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【3.11から11年】失われた温泉の日常

本日、東日本大震災から11年が経った。

どんなに辛く悲しい出来事も、いずれ時間が解決してくれる――とよくいわれる。人は忘れるから生きていけるとも。

だが、無抵抗に忘れてはいけないこともある。東日本大震災もそうだ。

震災からまもなく、当時連載していたウェブサイトに寄稿した原稿がPCのフォルダに眠っていたので、自分自身のためにもアップしておきたい。原稿を読みながら、温泉のある日常があっという間に失われてしまったことを忘れてはいけない、とあらためて思った。

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3月11日、東日本大震災が発生。これまでに経験したことがないほど自宅(千葉)がガタガタと大きく音を立て、僕は思わず家の外に飛び出した。駐車場に停めてある車が右に左に激しく揺れていた。立っていられなかった。

地震に揺られながら、ある日の出来事を思い出していた。――僕が3000温泉をめぐる旅をしていた2008年6月14日、岩手・宮城内陸地震が発生した。そのとき、岩手の温泉旅館に泊まっていた僕は、あまりの激しい揺れに、生まれてはじめて「死ぬかもしれない」と恐怖を覚えた。数日前に訪れた「駒の湯温泉」が土砂崩れに巻き込まれて7人が死亡。そのほか、湯めぐりをした多くの温泉が被害を受け、休業に追い込まれた――

部屋に戻ってテレビをつけると、宮城県栗原市が最大震度7を記録したと報道されていた。栗原市といえば前回、駒の湯温泉など多くの被害を受けたところである。「また東北の温泉が……。神様はなんてむごいことをするのだ……」と思った。しかも、今回の被害は地震だけではなかった。大津波が沿岸の街をのみこんだ。あまり報道はされていないが、沿岸部にある温泉施設も壊滅的な被害を受けてしまっただろう。

さらに悲劇は続く。福島第一原発の放射能漏れによって、原発から半径20キロ圏内の住民に「避難指示」、半径20~30キロの住民に「屋内退避指示」が出された。実は、半径30キロ圏内にいくつかの温泉施設が点在していることは、あまり知られていない。僕は3000温泉をめぐる旅の途中で、福島第一原発周辺にある温泉を訪れている。

第一原発から西10キロの山中にある玉の湯温泉・上の元湯「玉の湯旅館」。アトピーに効果のある湯として知られ、夕方には仕事帰りの地元の常連さんで浴室はにぎわっていた。主人と女将さんがとてもやさしい方で、「部屋が空いているから」と、一人旅の僕に二間続きの広い部屋を用意してくれた。しかも、僕の車のナンバーは「1126」(いいふろ)なのだが、そんな小さなこだわりに主人が気づいてくれたのもうれしかった。

原発から南西5キロの市街地に位置する「リフレ富岡」は公共の大型温泉施設。一番風呂をいただこうと開店10分前に訪れたのだが、すでに10人の常連さんが並んでいた。平日なのに、次から次へと入浴客があとを絶たない。「この町の人は、温泉が好きなのだなあ」と思ったのを憶えている。

原発から南に20キロの距離にある、ならは天神岬温泉「しおかぜ荘」。紅茶のような茶褐色の湯が個性的な日帰り温泉で、露天風呂から太平洋が一望できる。高台に位置していた記憶があるが、津波の被害が心配である。

天神岬温泉の近くにある、ならは羽黒山温泉「Jヴィレッジ湯遊ならは」は、サッカー日本代表が合宿をすることでも知られるJヴィレッジに隣接する日帰り温泉施設。

黄褐色の湯は、塩分が濃厚でパンチがきいていた。日本代表のメンバーも癒されていたに違いない。地震後は、原発事故の対応拠点となってしまった。

30キロの屋内退避圏内にある久之浜温泉「たきた館」は、源泉かけ流しにこだわる田んぼの中の一軒宿。源泉の泉温が低い宿は、普通は加温して循環させてしまうことが多いのだが、管理に手間がかかる「かけ流し」を貫いている姿勢に好感がもてる。湯上がりに、女将さんからいただいたコーヒーキャラメルのやさしい甘さが忘れられない。

これらのすばらしい温泉は、今、窮地に立たされている。これからの苦難を想像すると、気分も沈んでしまう。そんなとき、ある報道番組で「被災地域にある銭湯が、自らも被災しているにもかかわらず営業を再開した」というニュースが流れていた。被災者が長蛇の列をつくっていた。地震後はじめて入浴する人がほとんどだったのだろう。入浴を終えた人たちはさっぱりした顔で、「生き返った」「癒された」と口々に答えていた。その笑顔がとても印象的だった。やはり、湯に浸かることは、人を幸せにするのだ。

地震や原発の被害に遭った温泉に、こうした入浴者の笑顔が戻ってくることを願ってやまない。いや、そこに温泉が湧いているかぎり、必ず復興できると信じている。


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