見出し画像

きもの染め職人の腕の見分け方?

「腕が良い作り手」とは一体どのようなものでしょう?
(今回も、後染めのキモノが前提です。)
ここでの「作り手」は、勿論、実際に手を動かす職工人を指します。
製造業者のことです。
(発注者としての「腕」、つまり、小売り屋、問屋、悉皆屋などの、流通業者としての「腕」については、別の機会に述べたいと思います。)
 
色合わせの精度は、職人の腕?
出来上がった反物を、色合わせの精度を念頭に、観察してみます。
しかしながら、出来上がった反物、それからだけでは、その色合わせの精度を見抜くことはできません。
(ここでの精度は、染めムラやシミ、汚れなど、そのようなものがあるかどうかの話ではありません。)
 
生地を染める前に、目指す色の色見本を把握している場合ならば、染めた後の生地色とその色見本とを比べることで、色合わせの精度を判断することが可能です。
 
目指す色と、染め終わって出来上がった色との差について、どれくらい少なく、同じように染めることが出来たかを見分けるということです。
差分を見ることとも言えるでしょう。
 
見本色がある場合は、比較的わかりやすいかも知れません。
見本の色に、より近い方が、腕は良く、より遠いほど相対的に腕は悪い。
見本の色に、より近く出来上がった品物の方が、より価値が高いとも言えます。
 
色の明るさ(キモノの産業の中では、濃度とも言われる場合があります)、色の鮮やかさ、色味、この3つを、同じ生地の見本の色と見比べて、腕の良し悪しを判断することになりますし、品物の価値を判断することにもなります。
 
ここで注意が必要です。
誤解を生みやすいところがあるのです。
 
その注意するところを分かりやすくするために、引き染め加工職人さんにスポットを当ててみます。
 
引き染め職人の腕の見方
1回の引き染で、色見本の85%を合わせることのできる職人さんA
1回の引き染で、色見本の60%を合わせることのできる職人さんB
がいたとします。
(蒸しや水元などの付帯加工は、全て同じ条件とします。)
 
職人の腕を比べた時、誰しもが、Aさんの方が、腕の良い職人だと判断するでしょう。
 
では、
Aさんが、1回の引き染めで、色見本の85%を合わせた反物が出来上がりました。
 
BさんがAさんと同じ見本色を用いて、1回目の引き染めで精一杯の腕を振るい、60%に合わせました。
染め蒸し、水元の後、色見本に近づけるために、もう一度、2回目となる引き染めをしました。
そして、色見本の84%に合わせることが、何とかして出来上りました。
色ムラや染め事故は無く、Aさんの1回染めと同じ程度の出来上りだったとしましょう。
 
AさんBさんの両方の色を見比べると、多くの方が、同じ色の反物だ。
ほとんど違いがわからないと判断されると思います。
 
誤解を生む「職人の腕…」
しかしここで、Bさんは2回引き染めをしたので、2回引き染した痕跡、つまり、染めを重ね合わせた跡が、生地の端に確認出来たとします。
 
この場合、AとB、どちらの職人さんの方が、腕は良いですか?と質問されれば、どのように返答されるでしょう。
 
Aさんの方が良いと答えられますか?
 
以外と、2回染めをしたBさんの方が、腕が良い、と答えてしまう方がいらっしゃるのではないでしょうか。
 
Bさんと答えた方には、誤解があります。
 
2回染めした痕跡を見たために、慎重で丁寧な加工を心掛けた職人さんだ。
時間と手間をかけて、よりよい加工を行っている。
だから、良い腕だ。
と思ってしまうような誤解です。
 
求められる色に近づけるためには、複数回染めなければならなかったというBさんの劣った腕について、客観的に捉えることが出来ず、勝手な思い込みを生じてしまう過ちが含まれるのです。
 
1回の引き染めで仕上がった職工人の腕の方が、2回染めしなければならない職工人よりも、当然良い。
その職人の腕の方が上だ。
ということをはっきりと認識できるように注意する必要があるということです。
 
職人の腕と労力は無関係
また、1回で引き染めを完了して、仕上がったAさんの労力の方が、2回染めしたBさんの労力より低いことは明らかです。
ただし、両者の出来上がった精度はほとんど変わりません。
 
最終的な加工日数や労力、仕事量などは、Aさんの方が少ないのです。
同じ精度でも、腕の良い加工の方が、時間と手間がかからないことになります。
 
異なる職工人を比べる場合には、労力の量に多い、少ないの差があっても、出来上がりの精度とは関係がないということになります。
 
反物を見て分かる価値は、職工人の腕や、加工にかけられた労力とは、無関係だということを素直に受け止める必要があります。

2回染めようが、3回染めようが、職人の腕や労力と、品物の価値の間には、比例の関係にないということになります。

商売人が言う職人の腕って???
商売人の方々が、「この品は2回染めだから良い品ですよ」とか、「こちらは、3回染めだから、良い職人の手です。」なんて言葉の中に、どれほどの信ぴょう性があるのでしょうか。
 
ましてや6回染めと言われれば、6回も染めないと、求める色に近づくことが出来ない劣った腕、下手さを自慢するようにも聞こえてしまいます。
 
同一人物の引き染め職工人が、1回染め、2回染め、3回染めを、同じ色見本に合わせるようにして行った場合、出来上がった3種類の反物を比較するならば、価値の差が出るでしょう。
(Bさんが1回染めで60%。2回目で、84%。3回目で94%。と染めれば、当然、1回染めよりも3回染めの方が、高い価値があります。すべて同じ引き染め職人の手によるからです。)
 
同一人物でない、異なる職工人の手を比べるときに、片方は1回染め、もう片方は2回染めというように、条件を変えて比較することは、無意味なことと言えます。
職人さんの腕は、条件を揃えて比較しない限り、全く見えませんし、意味もなくなります。

腕の良い作り手とは、相対的なもの。腕の良し悪しと品物の価値は無関係。
「腕の良い作り手」は、相対的なものです。
同条件の下でない限り、絵空事になります。
腕が良いとか、腕が劣るとかは、あくまでも比較の話です。
良さを量るときには、必ず劣るモノを確定し、明示する必要があります。

腕の良い作り手であっても、腕の劣る作り手であっても、労力と時間の掛け方によって、品物の価値は変動し得ます。
ですから、品物の価値をどのように捉えるかということに深く考え、見極める必要があります。

出来上がった品物から、加工職人そのものの腕を捉えようと思っても、手間や労力を知らなけらば、なかなか判らないものなのです。
〈おわり〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?