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ジャン=ジャックとルネとニコラ

楽しみにしていたアニメ映画『プチ・ニコラ』(字幕版の方)。
「パリがくれた幸せ」なんて陳腐な副題はつけないでほしかった。
映画の中でも「タイトルはシンプルに」って言ってたでしょ。

フランスの国民的児童書『プチ・ニコラ』の絵を描いたジャン=ジャック・サンペが昨年亡くなってnoteに個人的追悼を書いた時は、私はまだこの映画のことは知らなかった。
サンペはこの映画を監修し、昨年アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞を取ったのを見届けてから、この世を去っていた。

先に感想を言うと、思っていたのとちょっと違った。
物語の原作者ルネ・ゴシニとサンペの友情、そして二人がそれぞれ抱えていた子ども時代の悲しみが描かれているという触れ込みだったのだが、その辺はあまり掘り下げられていなかったので。
実話に基づいた二人のエピソードとニコラのお話が交互に出てくるのだが、ゴシニとサンペのパートがちょっと物足りなくて、あら、これだけですか?と思ってしまった。
でも、だからといって、期待はずれだったというわけではない。

二人が生み出したニコラや級友たちが生き生きと動き、駆け回り、おしゃべりし、原作『プチ・ニコラ』のアニメ版としてはとてもよくできた映画だと思った。


『ベルヴィル・ランデブー』をちょっと彷彿とさせる、心踊るオープニング。
背景にはサンペの絵がそのまま広がって、いきなりあの世界に誘われる。
カルトンを脇に抱えて自転車でパリの街を駆け抜けるサンペがかっこいい。
他にも自転車のシーンはよく出てきたが、ほんとにサンペは自転車好きなのね。
音楽も楽しい。
街頭でみんなが踊り出すところは『ロシュフォールの恋人たち』みたいだし、レイ・ヴァンチュラの "Qu’est-ce qu’on attend pour être heureux? "は、そのまま迷うことなく幸せいっぱい。
音楽担当は『アーティスト』でアカデミーの作曲賞を取ったルドヴィック・ブールス。

ニコラほか登場人物たちの声も動きも、原作を読んでいた時に脳内で勝手にアニメ化していたのと全く違和感はなかった。
いきなり始まるケンカ、休み時間に一斉に校庭に飛び出してくるところ、アルセストがタルティーヌを落っことすところ、イメージそのまま。

大人といる時はいい子ぶっているけれど、ニコラと二人きりになると豹変する女の子、ルイゼットの意地悪な話し方がとてもよかった。

キャラクターだけでなく、サンペ特有の線と淡い色彩で描かれる室内、建物、街、空が美しい。

昔、スタジオジブリの『耳をすませば』を見たシンガポール人の知り合いが「なんてことない沿線や団地や町並みの風景なんだけど、『日本!』って感じがして愛おしい」と言っていたが、私もニコラの映画を見て、なぜか実写以上にフランスを感じた。
ゴシニが住んでいたブエノスアイレスやニューヨークの風景も。

個人的にすごく驚き、うれしかったのは、ニコラとアルセストが学校をサボって街をうろつく中の、とあるシーン。
映画館の前を通り過ぎる時、一瞬チラッと映ったポスターの一つが、ジャン=ポール・ベルモンドの『太陽の下の10万ドル』だった。
この場面は原作の挿絵にはなかったので映画版のオリジナルなのかな?
ベルモンドファンとしては得した気分。

朝日新聞DIGITALのインタビューで、監督のアマンディーヌ・フルドンとバンジャマン・マスブルは、『プチ・ニコラ』で原作の味わいをアニメで生かす制作について、高畑勲の『ホーホケキョ となりの山田くん』を参考にしたと言っている。
そうだったのね〜。確かに余白や線の感じには共通するところがあった。

ニコラが物語から離れてゴシニやサンペのところにやってきて会話するシーンが何度か出てくる。小さかった頃の自分を思い出し、人生の秋にいる私には思うところが色々あった。

原作を知らなくても、梅雨の季節にカラリと明るく、ちょっと切なく、でもとっても楽しいアニメーション。おすすめです。
上映館、あまりないけれど…。



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