温泉ライターが本気で推す温泉本#2『本物の名湯ベスト100』
温泉の沼にハマり、湯めぐりを始めてから20年が経つ。その間、数多くの先人たちの書籍から温泉について学んできた。
そこで、私がこれまで読んできた温泉関連書籍の中から、特に影響を受けてきた本を紹介していきたい。
第2回は、石川理夫著『本物の名湯ベスト100』(講談社現代新書)。
温泉を紹介した出版物やウェブサイトでは、「名湯ベスト10」「名湯〇〇選」などとランキング形式がとられることが多い。
ランキング形式は、とにかくわかりやすい。読む人にとっては、即、温泉選びの基準となる。
温泉を格付けする行為は今に始まったことではない。江戸時代に始まった「温泉番付」では、温泉地を大相撲の番付に見立てて格付けしている。格付けは、温泉文化のひとつと言ってもいい。
私自身も『絶景温泉100』(幻冬舎)という書籍を出版し、絶景温泉の格付けに挑んでいる。
だが、温泉の格付けは大きな問題をはらんでいる。そのほとんどが書き手の「主観」や「嗜好」で選ばれているという点だ。どのような客観的な基準、説得力のある根拠をもって選んだのかわからない、というランキングが多い。
なかには、著者との個人的な関わりが強い温泉が優先的に選ばれたり、広告や取引関係のある温泉が恣意的に選ばれたりする。実際、「なぜこの温泉が?」と疑問に感じるランキングもある。
私の『絶景温泉』では、格付けの基準として、絶景であることを前提として、「その温泉地や源泉が魅力的であること」も加味している。だから、いくら絶景でも、湯が循環ろ過されて、鮮度を失っている温泉は取り上げていない。
このように私の中では選考基準は明確化されているが、それでもやはり主観にもとづいている事実は否定できない。私は温泉の質にこだわるが、「湯の質は気にしない。景色がよければいい」という人もいるからだ。
そもそも私は日本全国すべての湯船に入っているわけではないので、未入浴の絶景温泉は対象にも入っていない。
自戒の念を込めて言えば、「温泉ランキングは主観にもとづいている」と認識しておく必要がある。
石川理夫先生の『本物の名湯ベスト100』は、こうしたランキングの客観性の問題を提起したうえで、あえて日本の温泉地を格付けしてみせた意欲作である。
本書では、100位から順にランキング形式で温泉地を紹介しているが、その格付けの基準として、次の5つの指標を採用している。
Ⅰ 源泉そのものを評価する指標 Ⅱ 源泉の提供・利用状況を評価する指標 Ⅲ 温泉地の街並み景観・情緒を評価する指標 Ⅳ 温泉地の自然環境と周辺の観光・滞在ソフトを評価する指標 Ⅴ 温泉地の歴史・文化・もてなしを評価する指標
たとえば、Ⅰ「源泉そのものを評価する指標」では、自然湧出泉や自噴泉、特色のある源泉を高く評価している。
Ⅱ「源泉の提供・利用状況を評価する指標」では、源泉かけ流しを絶対的なモノサシにするのではなく、限られた湯量をどう使い分けて提供しているかも評価の基準としている。
Ⅴ「温泉地の歴史・文化・もてなしを評価する指標」では、温泉行事や湯治文化、寺社仏閣、食文化なども評価の基準として採用している。
つまり、温泉地を湯そのもの、一軒の旅館といった単一の基準ではなく、あらゆる面から多角的に評価しているのだ。
当然、一人の著者が格付けした時点で主観的であることは否めないが、極力その主観を排して客観的な基準や根拠によって評価している点が、本書の真骨頂である。
実際、ある程度温泉地をめぐっている人であれば、本書のランキングは納得度が高いはずだ。
私も本書を読んでから、「源泉がよいかどうか」だけでなく、温泉文化、街並み、歴史、自然、おもてなしなど多角的な視点をこれまで以上に意識するようになった。本書は、温泉好きがその魅力をより深く知るきっかけにもなるだろう。
著者の石川先生とは、テレビ番組の座談会でお会いしたことがある。とても物腰柔らかく、温かみあふれる人柄である一方で、座談会では、温泉に関する広い知識と深い見識でもって鋭い意見を連発されていた。たまたま話題に挙がった温泉の泉質を正確に記憶されていることに、私は心底驚き、さらに尊敬の念を深めることとなった。
「本当にいい温泉とは何か?」を知る上で、本書ほどすぐれたテキストは他にないだろう。
ちなみに本書の1位は草津温泉、2位は別府温泉郷である。ここまでは予想の範囲内だが、3位には少し意外な温泉地がランクインしている。どこの温泉地かは、読んでみてのお楽しみということで。
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