運(めぐ)る命
一番最初の牧誕生祭の時に書いたSSです。二人だけの結婚式。劇場版を観た時、徳尾さんとハイタッチしたかったくらいに揺さぶられました。ただ、ひたすら牧の幸せしか考えていません。※全年齢対象です。
◇ ◇ ◇
春田が上海に発ってから、4ヶ月近くになろうとしていた。久々に長期滞在が出来るということで、春田の秋冬ものの買い出しを兼ねてデートをすることになった。
秋の空は天高く澄み渡っていて、出かけるにはちょうどいい陽気だ。たとえ天気が悪くても、ただ二人で居られるというだけで晴れやかな気持ちになる。二人はそのくらい浮かれていた。
相変わらず春田がチョイスする服は壊滅的にダサく、牧が率先して選んで行く。
「じゃあ、これなんかどう?」
「なし」
「んーもう。じゃあ凌太が選んでくれよー」
「ったくしょうがないですねー。あ、このダッフルいいな。創一さんに似合いそうです」
「そぉ?」
ああでもない、こうでもないと、笑い合いながら買い物を楽しんだ。それだけのことがこの上なく幸せに感じる。一通りの買い物と昼食を済ませると、牧が春田に言った。
「そらが占いにハマってて、凄く当たるからお兄ちゃんも行ってみてと勧められたんですよ。ちょうどスキマスイッチの近くなんで、まだ時間も早いし行ってみません?」
「お、面白そう!行ってみようぜー!」
春田の賛同を得て二人で駅ビルの地下にある占いの館に足を踏み入れた。狭い空間に何人かの占い師が常駐しているらしい。やはり女性客が多く男二人で入るのには多少の気恥ずかしさを感じたが、久々のデートでそんなことは些細なことのように思えた。
「あ、あれですよ。そらが言ってた占い師は」
牧が指さす方向に西洋占星術と水晶占いという看板があった。
「なんかさ、当たる当たらない以前に胡散臭くね?」
春田が怪訝な顔をして言う。
「まあ、そうですね。占いなんてそんなもんですよ。ま、行ってみましょ」
牧も盲信しているわけではないが、そらに強く勧められた手前、何かしらの報告が必要なので、何もせずここで帰るわけにはいかなかった。
列の最後尾に並ぶとおとなしく順番を待った。いつかのデートの順番待ちを思い出す。あの時は少なからず傷ついたと、牧は穏やかな気持ちで思い出していた。
「何?なんかひとりで思い出し笑いとかして」
「いえ、なんでもありません」
「なんだよーまた隠し事?」
「そんな大した事じゃないですって」
人から見ればいい大人の男二人が、占いの館で何をやってるんだという滑稽さが、ますます牧の笑いのツボを刺激する。なんだよーと覗き込む春田の顔も近い。自然とそんな距離で居られることが嬉しくて、笑みが零れ落ちててしまう。
(これじゃあ、イチャイチャしてるバカツプルだな)
まさか自分がそんな立場になるとは。恋は盲目とはよく言ったものだ。そうこうしていると自分たちの番が回って来たので中に入ると、ごく普通の女性が座って居た。軽く会釈するとテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座るよう促された。
占い師というからにはもっと派手な装飾や怪しい雰囲気を醸し出しているのだと思っていた二人は、少し拍子抜けする。
「こんにちは。お二人は初めてですよね?」
やわらかな物腰の女性はにっこりと笑いながら簡単な自己紹介をする。年齢は春田より少し上のように見える。
「私は西洋占星術と水晶を併せたオリジナルの占いをしています。まず、お二方のお名前と生年月日を教えて下さい。それによって過去、現在、未来を読み解きます」
春田と牧はそれぞれに名前と生年月日を伝え、占い師の女性はそれを元に占いを始めた。手元のホロフコープを読み解きながら、水晶に映る過去を見たまま伝えるのだと言う。
「まず、春田さんから。幼少にお父様を亡くしてらっしゃいますね。ずっとお母様とお婆様と暮らしてらした」
「すげー当たってるー!」
ズバリ言い当てられて春田は興奮する。
「牧さんは小さい頃に体が弱く、それを心配したお父様が体を鍛えるよう野球を勧めてくれた」
「あ、はい、そうです」
春田と顔を見合わせて「スゲー」と笑い合う。その他にも二人の性格や仕事のこと、家族や友人のことなど、ことごとく言い当てた。興奮を隠せない二人に占い師の女性は静かに続ける。
「お二人には強い縁を感じます。二つ前の前世では共に戦場で散っています。一つ前の前世では夫婦でした。輪廻転生を繰り返し、性別を超えて惹かれ合い、人生のパートナーとして明るい未来が見えています」
「ホントですか?」
牧が前のめりになって聞く。春田との出会いが前世からの縁だと、これはただの占いで、たまたまなのだとしても、牧にとっては心から嬉しいと感じる言葉だった。
「俺たち、結婚してるんですよ」
満足げに春田が言う。もちろん二人のことは何も言っていないし、そんな素振りも見せていなかった。だからまさかここまで言い当てられるとは思ってなかったので、二人はすっかりいい気分になっていた。
「それはおめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに」
そう笑顔で祝福され、二人は占いの館を後にした。
「そらちゃんにお礼言わないとなー。マジ、スゲーじゃん!」
「あはは、そうですね。まさかあそこまで当たるとは思ってなかったです。俺、占いとか信じる方じゃないんですけど、創一さんと強い縁があるって言われたのは嬉しかったです」
「だよなぁ。凌太と出会ったのは運命だったのかな」
はにかんで笑う牧が愛らしくて、そのまま抱きしめたい衝動に駆られたが、流石にそういうわけにもいかず、それでもこのまま家に帰るのももったいない気がして、春田が楽しげに言った。
「スゲーいい気分だからさ、スキマスイッチで飲んで帰ろうぜ!マスターたちに自慢したい!」
「いいですね!今日は飲み明かしましょう!」
高揚した気分のまま、二人はスキマスイッチへと向かい、占い師に言われことをマスターたちに話して聞かせた。
「へぇー凄いじゃん。あそこの占い師、そんなに当たるのかー」
「そうなんスよ。もうびっくりしたわぁー」
「何も言わない前に今年あたり、ちゃんと籍を入れた方がいいとまで言われました」
ほろ酔いの牧が嬉しそうに言う。男同士に対してそこまで言い切れるのはよほど強い縁が見えたのか、女性の言葉に冷やかしのようなものは感じられなかった。
実際には籍を入れることは出来ないけれど、これでもう十分だと牧は心の中で思っていた。
◇ ◇ ◇
翌日、春田は用事があると一人で出かけて行った。久しぶりに自分の知らない知り合いや友達と会う約束もあるだろうし、夜には一緒に過ごせるので、牧は特に気に留めることもなかった。
(あと2日か…)
自分の誕生日に合わせて帰るから、一緒にお祝いしようと言ってくれた春田に心が温かくなる。一緒に過ごせることが何より嬉しいと思いながら、牧は日常と化した家事をこなしていった。
◇ ◇ ◇
牧の誕生日当日。
「凌太、今日はスキマスイッチでみんなと凌太の誕生パーティーをするからさ、ちょっとめかしこんで行こうぜ」
「そんなに盛大にやらなくてもいいですよ。いい歳なんだし」
「いーからいーから。あ、俺、こないだ凌太に選んでもらった服着て行こう」
「え?もうー何なんですか。なら先に言って下さいよ。まさかドレスコードじゃないですよね?」
「ノータイでいいよ。シャツに軽めのジャケットでも羽織ってれば?」
牧も春田に倣ってシャツにスラックス、昼間は暖かくなるようなので軽く羽織るものを着て一緒に出掛けた。
通常スキマスイッチは夜からの営業なので、今日は特別に牧のために昼間から開けてくれているらしい。
「こんにちはー来たよー!」
「おー来たなぁー春田ー準備出来てるぞー」
「こんにちは。今日は俺のためにすみません」
「牧君ー。今日は誕生日おめでとう!さあさあ、主役はそんなこと気にしないで入って、入って」
マスターたちに促されて店内に入ると、春田と牧、マスター二人以外には誰も居なかった。
「あれ?他のみんなはまだですか?」
てっきり武川さんやマロ、マイマイは来ていると思っていたので拍子抜けする。
「うん、凌太と俺とマスターたちにだけ。でさ、これからここで俺たちだけの結婚式を挙げようと思って」
「え?」
「まあ、結婚式って言っても、指輪の交換もしないんだけど。指輪の交換の代わりにお互いの写真を撮り合わない?」
「写真?」
「そう。それでそのお互いの写真を交換して、お守り代わりに持ってようかなって思ってさ」
それを受けてマスターが続ける。
「春田から牧君の誕生日に、牧君が生まれて来てくれたことに感謝して、特別な日にしたいって相談を受けたんだよ。それでうちはたまにお客さんに頼まれて写真スタジオとして解放してるから、お互いに写真を撮り合ったらどうかなって」
そう広くはない店内だが、テーブル席のフロアが片付けられ、レフ板と撮影用のライト、三脚にセットされたアンティークな二眼レフのカメラがあった。
「二眼レフのカメラで撮ると味わい深い写真が撮れるんだよ。いつもはセルフポートレートが多いんだけど、今回はお互いが撮り合うことでいい思い出になるんじゃないかな」
想像もつかなかった展開になかなかついていけず、ポカンとしている牧に春田が何かを取り出した。それは小さなコサージュだった。
「これ、凌太のお母さんから」
「お母さんから?」
「そう。あと、これ、凌太に渡して欲しいって」
それは母からの手紙だった。
凌太へ
創一さんからあなたの誕生日をお祝いしたいので何がいいかと相談を受けました。お母さんとしては凌太が創一さんと幸せになってくれることが一番のお祝いだと思っています。
なのであなたと創一さんをイメージしたコサージュを贈ります。あなたには青いバラを。創一さんには赤いバラを忍ばせてあります。青いバラの花言葉は、不可能から夢が叶うになりました。
あなたが報われない恋に心を傷めるたび、いつかその恋が実って欲しいと願っていました。創一さんと出会ってやっとあなたの夢は叶ったのですね。心からおめでとう。
これを着けて二人だけの結婚式を挙げなさい。どうか末永く幸せでありますように。
母より
「創一さん、お母さんに会ったんですか?」
「んーまあ。へへ。凌太が占いを凄く喜んでたって、電話でそらちゃんにお礼を言ったんだよ。そのついでに何かをプレゼントしたいんだけど、何がいいかって相談したら、お母さんと一緒に考えてあげるからうちに来てって言われた」
「用事があるって居なかった日ですか?」
「うん、そう。で、マスターたちにも相談したら、ならそれを着けて写真を撮り合ったらどうかって言われた」
「創一さん…」
牧の大きな目から涙がポロポロと零れ落ちた。
「ちょっ凌太ぁ、俺は何にもしてないよーみんなが考えてくれたんだよ」
「はい…嬉しいです…ありがとうございます…」
肩を震わせて泣いている牧をそっと抱き寄せると、あやすように最中をぽんぽんと優しく叩いた。感情が高ぶると途端に子どものようになる恋人。かわいい人。
牧が落ち着くのを見計らって、牧の母から貰ったコサージュを胸のポケットに挿す。
牧はブルーのバラを。春田は赤いバラを。
「しかし牧のお母さんってスゲーな。こんなことも出来るんだ?」
「うちの母はフラワーコーディネートの資格を持ってるんですよ。俺が植物が好きなのは母の影響です」
「そっかぁ。ね、やっぱバラにも花言葉とかあるよね?」
「そりぁーありますよ」
「春田、帰ったら調べとけ」
「なんスかーマスター教えて下さいよー」
ははは、と笑いが起きる。
「じゃあ、写真を撮ろうか。牧君から先に撮るかな。春田はその椅子に座って。ピントはここで調整して。うん、そうそう。で、あとはこのリモコンで好きなタイミングでシャッターを切ればいいから」
「はい」
「上手く撮ろうと思わなくていいよ。想いを込めて相手の写真を撮ってね」
「はい、わかりました」
牧はファインダー越しの春田を見つめた。春田と出会って、好きになって、好きでいることが怖くなって一度は別れた。でも、彼は自分を見つけてくれた。
たとえ死が二人を別つとも、今度は自分が春田を見つける。何度でも何度でも。
◇ ◇ ◇
後日、互いの写真が仕上がったと連絡があり、牧はスキマスイッチへ写真を取りに行った。
写真はやわらかな風合いで、フィルム写真特有の味わい深いものだった。写真の中の春田は会心の笑顔で写っていて、牧もまたこぼれるような笑顔で収まっていた。
牧は春田の写真をフォトフレームに収めると寝室に飾った。自分の写真は郵送で春田へと送った。指輪の交換はなくても、互いの写真が指輪の代わり。神前の誓いのキスはなくても、胸に収めたコサージュが誓いの代わり。
たとえ死が二人を別つとも、また必ず運(めぐ)り逢おう。何度でも、何度でも―――。
- END -