマノイドを流用した、と考えるのが妥当でしょう。(もちろんそんな機密メカを実証実験に使わせて貰うためにミツコさんがどんなすごい手練手管や人間関係を駆使したか…色々と妄想は膨らみますが、ここでは掘り下げずにおきましょう)
 これは西城支社長や星間会長がシオンのハードウェアとしてのスペックにさほど関心を示していない(既に製品化されている作業支援ヒューマノイドの性能を大きく陵駕しているのにもかかわらず、です)、すなわち既にそのレベルのモノが存在していることを知っていたっぽい、ということがその証拠になりそうです。


 では、星間エレクトロニクスはなぜシオンのような人と見紛うほどの高性能ヒューマノイドロボットを製造していたのか?ということですが、これは様々な可能性が推測できます。接客、医療、介護、教育、等々…シオン型ヒューマノイドロボットのビジネスにおける有用性は枚挙にいとまがありません。

 そして、当然懸念される使途として軍事転用があります。

 その是非はともかく、そのあたりを考慮すると、シオンのオーバースペックや、その為の惜しみない技術&予算投入も納得がいきます。

 だからと言って「なあんだ、やっぱり軍用か」とか「夢がない」とか幻滅したわけではありません。いや、むしろ逆です。
 よしんば軍事利用を視野に入れたロボティクス・ハードウェアだったとしても、ヒトとAIとの関わり方次第で、こんなにも明るい未来を構築できるという可能性を提示したことが、この作品の素晴らしさのひとつだと思うのです。
 これは、現実世界でロボット大国でありながら、実質、諸外国のように膨大な軍事予算が投入されることのないこの国だからこそ説得力を持って語ることのできた、「あり得るべきヒトとロボットとの未来のかたち」ではないでしょうか。

 個人的に本作で最も感動したシーンのひとつは、物語の後半でミツコが自己進化するAIの危険性について、紋切り型な台詞を口にしかけた瞬間「面白そう!」と割って入るアヤの台詞です。この、一見脳天気で無責任にも思えるヒトとAIとの関係性が、シオンがオーバスペックなロボティクス・ハードウェアだからこそ、かえってリアリティを持って期待できる未来のように感じられるのです。もしシオンが三太夫程度のスペックだったら、このリアリティには至らなかったんじゃないかとさえ思います。

ここに「アイの歌声を聴かせて」が描き切った「理想」があるように感じると同時に、曲がりなりにもリアルにロボットに関わる者として、こういう世界を実現するためにもっと頑張らないとなあと、この作品を観るたびに思うのです。

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