ホモソモラハラ男の、ホモソセクハラ男への説教

 初めて投稿するのが、これになるのは不本意なのだが、思い出したことだし、短く纏められそうなので書くことにする(本当は、異なる記事を書いていたのだが長くなりすぎて下書きのまま眠っている。その内アップしたい。あと、本当はもっと文化的な話とか、読んだ本についてのメモとかにしたいのだけれど、筆が赴くままに)。


 お笑いコンビの片方が女性蔑視というか、弱者から強者が経済的搾取をすることを勧めるような発言をし、それを相方が公開説教したという情報をツイッター等で見た。私は元々日本のお笑い芸人に疎く、昔喜んで観ていたものは『ココリコミラクルタイプ』とか、あとはお笑い番組ではないが『行列のできる法律相談所』とかで、ナインティナインがどういうノリで話すのかすらまったく知らないレベルである。ネット社会でなかったら、岡村氏がどんな発言をしたかなんて知らずに済んだだろう。朝からあれを見てしまい、胸糞が悪く、どういう芸人なのかもろくに知らないまま大嫌いになった訳だが、しかし、多くの方が指摘している通り、あれはほぼ日本人男性のかなり大部分に共通している女性蔑視的認識であって、岡村氏は偶々うまく立ち回れなかった(擁護はしていない)訳で、もっと「うまくやっている」男性からすると、笑い話になるのだろう。顔面偏差値の高い勝ち組男性らしい相方の公開説教はこれまた的外れで、やはり、男は「自分のオンナ」を得てこそ一人前という価値観が根底でグツグツに煮詰まれた感じで、ああこれだ、という感じである。


 ところで、私はこれと似た出来事に遭遇したことがある。大学時代に散々モラハラしてきた元彼についてツイッターでせっせと愚痴っている執念深い私だが(我慢した分だけ怒りも大きいのだ)、その関連だ。私の元彼は、矢部氏と違い別にイケメンでもなかったのだが、意外と彼女が途絶えないタイプで、意識としては強者男性の類に当てはまったのだと思う。私が彼と出会ったのは、私が一浪して大学に入り、彼が大学五年生になり(単位が全く足りていないが、急ぐ気もなかった)、サークルの新歓で顔を合わせた所からになるのだが、すっかりサークルの顔となったまま長居している彼はその年の劇の演出を完全に任されており、結構慕われていた。

 さて、ここでもう一人の登場人物として、NN君という人がいる。当時人気だった?小島よしおと似ていることを自分でネタにしており、結構自虐ネタで笑いをとるタイプだったが、面白い奴だった。今思うと、小島よしおよりもホラーゲーム:アンティルドーンのマイケルにソッッックリで、マイケルが遊び人でモテモテだなんてとても信じられないのだが、顔はあんな感じで、しかし彼女いない歴=年齢をネタにして笑いをとっていた。

 さて、そのNNとはあんまり気兼ねしない同期のつもりだったのだが(向こうは仮面浪人をしていたのもあり、私より年上だった)、二年目になってから、私は彼に突然人前で笑いのダシにされたのである。

 その年、どういう訳か、若くて、ドラゴンボール時代風に言うのならばびちびちギャグ……じゃなくて、ぴちぴちギャルと呼ばれそうな新入生の女の子たちが沢山入ってきた。私はその頃、後に、クソ扱いすることになるなどとは知らずに件の先輩と付き合い始めたばかりで、ひょっとするとそのことも、お互い恋愛と無縁であるという認識を揺るがしてNNの不興を買っていたのかも知れないが、兎に角NNにとって、元来性的対象に非ずだったのだろうし、私からしてもそうであった。私からすれば、仲間、同期、面白い奴という感覚だった。そして、向こうも、大体私のことはそう思っているはずだと認識していた。

 ところが、「弱者男性」を売りにしつつも、本当はそこから脱却したかったのであろうNNを、若く、これから自分が色々なことを教え込めそうな女の子たちが沢山現れたことが刺激したのだろう。新歓後の、初めてのレッスン(緩いものではあるが、顔合わせやエチュードをするような感じだ)で、NNは、彼女たちの前で私を突然こう紹介した。


「コ○○○○○(サークル名、一応伏せる)のおつぼねです!」

 お局――辞書で見る限りは、そこまで悪い意味ではないのだが、一般的には、独身のまま年をとってしまい、会社などで周囲に嫌われながら後輩の若い女の子に口うるさくダメ出しをするような、そういうレッテルではないだろうか。まさか、大学に入って二年目、同期に突然、そんな風に「女」として扱われるとは思っていなかったし、それで笑いをとられるとは思いもよらず、それでも多くの侮辱された女性がそうするのと同様、へらへらと笑ってその場を流したのだと思う。

 そのことを後で当時の交際相手Wに話すと、彼は「自分のオンナである」私のために、NNにお説教をしたそうだ。まず、立場上、NNは私にそんなことを言って良い立場ではないということ。例えば、Wが、Y先輩(彼の同期で、私の先輩)という女性に「お局」と言うのは許されるが、NNが私に言うのは、ダメなのだと説教したらしい。私はとりあえず礼は言ったと思うが、モヤモヤはずっと残っていた。モヤモヤの理由が分かったのは比較的最近で、当時はホモソーシャルもミソジニーもDVもモラハラもセクハラもロクに意識していなかったから、なんだか気持ちが悪い感覚だけが残っていた。今となっては、NNの行為をとがめながらも、自分たちに、女性を年齢などで仕分けして、価値を決める権利があると思い込んでいるWもNNと何も変わらないのだと分かる。自分の彼女である私だろうが、同期のY先輩であろうが、彼は同じ人間に対する敬意を忘れてはいけなかったのだが、自分の獲得物である女、そうではない女程度の認識しか、突き詰めていけばなかったのだろう。そんな男と付き合った私の見る目がない?それは自分でも思っていることだが、そんな思想をまったく持ち合わせていない男とこの国で出会うのは、今時らしくガチャで例えるのならば実はSSRを引くのと同程度の確立ではないかと思う。


 そんなNNは、後にその後輩の女の子の内二名にセクハラをしていられなくなったのだが、一年か二年も経つと何事もなかったように戻ってきて、誇らしげに演出を担っていた。誰も、彼を責めない。そして、人づてに聞いた限りは彼女もできたらしい。だが、彼の人間性が変わったとは思えない。「獲得物」になった彼女の身が多少心配だが、私にできることは特にないので、もしうっかり再会したら、「お局発言」の真意を、人前で問いただしてみたいと思う。

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