メタバースという名の渇望 〜若者は自らの手で変革できる世界を求めている〜
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メタバースという名の渇望 〜若者は自らの手で変革できる世界を求めている〜

塩川 誠@xRデザイナー・UXデザイナー

メタバースのような仮想世界が繰り返し流行するのはなぜか、一言で言い表すのは難しかったのですが、NewsPicksの山口周さんと波頭亮さんの対談を見ていて、以下の「社会の定義」を聞いた時、ビタっとピースがはまった気がしました。

society(ソサエティー = 社会)っていうのは、「自分で考える」っていう自己判断能力を持った人たちが集まって、自分の意見を戦わせるっていう、そういう集団なんだと。それでみんなでその維持に責任を持つ。

【山口周×波頭亮】幸福をRethinkせよ。 31:12〜
https://newspicks.com/movie-series/45?movieId=1766

人々は自分たちの手で変えることのできる世界、つまり本来の意味での「社会」を求めていたんだなと腑に落ちました。

特に若者がそうであるのではないか、と。

今回は若者たちの現状と、その現状ゆえにメタバースのような本当の社会を求めているのではないか、その理由に迫ります。

「参加しているとは思えない」リアル社会

本来「社会」というのは上で挙げた通り、その構成員たる僕ら一人ひとりが、自分で考え、判断し、他の人と意見を戦わせ、より良く変革・維持していくために参加するものです。

しかし実感としては、社会をより良くしようと参加できているとは思えない人のほうが多いのではないでしょうか。

  • 何を学ぶかは最初から決められている(学び=義務教育)

  • どういう生き方が良いのか、一定の型がインプットされる(規則を守る、偏差値向上、良い大学に入る、大企業に行くなど)

  • それらを守ってきたのに、達成感・幸福感が得られない

  • 経済、政治、宗教、労働、事業など実用的な学びを得る機会がほとんどない

  • 「勉強は何のためにする?」「良きこととは何か」「どうすれば幸福になれるのか」といった、生きるための哲学を学ぶ機会がほとんどない

  • 投票に行っても何かが変わる実感がない(特に総数が少なくなる若年者層ほど)

このような感覚を持つ若い人は少なくないと思います。

自己効力感の低い日本の若者

内閣府が以前調査した、若者(13〜29歳)の意識についての国際比較を見ると

諸外国と比べて,自己を肯定的に捉えている者の割合が低い
諸外国と比べて,うまくいくかわからないことに対し
意欲的に取り組むという意識が低く,
つまらない,やる気が出ないと感じる若者が多い
社会問題への関与や自身の社会参加について,
日本の若者の意識は諸外国と比べて,相対的に低い
諸外国と比べて,自分の将来に明るい希望を持っていない

このデータが示すように、日本の若者の多くは自己効力感が低い状態にあります。つまり「自分が幸福になるための能力を持っていない」「自分たちで社会を変えられるとは思っていない」という若者が、他国と比較して明らかに多いということです。

はっきり言うと「こんなのはもはや社会ではない」と感じている若者がかなりいるのではないかと思われます。

そんな若者に流行しているものは

若者に人気のものは様々ありますが、中でも流行のオンラインゲーム、アニメ、そしてメタバースに見られる共通項が自己効力感を高めるというのは注目すべき点です。

人気のオンラインゲームは「バトロワ系」

Apex Legends、荒野行動、Fortniteといったバトルロイヤル型の多人数対戦ゲームは、課金やレベルで差がつくことがほぼないので、古参のプレイヤーも初心者プレイヤーも同様に勝利のチャンスがあります。どの場所に降り立ちどんな武器に巡り合えるかという「」に勝敗が大きく左右されます。

ちょっと大袈裟に言えば、マイケル・サンデル氏がいう「成功したのは努力や能力によるものではなく、たんに幸運だっただけ」を短いサイクルで試すことができるかのような「場」であるとも思えます。

ゲームというのは概ねそのような大量のトライ&エラーを繰り返せる構造なのでそもそも人気なのですが、バトロワ系ゲームでは(習熟も一定の意味はあるものの)「運」次第で誰でも爽快感や満足感が得やすいよう設計されています。

従来のオンラインゲームでありがちな総プレイ時間やレベルの蓄積による古参、廃人プレイヤーによる占有(年功序列、既得権ともいえる)が意図的に排除されているのは面白いポイントです。

一人でやるゲームと違い、あくまでオンラインゲームで他者がたくさんいる、つまり「小さな社会」での成功体験は、得られる満足感も高いと思われます。

人気のアニメは「異世界転生」

また最近のアニメ(その原作となる小説)で人気のジャンルが「異世界転生」もの、いわゆる「なろう系」と呼ばれる作品群です。

「なろう系」の多くは、現実世界で過酷な境遇にあった主人公が、不慮の事故(大抵トラックに轢かれる)で死んだ瞬間、前世を不遇に思った女神などにチート能力(死んでもループ復活、最強魔力、レベル最初からMAXなど)を授かった上で全く別の異世界に転生し、無双して成功へ駆け上がる… こういったパターンになっています。

「なろう系」は見ていてとても爽快感があり(なにせ最初から最強)、とはいえスタート時点は現実世界で全く報われない人生という、「この社会はどうせ変えられないよな」と感じている人にとっては感情移入してしまう設定でもあります。

そしてメタバースの流行

メタバースの定義は様々言われています。

メタヴァースは、3D空間のあるコミュニケイション・プラットフォームと定義できます。それが実現すると情報へのアクセスの仕方が変わります。

三渕 啓自(みつぶち・けいじ)氏
メタバース協会常任理事
仮想空間への招待ーーメタヴァース入門 p.7より

かつてのサイケデリック・カルチャー、ヒッピーイズム、フラワー・ムーヴメントが<果たせなかった夢>の、サイバースペースを通じての可能性、それが今日のメタバースなのではないか、そう思ったのが興味を持ったきっかけでしたね。

宇川 直宏(うかわ・なおひろ)氏
現〝在〟美術家
映像作家、グラフィックデザイナー、VJ、文筆家、大学教授など
仮想空間への招待ーーメタヴァース入門 p.28より

メタヴァースという流れは、いくつかのトレンドが交わりあったなかで大きなムーヴメントとして起こってきているなと思います。
一つ目はSNSの進化です。二つ目はゲームの進化。そして三つ目はXR(VRやARといった技術の総称)の進化、そして最後にブロックチェーンの進化ですね。この四つの出来事がいまひとつに交わろうとしていて、メタヴァースが大きなムーヴメントになっているのかなと。

國光 宏尚(くにみつ・ひろなお)氏
Thirdverse CEO/Founder
gumi創業者
仮想空間への招待ーーメタヴァース入門 p.50より

そもそもメタヴァースが進展していくなら、お金の世界は終わるはずだと思う。なぜなら、メタヴァースは広い意味で「メイカー・ムーヴメント」の中に位置づけられるからだ。この場合、makeする対象は世界そのものだ。お金の世界は、僕らが消費者であることを強いるけど、メイカーになると消費者ではなくなるので、お金の世界からは離れていくことになる。仮想世界の中だけじゃないかって言われるかもしれないけど、買えば済むって思うのを止めるには、まず考え方を変えることからだ。

斉藤 賢爾(さいとう・けんじ)氏
早稲田大学大学院経営管理研究科教授
一般社団法人ビヨンドブロックチェーン代表理事
一般社団法人アカデミーキャンプ代表理事
仮想空間への招待ーーメタヴァース入門 p.66より

『フォートナイト』が画期的だった点は、ゲーム内に大規模な空間があったこと、カスタマイズ可能なアヴァターがあったこと、エモート(emote:キャラクターにポーズをとらせたり、ダンスをさせたりすること)機能がそなわっていたこと、それらが同時に達成されていたことにあります。

今井 晋(いまい・しん)氏
IGN JAPAN副編集長
2010年頃からゲーム・ジャーナリスト、パブリッシャー、リサーチャーとして活動
仮想空間への招待ーーメタヴァース入門 p.72より

様々な定義がありますが、これらをひと言でまとめると、この言葉になると思います。

小難しく定義するならば、社会性を備えたVR体験のことを指します。VR空間に入ればそこに誰か他の人間(アバター)がいて、彼らとコミュニケーションをしながら、あたかもその世界の一員として構成されることが、「社会」なのです。

大谷 友紀夫(おおたに・ゆきお)氏・岩佐 琢磨(いわさ・たくま)氏
仮想空間とVR p.102より

この定義が当てはまるメタバース(らしきもの)は色々あります。

  • Second Life

  • どうぶつの森シリーズ

  • Minecraft

  • Roblox

  • ZEPETO

  • Fortnite

  • VRChat

  • NeosVR

これらメタバースに近いサービスの体験を見渡してみると、やはり社会性があることが共通項です。

具体的に「社会性」の根拠を述べると、

  • 自分の好きなアバター(身体)で参加できる

  • 自分の好きなファッションを楽しめる

  • 自分の好きな場所で、気の合う人と会話できる

  • 作りたいオブジェクトを作れる

  • 作ったオブジェクトを販売できる(商取引が可能)

  • 自由に世界(ワールド)を作れる

  • 他の人とコラボレーション(共創)できる

こういった機能の集合とそれに誘発される人々の行動が、ただのゲームやシミュレーターとは違う、「社会性」を生み出していると考えらます。

ここで先の宇川 直宏さんの言葉を再度引用すると、

かつてのサイケデリック・カルチャー、ヒッピーイズム、フラワー・ムーヴメントが<果たせなかった夢>の、サイバースペースを通じての可能性、それが今日のメタバースなのではないか

この<果たせなかった夢>こそが、「俺たちも参加させろ!」「なぜ自分に自信の持てる社会にならないんだ!」「私たちも世界を変えたい!」「こんなのは本当の『社会』じゃない!」といった若者たちの叫びに聞こえます。

現状の「変えられない社会」は、ドイツの政治・経済・社会学者のマックス・ヴェーバーによってはるか昔に予測されていました。それは「鉄の檻」と呼ばれます。

これは社会の「鉄の檻=クソ社会」化の必然的帰結です。「言葉の自動機械/法の奴隷/損得マシーン」であるのをやめると路頭に迷う状態が「鉄の檻」です。だから人々は「クズ」になる他なく、「クズ」が営む「クソ社会」には永久に出口がなく、「クズ」と「クソ社会」が互いに支え合う循環がずっと続くと予想したということなんですね。

宮台 真司(みやだい・しんじ)氏
東京都立大学教授、社会学者
https://newspicks.com/news/5463386/body/

ゲーム、アニメ、メタバースの可能性… さらに遡って言うと、インターネットによる自由投稿の掲示板・チャットの流行から、ブログ、マイクロブログ(Twitterなど)、SNSでの個人発信の浸透は、「この参加しようのないクソ社会をどうにかしたい!」「もっと自分らしく、楽しく生きている実感が持ちたい!」という願望が、人々を、特に若者たちを突き動かしたのではないかと思い至るのでした。

まとめ

  • 「社会」の本来の意味は、一人ひとりが自分で考え、判断し、他の人と意見を戦わせ、より良く変革・維持していくために参加するもの

  • しかし日本の若者たちはそのような実感がかなり低い

  • その代替としての、ゲーム、アニメ、メタバースの可能性

  • 特にメタバースは「本当の社会」になりうる可能性を持っている

以上、「社会」の観点からメタバースの可能性を探ってみました。



蛇足

「仮想」世界、つまり「あくまで現実ではない」かのように捉えられがちな電子空間のインターネットやメタバースが、むしろ「本当の社会」を実現しうる実験場として機能しているのは、なんとも皮肉だと思います。

現実世界のほうがよっぽど現実と思えないおかしさをはらんでいますよね。

そもそもVirtualという語には、「実質」という意味があるので、実はメタバース、VRといったもののほうが本質的なリアルを映し出すのかもしれません。

またTwitterを見ていると、VR、メタバース界隈の方達が頑なに、仮想通貨、NFTなどの金融機能の融合を拒否しているのが見受けられます。

これは当然で、せっかく新たな電子空間で「本当の社会」を獲得しようとしている矢先、メタバースにすら資本の波が押し寄せて「鉄の檻=クソ社会」化する危機感から、強い拒絶反応が起こるのだろうなと。

今後はそのあたりも調査してみようと思います。


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塩川 誠@xRデザイナー・UXデザイナー
xRデザイナー、UXデザイナー、哲学者|フリーランス13年目|ソライト代表|フルリモートワーク|主な仕事:抽象化・普遍性の発見、xR企画提案、UX改善提案、情報整理|趣味:アニメ、ゲーム、読書|元FF11、SecondLife廃人|人生略歴 http://qr.ae/TWzMt3