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「お守り」としてのクリストとジャンヌ=クロード。

1982年11月20日:まず541,330平方フィートの布がマイアミに空輸される。『クリスト 囲まれた島々』P7 

5月31日、現代美術家のクリストさんが84歳で亡くなりました。(妻であり、パートナーのジャンヌ=クロードさんは2009年にお亡くなりになっています)

*画像 公式HPより

実際にこの目で作品を観ることは叶わなかったけれど、展覧会や図録、ドキュメンタリーなどで彼らの作品に触れ、その作品の美しさやスケールの大きさが大好きなアーティストでした。

僕には美術批評はできないので、彼らの作品について語ることはしません。ですが、彼らの作品づくりのプロセスを通じて、いくつかのプロジェクトを進めてきた自分の経験と照らし合わせ、書けることがあるかもしれない。そしてそれは、仕事や暮らしを送るうえで「お守り」になるようなヒントがあるかもしれないと思い、書いてみることにしました。

クリストとジャンヌ=クロードのこと

ふたりは、1935年6月13日のほぼ同時刻に生まれました。クリストはブルガリア、ジャンヌ=クロードはモロッコで。1958年にパリで出会った2人は結婚し、アート活動を開始。1964年にはNYに拠点を移し、様々な作品を生み出していきました。

彼らの作品は「野外空間での一時的な芸術作品」と説明されるもので、主に布を使って風景を変える作品を多く手掛けてきました。例えば、こんな作品があります。

谷間に大きな布をかける「ヴァレー・カーテン アメリカコロラド州 1970-72」

*画像 公式HPより

パリの橋を布で包んでしまう「包まれたポン・ヌフ 1975-86」

*画像 公式HPより

カルフォルニアと茨城で同時開催した「アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984ー91」

*画像 公式HPより

イタリアの島を囲み、海面を歩く「フローティング・ピアーズ イタリア 2014-16」

画像 公式HPより

圧倒的なスケールで風景を変えてしまう作品。これを、二人はどうやって作ってきたのでしょうか。

作品づくりのプロセス

クリストとジャンヌ=クロードが知事や行政関係者に対しても、また牧場主や農家の老婦人、さらに小学生に対しても、全く同じ丁寧さでプロジェクトについて語っていた姿は印象的だった。『新版クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』柳正彦著 P180

公共物を布で包む、地権者の土地にひたすら傘を立てるなど、「誰かの持ち物」に手を加える作品のため、許可を得るためには膨大な時間と手間がかかります。ものによっては、20年以上(!)交渉をしていくものもあります。

ただ書面を送ったりするだけでは、人を動かすことはできません。実際にその場にいき、一人一人にプロジェクトの詳細を話します。公聴会を何度も開いたり、場合によっては訴訟されても、彼らはプロジェクトを実現させるために地道に活動し、最終的に許可を得ていきます。

自らが求める形でプロジェクトを実現するために必要な出費は惜しまない。他人に頼らず自らの作品で資金を調達し、必要ならば借り入れもするという『新版クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』柳正彦著 P122

彼らは、プロジェクトのための資金調達を自ら行います。誰かパトロンがいたり、出資や協賛に頼ることなく、ドローイングやコラージュを販売することでプロジェクト開催のための資金をつくります。

「他人のお金」で何かを行うのはとても大変です。「プロデュース」といえばかっこいいかもしれないけれど、どうしても、自分が思うように進めることはできません。

プロジェクトを進めるための最善の道。彼らの場合それは、「自分のお金でやること」。そのための手段として、「ドローイングやコラージュを販売する」ことでした。

2016年に実現した「フローティング・ピアーズ」を含めると、1961年から55年の間にクリスト&ジャンヌ=クロードが実現したプロジェクトは計25になる。一方何らかの理由で実現には至らなかったプロジェクトは45以上ある。『新版クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』柳正彦著 P170

また、彼らは並行してたくさんのプロジェクトを進めていました。「卵をひとつのカゴに盛るな」という投資の格言もありますが、プロジェクトも一緒です。このやり方は、仮にひとつのプロジェクトを断念してしまった時に、精神衛生上もプラスに働きます。

学生を中心とした600人は登録用紙に記入し、作業グループ番号を受け取った。それぞれのチームは、台座の設置に従事した専門作業員ひとりと9人の新参加者によって構成された。『クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91』P40

そして、プロジェクトの実現フェーズでは大規模なチームを組んでいきます。国も違う、制約や条件も違う、すべてが異なる中で、彼らはビジョンを共有し、それに賛同したメンバーがプロジェクトに参画します。

では、そのビジョンはどこから来るのか。彼らはこう語ります。

プロジェクトに来てくれた人の楽しそうな顔を見るのは嬉しいです。でもそれはボーナスです。プロジェクトはまず、私たち自身のためのものなのです。美しくなるだろうと確信するアイデアが実現した姿を、この目で見るために全力で取り組んできているのです。『新版クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』柳正彦著 P70

たった数週間で終わる展示のために、何十年も許可を取るために動き、何百億円という資金を費やし、何百人ものチームを編成できる理由。

それは、「美しくなるだろうと確信するアイデアが実現した姿を、この目で見るため」、ただそれだけなのです。そして、その景色をみるために展示期間中には何十万人という人が集まります。

*画像 公式HPより

「何のためにやってるんだっけ?」と堂々巡りに陥る前に、自分の心のうちにある動機、想いを探ること。そして、いまそれが心のうちにないんだったら、湧き上がるまで動かない方がいいとさえ思ってしまいます。

「お守り」としてのクリストとジャンヌ=クロード

僕はここ数年、プロジェクト単位で仕事を進めることが多く、旗振り役を担う機会が増えてきました。たくさんの人を巻き込みながら、数年かけてゴールに向けて進んでいく楽しさややりがいは大きいものですが、反面、その難しさに打ちひしがれることも多くありました。

どんなプロジェクトでも現実の壁にぶつかります。思うように進むことはまずありません。予算が上振れる、言った言わないで揉める、検討期間がどんどん短くなっていく。胃液が逆流し、夜は眠れなくなり、家族に当たり散らしてしまう。

もうやめてしまおうか、とやさぐれるときに最後にふんばれるのは、「心のうちにある動機」が、あるかどうか。それが、強いものかどうか。それが、長く持続するものかどうか。

「やりたいことをやる」という自分本位の理由だけでなく、「喜んでもらえる人がいるから」とか「この人は裏切れない」とか、いろんな動機があっていい。とにかく大切なのは、動機が他の場所で仕入れたものでないことです。

いま、行政が管轄している場所で企画をしているのですが、過去に誰もそこで催しをやったことはありません。その場所の許可を得るために右往左往しているなかで、先日担当者に挨拶にいきました。

もともと関係のなかった土地ですが、とある縁が繋がり一緒に企画をしたい人がいること、そしてその場所で企画をしたら絶対にいいものになるという確信。それを楽しんでくれるたくさんの人の姿を想像する。それが、この企画の僕の心のうちにある動機です。

担当者にそういった想いを伝えるうちに、スケールは彼らに及ばないけどプロセスは一緒じゃないか、と心のうちに彼らがいるような心強さを感じ、まずは許可申請への第一歩を踏むことができました。

プロジェクトを推進するための動機は、自分の心のうちにあるものじゃなきゃいけない。それが見つかれば、最善の手段はおのずと見つかっていく。

クリストとジャンヌ=クロードの姿勢を、自分の中に取り込むこと。「お守り」としてのクリストとジャンヌ=クロードがいれば、なんだか荒波の中にも飛び込んでいける気がします。

彼らの最新作は21年9月にパリの凱旋門を包むプロジェクト。この世に2人はいませんが、彼らの意志を継いでプロジェクトは進行するとのこと。来年、パリ行きたいなあ。

「ニューヨークに到着する日、朝5時に甲板に出て船が港に入るのを待ったのです。私たちの目に飛び込んで来たのはダウンタウンの風景でした。絵葉書を見ているような、一生忘れられないものです」と回想する。この時クリストはジャンヌ=クロードに「気に入った?」と問いかけたという。「もちろん」という答えに、クリストはすかさず、「すべては君のものだよ」と告げたというエピソードも残っている。『新版クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』柳正彦著 P105

*画像 公式HP


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