【コラム】南チロルの風:5

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レストランという舞台へ

初日の営業、こんな日本人の若造が蝶ネクタイで黒服を着させてもらいサービスさせてくれるなど誰が想像したでしょう。

通常日本で黒服を着たサービスマンは経験も知識もあり、なによりお客様からの信頼があって初めて着ることのできるあこがれの服と僕の中では解釈していました。

そんな状況でドキドキしながらお客さんのいるホールへ向かう心境は、まるで演劇の舞台へ向かう役者と同じような感覚だと思います。

しかし、いざホールへ出てみると意外にそこまで緊張しなかったのです。

言われた作業、ここではお水、灰皿(当時はまだ室内での喫煙が可能でした)、パンサービス、皿下げを全体的に見ろという指示を、自分の持っている笑顔とともに積極的にこなすよう努めました。


「意外にこのような緊張した雰囲気で働くのは楽しいな」


舞台で演技を終えた脇役は袖に戻ると後片付けに専念します。

マサ少年はパンの後片付けやサービス器具の整理整頓、そして大量のワイングラスと格闘することになります。

今までのやり方とは違うグラスの拭き方を教わり、1個1個時間をかけて丁寧に磨きます。

気がついたら1時間以上経っていたりもするんです。

でも、今でも覚えています。

初日の仕事終わりに上司のジーパンおじさんことウンベルトが、大汗かいてグラスを磨いている僕に言った一言を。


「ブラボー、マッサ」「おつかれ、よくやったよ」

と軽く言ったねぎらいの言葉とともにドルチェットの入った赤ワイングラスを渡してくれました。

当時の僕にとってみたら本当にうれしかった言葉で疲れと緊張をほぐしてくれた赤ワインでした。

昨日までの不安は半分以上忘れ、ようやくイタリア生活に期待がでてきた瞬間でありました。

また自分もいずれ先輩になった時に仕事始めの後輩にこんな一言をかけられる人間になろうと思った瞬間でもありました。


それからの山下少年は、ウンベルトがいうことを見よう見まねで理解して、自分ができることを率先して行うように努めました。

毎日メモを取り、わからない言葉は辞書で調べ、他のスタッフの邪魔にならないように自分の仕事に専念して、そして帰るところは毎日グラス磨き場。

そしてミラモンティ・ラルトロはそんな若造日本人にも色々とチャンスを与えてくれたレストランでもありました。

一番の収穫はやはりサービスの技術面と細やかな気配り、そして見せる技術だと思います。

彼らから学んだ内容は、僕が今まで見たことのないような素敵な振る舞いでした。


持ち回りサービスからお客様の目の前で取り分けるワゴンサービス、メニューをお見せしないで口頭でオーダーを取る技術、レディーファーストの徹底化、などなど。

また小さな気配りという面でも勉強になりました。

コースメニューとアラカルト(一品料理)を一つのテーブルで提供する際、コースをお召し上がるお客様が、皿数上御一人で御召しいただかなければいけない方にかける一言。


「お一人様のお食事で恐れ入ります」


そういうところまで気を配る感覚に当時のマサ少年は心を打たれました。

やはりイタリア食文化はそれ程、みんなで食事を楽しむということに重点を置いているのだなと実感したのです。

今回はここまで。次回は衝撃的な新たな出会いについてです。

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