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幕下力士・緋村の証言 【小説】どの顔もあの女#3

 最近真矢さんにLINEしても、ずっと既読にならなくて。最後に送ったのは1週間くらい前です。普段、半日くらい既読つかないときもあるんですけど、1日つかないことはないです。だから、どうしたのかなと思ってました。でも、まさか死んじゃったなんて。信じたくないですよ。
 真矢さんと知り合ったのは、後援者との飲み会です。居酒屋のオーナーが僕たちの部屋を応援してくれていて、その関係で本場所後に打ち上げ会、みたいなのをするんです。両国でやるときだけなので、1月と5月と9月の年3回ですね。
 自分は何度か打ち上げ会に参加しています。関取から2人、幕下から2人、三段目から2人、毎回6人の力士が呼ばれて、その場を盛り上げる感じです。自分はオーナーになぜか気に入られていて、毎回のように呼ばれていますね。

 その打ち上げ会に来ているのは、おじさんやおばさんが多いです。おじいちゃんとかおばあちゃんって言ったほうがいいくらいの年齢の人もたくさんいます。そのなかで真矢さんはかなり目立っていました。だって若いじゃないですか。まあ、ほかにも若い人は少しはいるんですけど、ダントツできれいでした。自分、一目惚れしたんです。
 順にテーブルを回っていって、真矢さんと話したときに、名刺をくれたんです。帰ってからすぐにメールを送って「LINE教えてください」と伝え、それから毎日LINEをするようになりました。昼間働いている人だから忙しいみたいで、たくさんではないけど、朝晩はLINEしてたと思います。

 33歳っていう年齢ですか? 全然気にならなかったです。自分は年上の女性が好きなので、12歳差なんて問題ないかな、って。見た目もタイプですし、優しいところが好きでした。
 初めてデートで行ったのは焼肉屋です。真矢さんが個室の焼肉屋を予約してくれたんですけど、緊張してあまり食べられませんでした。「力士なのにこれだけしか食べないの? ちょっとがっかり」と笑われましたね。でも、久しぶりに会えて嬉しいし、やっぱりきれいな人だから緊張しちゃうじゃないですか。
 それから2回デートしました。2回目のデートでホテルに行きました。自分、それまで童貞だったんです。高校も男子校だったし、高校卒業してすぐにこの世界に入ったので、そういう機会がなくて。あ、もちろん先輩たちに、風俗に連れていかれたこともあります。でも、できなかったんです。怖くて。LINEでも自分は童貞で恥ずかしいと、真矢さんに伝えたことがあります。
 そうしたら「全然恥ずかしいことじゃない。そんなふうに思わなくていい。初体験のとき、変な女性とかどうでもいい女性とか、好きでもない女性とするほうが、嫌な思い出になって、そのあとエッチを嫌いになっちゃうかもしれない。だから、本当に好きな人ができるまではしないほうがいい」みたいな、めちゃくちゃ長い返信が来たのを覚えています。
 真矢さんは童貞をバカにしない人なんだな、と嬉しくなりました。勢いで「じゃあ、真矢さんに初めての女性になってほしい」と伝えたら、すぐに「いいよ」と返事が来ました。

 実際、初めて真矢さんとエッチできて良かったです。後悔はまったくありません。女性の体ってこんなに柔らかいんだとか、こんなにすべすべしてるんだとか、本当に感動しました。すごく優しくリードしてくれたし、お作法をいろいろと教えてくれました。
 事前に「この本を読んだら女性の体がわかる」とか言って、おすすめの本を紹介してくれたこともあったんです。『女医が教える〜』みたいな本で、自分ちゃんとそれ読みました。
 3回目に会ったときもホテルに行きました。会ったのはそれが最後です。こんな童貞の自分に優しくしてくれて、エッチさせてくれて、自分にとっては女神みたいな人でした。「付き合ってください」って言うと、「もっと年齢が近い人と付き合いなさい」とか「私はやめといたほうがいいよ」って言われましたね。断り文句でしかないですよね。自分は本気だったのに。
 もっと会いたかったです。もうすぐ幕下15枚目に入るかもしれないところで、いよいよ関取を目指せる位置に来ていたから……。関取になったらもう一回、真矢さんに付き合ってほしいと言おうと思っていたんです。もう会えないなんて悲しすぎますよ。


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