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今、おっさんずラブに思うこと

   2018年、おっさんずラブが小さな部活動から始まり、SNSに蒔かれた愛の種から小さな芽が出て、やがてそれは大きく育ちたくさんの花を咲かせました。その花は大きな実りとなり、また、たくさんの命を生みました。時に厳しい冬の到来もありましたが、あの小さな庭を愛した民たちによって、絶え間なく種は蒔かれ続けていました。その種が新たな芽を出して、また、たくさんの花を咲かせようとしています。

   小さな庭の沼はどんどん狭く濃くなり、もう顔見知りしか居ないね、と笑いあえるくらいになって、世間から忘れられ揶揄されることもなく、ただ、愛される人たちにだけこよなく愛され、いつか沼が飴色になった頃、その飴ちゃんはことさら甘くほどけるだろうな、と私は思い続けていました。

   いつしか帰り道が分からなくなった私は、時折、彼らに会えない寂しさに沈むことがありました。誰かに牙を向けるくらいなら世界に背を向けることを選びました。垂れ込めた霧の中に横たわっていたのは、続編が決まって行く他のドラマや映画への羨望や、嫉妬、どうしても捨てられない希望や、少し色の褪せた追憶でした。それでもずっと変わらなかったのは彼らの幸せ(武川さんも含む)を願うことでした。

   時々、自分に都合よく湾曲したり、あてもない祈りを捧げたり、誰かの背中を見送るだけの自分でしたが、種を蒔き続けることで誰かの明日が約束され、それが誰かの命の輝きになるのならそれは決して終焉ではない、と確信していました。そして天空不動産のおっさんずラブの帰還の報せが届いた時、愛とは勝ち取るものではなく、深く永く慈しむものなのだと改めて感じ入りました。

   〝ただいま〟
   〝おかえり〟

    多くの場面でこのやりとりを踏襲したコメントを読みました。ただいまの意味は長く不在だったことを詫びる意味があります。長くあなたと向き合うことを避けていてごめんなさい、たった今帰りました、という気持ちです。

   一方、おかえりの意味はそれを迎え入れてあなたの〝お帰り〟を心待ちにしていたという意味です。たった今からあなたと向き合うことが出来る喜びを感じています、という気持ちが込められています。まさに公式と天空不動産のみんなの帰りを待っていた民の象徴です。そこにはたくさんの愛が溢れていました。

   まさかこんな日がやって来るなんて。

   初めてその事実を知った瞬間、手が震える思いでした。とっくに帰り道が分からなくなった、深く垂れ込めた霧の中から私自身を救い出してくれたのはやはりおっさんずラブでした。そこにはあの天空の青と、二人のキラキラと輝く笑顔がありました。

   新たに書き下ろされた公式のテキストを読み解く中で、部長(もう部長ではないようですが)の存在が完全なる父性として描かれていることに私は一つの望みを託しました。また、あの頃のように多くの民から愛される武蔵に戻って欲しいと。

   おっさんずラブの大きな愛の一つに部長の愛があります。ピュアな恋心を抱く武蔵に春田が抱くのは尊敬と憧憬であり、逆に部長が春田に抱くのは父性だと思います。劇場版でも一貫として春田にとっての部長は、尊敬する上司であり、遠い記憶の中の父の面影であったように思います。それは五郎さんを通して狸穴さんに伝えた想いにも表れていました。時に父とは理を司る存在です。牧パパの息子を想う姿にも同じことが言えました。

   そして部長はこの物語の中で父としての役割を果たします。

   「牧の元へ向かいなさい」

 そうやって春田を正しい道へと導いた彼。春田の倫理や道理や情操は、一年かけて部長によって育まれたものです。だから部長なしには牧との恋は実りませんでした。

 「あなたの思い描く未来に生きられなくてごめんなさい。俺を心から愛してくれてありがとう」

 一握りの罪悪と、たくさんのありがとうを胸に春田は走り出します。教会のシーンは雛の巣立ちのシーンそのもので、多くの民の心を打ちました。リターンズではどうかこの大きな愛をもう一度、大きく花咲かせて欲しい、そう私は願っています。誤解されたままの牧パパにも同じことを願ってやみません。

   初めて人を愛する気持ちを知った春田。劇場版のラスト、桜のトンネルを抜けた向こうには愛する人の笑顔があって、うららかな春のBGMが流れる中、二人の絆がより固く結ばれたところで終わりました。私にはあの姿はリスタートのように映っていました。もしこの先の未来があるのだとしたら、きっと満開の桜の季節(実際の季節という意味ではなく)から始まるのではないかと、そう思っていたのです。

   5年前と今とでは全く状況が違います。当時は「推し活」の意味や重要性は広く知られてはおらず、日常生活への潤いや活力、精神の安寧をもたらす存在だと捉えられていなかった部分もあると思います。ですが、今ではすっかり推しという概念が定着し、ライトなニュアンスでも使われるようになりました。推しの存在が消えるということは何にも耐え難い、日常生活や精神に大きなダメージを与えるということをどうか汲み取って欲しいです。

   多様性とコンプライアンスが叫ばれる中、5年の月日をかけて尽力し、純粋な天空不動産の続編に繋げてくれたこと、数々の英断をしてくれたおっさんずラブリターンズに関わる人全てに心から感謝の気持ちを。本当にありがとうございます。今の彼らがどう描かれるのか、楽しみに待ちたいと思います。



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