職業、女。#17 忘れえぬ男〜キス編

 キスに上手下手なんてないだろう、と思っていた。

 (キスの下手さを説明するメジャーな例に「歯があたる」があるけれど、幸運なことに未経験である)
 
 原則、キスをする相手は、自分にとってときめく人。そのため、気持ちは自然と高揚しており、要は相手のキスに点数をつける暇もなく、次の行動へのスイッチをONにするきっかけにしかならない。

 ところがあるとき、男性からキスの仕方をレクチャーされ、自らの過去のふるまいを恥じ、穴があったら入りたい気持ちになった。彼の主張を以下にまとめる。

 「あなたは唇がふっくらして厚めなタイプ。ただでさえ、圧が強めである。『ややソフトなキス』を意識すると、大人っぽさが出ると思う。あくまで薄めな唇をした僕の一意見だけど、いつか誰かとするときに試してみてほしい」

 あぁ、今までのやり方は大人っぽくなかったのか、それにグイグイ押しすぎていたのか、と落ち込んだ。と同時に、そんなことを親切に教えてくれる彼に感謝の念を感じずにはいられなかった。だって、それまでキスしてきた男性の誰ひとり、コメントをくれなかったから。

 だから、男の人と初めてキスをした二十歳の頃から数年余り、その方法でいいのだと疑うことなく過ごしていたし、相手も心地よさを感じているはずだと思い込んでいた。

 さらに、「ふっくらした唇を褒められることが多くてうれしい」と、脳内がお花畑状態でもあったと思う。哀しきかな、男性から「そのこさん、圧強いわぁ……」と思われているとは、1ミリも想像していない。

 ありがたいフィードバックである。彼は「キスのやり方を正してくれた恩人」として、私が死ぬまで忘れえぬ男になると思う。

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