「ソロ温泉」はぬる湯にかぎる

寒い季節こそ温泉のベストシーズン。ぽかぽかと温まる温泉に身を預けたくなる。

だが、「ソロ温泉（＝ひとりでの温泉旅）」であるなら、あえて熱くない温泉、すなわち「ぬる湯」をおすすめしたい。

「温泉＝熱い」とはかぎらない

温泉にシーズンがあるとすれば、寒さが厳しい冬だろう。あたたかい温泉につかれば、体の芯までぽかぽかになる。

だが、「温泉＝熱い」とはかぎらない。世の中には、泉温の低い温泉、「ぬる湯」も存在する。

一般的に日本人が好む泉温は42℃くらいと言われている。だから、ほとんどの温泉施設では、42℃前後になるように調整されている。

しかし、当然のことながら最初から源泉が適温で湧き出しているとはかぎらない。100℃近い湯もあれば、水のように冷たい湯もある。

「冷たい湯」も温泉といえるの？

そんな疑問を抱く人も多いかもしれないが、温泉法では25℃以上あれば温泉と定義されている。また、一定の温泉成分を有していれば、25℃以下でも立派な温泉。「温泉＝熱い」とはかぎらないのである。

「ぬる湯」ならじっくり向き合える

25℃というと、体感的にはほぼ水。ひゃっこい。入るのを躊躇するほど。体温よりも高い37℃くらいになると、ようやく熱を感じるようになり、温泉らしさを帯びてくる。

当然、温泉は自然の産物だから、ぬるめの泉温で湧出してくる源泉もある。だいたいの温泉施設は、加温することで湯船に提供する。そうしないと、「ぬるすぎる」とクレームがくるからだ。

しかし、源泉のすばらしさを自負している温泉施設のなかには、ぬるいまま湯船にかけ流しているところもある。そんな「ぬる湯」は、夏場に入ると最高に気持ちいいが、冬場のぬる湯も捨てたものではない。

特にソロ温泉では、ぬる湯が理想的だ。ひとりで湯とじっくり向き合うのがソロ温泉スタイルである。であるなら、長く湯につかっていられるぬる湯のほうが向いている。熱い湯だと、向き合う前に、熱さに我慢できなくなってしまう。

おすすめの泉温は、34℃～38℃くらい。人間の体温と近いので、最初は冷たく感じるが、長時間つかっていると、じんわり体の芯まで温まってくる。ただの水ではこうはいかないが、温泉にはさまざまな成分が含まれているので、泉温が低めでもぬくもりを感じるのである。

長風呂になれば、その分、温泉成分を十分に肌から吸収することもできる。そして湯あがりは心地よい清涼感に包まれる同時に、長時間の入浴で体の芯まで温まっているので、ポカポカとした感覚が残り、湯冷めもしにくい。
長湯をすれば、ぬる湯も十分に温かいのである。

36℃の「不感温度」

ぬる湯の名湯として知られるのが、新潟県魚沼市にある栃尾又温泉。路線バスの終点に位置する小ぢんまりとした温泉街は、自在館、宝巌堂、神風館という３つの宿で形成されている。

この温泉街の宿泊客は、個別の宿の湯ではなく、共同浴場を利用する。その泉温は約36℃。加温も加水もされていない、源泉100％かけ流し。

体温とほぼ同じ泉温なので、熱くも冷たくも感じない不思議な感覚に襲われる。これは「不感温度」と呼ばれるが、湯と体の境目があいまいになり、一体感が味わえる。

そんな絶妙な泉温だから、どうしても長風呂になる。１回の入浴で２時間つかるのは当たり前。常連客の中には5時間入浴する強者もいるとか。そして、ほとんど人が目を閉じて死んだように動かない。それほど極楽な湯なのである。

境内の「ぬる湯」で湯治を

新潟県には、「ぬる湯」の名湯が数多くある。出湯温泉（阿賀野市）もそのひとつ。

華報寺という寺の境内の一角にひっそりと佇んでいる「華報寺共同浴場」は、地元の人や湯治客に人気の共同湯。

泉温は38.6℃。ピュアで透明な源泉がザバザバとかけ流し。こちらも入浴客は目を閉じて、じっと長湯を楽しんでいる。私も入るたびに「まだ出たくない」と、うだうだと長風呂してしまう。

栃木県日光市にある川治温泉も「ぬる湯」で知られる。渓流沿いにある共同浴場「薬師の湯」の混浴露天風呂の泉温は36.3℃。まさに不感温度。

川のせせらぎを聞きながら開放的な露天風呂につかっていると、心身ともにふやけて、ゆるゆるになる。

肌寒い季節こそ、あえて「ぬる湯」の温泉でリラックスしてはいかがだろうか。ソロ温泉で、じっくり湯と向き合いたい。

ソロ温泉—「空白の時間」を愉しむ— ICE新書