ふらいと先生(新生児科/小児科医)に聞く、出産や子育ての疑問。「子育ての正解は育児本じゃなくて、各家庭にある」
出産や子育てには、わからないことがいっぱい。SOLUMEでは、新生児科/小児科医のふらいと先生こと今西洋介さんをお招きし、さまざまな疑問をエビデンスに基づいて解説していただくトークイベントを開催しました。分娩や授乳の方法、産後うつについてなど、当日繰り広げられたさまざまなQ&Aをレポートします。
「自然分娩じゃないとだめ」「母乳が一番」の呪い
ハヤカワ:本日は、出産と子育てにまつわる「これってほんと?」という話や気になることについて、ふらいと先生にお伺いしていきたいと思います。
まず「出産方法」について。私は痛みに弱いので、なるべく痛みを軽くするために無痛分娩がいいなと思います。一方で、親世代からは「麻酔をして出産するのはよくないんじゃないか」という声も聞かれますよね。ほかにも「帝王切開で生まれたら身体が弱くなる」「無痛分娩だと赤ちゃんへの愛情が湧きにくい」など、いろんな説がありますが……。
ふらいと:たしかにそういう話はよく聞きますね。実際、そういった葛藤を抱えながら出産に向かうお母さんも多いです。しかし、15歳まで数万人を追跡調査したデータでは、自然分娩と無痛分娩とで、生まれた子の発達や学力にまったく差はありません。9万人の母子を対象とした国内の調査研究で、出産方法にかかわらず母親の愛情は変わらないというデータも出ています。
こういった呪いや神話に苦しめられている人は、本当に多いです。僕らは研究者であり医学者として、お父さんやお母さんが不安に思っていることをきちんと説明していかないといけないなと思いますね。
ハヤカワ:お母さんにかけられている呪いで、先生が現場で「これは根深いぞ」「これはよく聞くぞ」というものはありますか?
ふらいと:一番多いのは、母乳育児に関することです。
ハヤカワ:母乳は子どもの免疫力を上げるためにいいらしいという話は、しばしば耳にしますね。「完母(完全母乳)」という言葉もあるくらいだし「完全に母乳じゃなきゃいけないの?」「母乳が出にくかったら、母親としてダメなのかな?」という不安もありそう。母乳とミルクのバランスって、実際どう考えたらいいのでしょうか。
ふらいと:完全に母乳じゃなくていいんですよ。たしかに母乳と人工乳を比べると、母乳のほうが免疫力が上がり、発達にもいいのですが、それぞれの家庭で環境や生活スタイルも異なります。それに、出産すれば母乳は誰でも出るようになると思われがちですが、個人差があるもの。特に早産など赤ちゃんが小さな身体で生まれた場合、まだ母親の身体の準備ができていないため、母乳が出ないことも多いのです。そのことで自分自身を責めてしまうお母さんもいるけれど、もっと気を楽にしてほしいですね。
ハヤカワ:母乳のよさは理解しつつ、徹底して母乳にこだわる必要はないよ、ということですね。
ふらいと:僕は「人工乳の助けを借りる」と表現していますが、できるかぎりで母乳育児をベースにしつつ、うまくいかないときはミルクを足して乗り切り、いけそうならまた母乳に帰ってくればいい。それくらいアバウトな感じでいいと思います。
誰でもなりうる産後うつ。男性育休の理想は1ヶ月以上
ハヤカワ:そもそも「産後うつ」とは、具体的にどんな状態を指すものでしょうか。
ふらいと:産後の女性が、ホルモンバランスなどの身体の変化や、暮らしの変化などからさまざまな心身の問題を抱えることで、発症するのが「産後うつ」です。
ポイントは「誰でもなる」ということ。病前の性格は関係しないといわれています。バリバリのキャリアウーマンだからならないとか、もともと気が強い性格だからならないというわけではないんです。そのあたりがまだ知られていないのかなと思います。
ハヤカワ:誰しもに関わりのある問題なんですね。では、産後うつになりづらい環境は、どうやってつくればいいのでしょうか。周囲はどのようなサポートができますか?
ふらいと:産後うつは「産後の女性の10人に1人の割合で起こる」といわれています。だからこそ大切なのは「教育」です。たとえば、母親学級や両親学級で「産後うつというものがある」と事前に知っているだけでも、対策を取りやすい。産後うつは、いかに早く心療内科や精神科での治療に結びつけるかが重要です。誰でもなりうるという認識があれば、最初の一歩が早く踏み出せる。ご主人やパートナー、子育てが終わった祖父母世代の人たちにそうした知識があるかどうか、受診を促せるかもとても大事です。
ハヤカワ:産後うつになっている当人は、きっと自分で気づくのが難しいですよね。そこで「ちょっと休もう」とか「病院に行ってみよう」とまわりの人たちが言えるかどうかが大切だ、と。
ふらいと:お母さんの社会的なつながりーーつまり信頼できる人がいるか、親しいと感じる人がいるか、愛情を示してくれる人がいるかは大きなポイントです。これは「ソーシャル・キャピタル」といわれる概念ですが、このソーシャル・キャピタルが高い人は産後うつになりにくいといわれています。家族以外では、「子育て広場」などでのつながりも大切になってくるんですね。
ハヤカワ:夫などのパートナーが育休を取ることには、効果がありますか?
ふらいと:男性の1週間未満の育児休業は、逆に男性も女性もメンタルが落ちるというデータがあるんです。最近「男性の育休取得率が上がっています」というニュースも目にするけれど、これらのデータには2〜3日取得しただけという人もたくさん含まれているんですよね。育休はせめて2週間以上、理想は1ヶ月以上。それくらいは取得しないと、産後うつは減らないというデータが出ています。
ハヤカワ:ある程度まとまった期間を確保しないと、産後うつに対してはマイナスになりうる……!
ふらいと:ただ「育休を何日間取った」「育休取得率が何%上がった」だけではなく、実際に男性が子育てにどれだけコミットしているかという部分を見ていかないといけないなとも思いますね。
僕は小児科医17年目ですが、1年目のときに比べると、1ヶ月検診にお父さんが来るケースは珍しくなくなってきています。予防接種のために休みを取るお父さんも増えていて、そういう人たちの話を聞いてみると、上司に理解があるんです。
つまり、職場の上司にあたる50〜60代の男性がいかにマインドチェンジしているかが大切。50〜60代の女性は理解を示してくれる人も多いようなのですが、50〜60代の男性は子育てを妻に任せきりだったうえ、適切な性教育を受けた経験のない人が多い世代です。そういう人たちが学び直し、いかにマインドチェンジできるかによって、社会が変わっていくと思います。
ヘルシーでいられる「自分たちの子育て」を探そう
ハヤカワ:産後しばらくしての悩みでは「子どもが3歳までは母親は子育てに専念すべき」という“3歳児神話”のプレッシャーもよく聞きます。
ふらいと:3歳児神話は、1998年に厚生労働省が「根拠はない」と否定しています。とはいえ、ひとたび社会に蔓延してしまった呪いはなかなか解けにくく、一つひとつ伝えていかないといけないなと思いますね。
ハヤカワ:3歳を過ぎても、仕事と子育てを両立させる場合どうしても時間をかけられず、手抜き感が出てしまうと罪悪感をおぼえる人も多いです。こういった罪悪感は、どういう考え方で乗り越えたらいいですか?
ふらいと: 子どもは親の心配とは裏腹に、けっこう頑丈に育ってくれます。事故や命に関わることだけ注意して、肩の力を抜いて子育てをしていけばいいんじゃないかと、個人的には思いますね。そもそも子どもは一人ひとり違うものなんだから、育児本に“絶対の正解”は載っていません。子育ての正解は、それぞれの家庭にあるんです。
ちなみに、我が家は小児科医と助産師の夫婦で「完璧な子育て」をしていると思われがちですが、僕らだって失敗しながら学ぶことがけっこうあります(笑)。だから、子育ては失敗するものだと思えばいい。親御さんとお子さんとで話し合いながら、自分たちの形を育てていったらいいのかなと思います。
ハヤカワ:肩の力を抜いてほどほどに。何よりも親がヘルシーに生きていることが一番いいんじゃないかと、私も思います!
まちがった情報に振り回されないために
ハヤカワ:最後に、情報収集について聞いておきたいです。ネット上には、出産や子育てに関する正しい情報・正しくない情報もたくさんありますよね。どうやって情報を取捨選択していけばいいのでしょうか?
ふらいと:僕が小児科医になった2005年頃はSNSもなく、出産や子育ての情報を知りたければ育児本を見るという感じでした。しかし、2010年代からどんどんSNSが出てきて、自分で情報を取捨選択する能力を問われる世界になってきています。
まずは、信頼できる複数の専門家の意見を聞くようにしましょう。かかりつけの先生でもSNSでも、さまざまな場所に情報の目を持つことが大事。どれだけ信頼できる相手でも、情報源をひとつに絞るのはおすすめしません。
もう一つは、厚生労働省や、日本小児学会をはじめさまざまな学会が発信するコンテンツなど、信頼性の高い情報にアクセスしましょう。ただ、省庁や学会の出す情報はわかりにくいものも多く、子育ての合間に読んで理解するのは難しいかもしれません。そこでいまは「ミドルマン」の存在が重視されています。ミドルマンとは、専門的知識をわかりやすく伝えてくれる、専門家と一般の人をつなぐ存在です。ぜひ、自分に合ったミドルマンを探してみてください。
取材+文:寺田さおり
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