エッセイ 裏腹な笑いは野球部に降り
最近の四十代はだいぶ若くなりました。四十を超えてなお現役というスポーツ選手も増えましたし、一昔前までは、能力はもちろん若さまでも求められた、ミュージシャン、お笑い芸人、俳優などでも、三十を超えてブレイクする新人を目にすることも、珍しいこととも言えないようになりました。
前後左右を見渡せば、どこを向いても若々しい人ばかりでございます。全く結構なことで。
しかし、若干の忠告と膨大な妬みを込めて言わせて頂くならば、いくら働き盛りの世代全体が若くなったこととはいえ、個人差を考慮できなければ、幻ばかりを追いかけることにもなりかねません。
しからば、この人を見よ。つまりは、そういうことだ。他人事でしかなかった膝の痛み、腰の痛みも少しづつ身近なものとなり、最近では体を鍛えることよりも労わることの方がまず先に頭に浮かぶ、sokopenとかいうこの人を見よ。さればあなたも、幻から覚め、世の真実を見出すであろう。М字型から逆U字形となった、その生え際の語るものの中に。
私にも若い頃というのはありました。そう、あったのです。うん、おそらくあったのだと思います。
四十三歳の私がここにいるのですから、十七歳の私もいなければ辻褄が合わないでしょう。私だって全面的に信じ切れてるわけでもないのです。そういうことにしといて下さい。私にも十七歳はあったの!それもピチピチの!
さて、皆さん、信じられますか。二十五年も遡れば、私は高校生で、野球部に所属していて、毎日白球を追いかけていたわけです。
書いていて、何だかますます信じられなくなってきました。確かに私は高校球児だったのです。ですが、あれですね、念のために、話半分で聞いておいてください。
十六か十七の時だったと思います。くだらない悪ノリから思いもよらないことが起きました。
その日は雨の日だったのか、それとも、はじめから体づくりの日と決まっていたのか、グラウンドではなく、部室の前で、皆でトレーニングに励んでいました。
硬式の野球というのはまず筋力がなければ始まりません。体が出来てないうちにプレーをしても、ろくなプレーができない訳です。
バットを振っても、自分がバットに振られているような格好になってしまうし、広いグラウンドで必死になってボールに飛びついても、脚力が付いていかずに、その場で滑ってしまったりしてしまう。
決して強いチームでもなかったのですが、それでも、最低限必要な筋力、体力を得ようと、その日も体力作りに励んでいたわけです。
静かな中でやってもつまらないですし、テープに取った音楽を、BGMとしてかけていました。そのくらいのことは許されていました。
というよりも、音楽をかけても誰からも注意をされないので、まるで初めからそうであったがごとく、チームぐるみで暗黙裡に習慣として定着させていった。そう言ってしまった方が、当たっていたかもしれません。
実に高校生らしい光景です。こういう時にこそ一致団結するのが高校生です。チームワークが問われます。
時代は九十年代も半ばを過ぎ、ミレニアムに向かって音楽シーンも勢いを増している頃でした。アメリカではオルタナやグランジというジャンルが隆盛を極め、日本では小室ファミリーやビジュアル系のバンドなどが、ミリオンヒットを連発していました。
そしてその横で、世界の隅っこの、さらにまた隅っこの薄暗い部室の前で、ゆがんだ口元から絞り出される呻き声と思春期特有の鬱屈した思いと共に、端から端まで坊主頭の無名の野球部員たちが、腹筋、背筋、ベンチプレスなどの苦痛から解放されるために、一心不乱になっていました。
誰の邪魔にもならない代わりに誰の注目を浴びることもない。そんなスペースでした。その、世界から取り残されたような一角にも、時代はかろうじて届いており、持ち主不明のカセットデッキからは、globeやSPEEDやGLAYの音楽が、繰り返し聞こえていました。
ある日のこと、疲労でマンネリした雰囲気を破るように、部員の一人が言いました。
「音楽変えない?このテープ、もう飽きた」
全く鋭い指摘でした。実際のところそれまでも、そろそろという時期になる度に、カセットテープはいつの間にか取り換えられていたのでした。誰に向かって言われたものでもなかったのですが、そういう言葉が出た翌日には、決まってカセットは取り換えられていたのです。みな、似たようなことを考えていたのでしょう。ああ素晴らしきチームワーク。
その日は行き詰まりが特に顕著だったのか、どれだけ練習すれどいつまでも続くその音楽に、不満が集中しました。
「いつも同じような音楽ばっかり」
「一体何回聞けばいいんだ」
「誰かなんか面白いの持ってない?」
イライラが積もる一方の雰囲気の中で、その秀逸な言葉は飛び出しました。
「なんか、腹筋が勝手に上がるような、やる気になる音楽ないか」
皆がはっとした表情になり、ついで笑顔が伝播していきました。
「それいい。誰かやる気が出るやつ!」
地べたにあぐらをかいたり、四つん這いになったり、そのまま天井を仰いだり。しばしの間、坊主頭たちの歓談が始まりました。しかし思いのほか、これというものが見つかりません。
「お前、なんか持ってない?」
「そんなの持ってたら、すでに持ってきてるよ」
しばらくはこんな具合でした。なかなかいいのは出てきません。
本当はみな分かっていたのです。そんなマンガみたいな、都合のいいことがあるわけがない、と。そんな魔法みたいなことなど起こるはずもなく、結局最後は地味に練習するしかない、と。みな分かってはいたのですが、ただ一瞬の間でも、リラックスして解放されて、その後改めて練習に集中したかった。そういうことだったのだろうと、今は考えています。
奇跡というものが本当に存在するものか、私には分かりません。しかし、傍で見ていてなにか奇跡が起きたように思えることというのは、間違いなくあるのでしょう。
一人の坊主頭が、もう一人の坊主頭に、突っかかっていくようにして言いました。
「○○!何かない?」
「特にないな。さだまさしなら、あるけど」
名前を呼ばれた○○が、よりによってこう答えました。高校球児には珍しく、ぽっちゃり体系の部員で、松井秀喜とお菓子と映画音楽をこよなく愛す高校球児でした。
そろそろかな、という雰囲気が、あたりを覆っていきました。一人、また一人と、腹筋運動の体勢へと戻っていきます。
「じゃなくて!さだまさしで力が出るか」
「お前、さだまさしの凄さわかってない」
なおも続く寸劇に、憐れむような苦笑が応じていました。言い出しっぺの坊主頭が、いかにももどかしそうに、もう一度質しました。
「力が出そうなやつ!ロッキーみたいな感じの」
うちは強いチームとは言えませんでした。野球の神様が降りてきたと感じたことも、ありませんでした。しかし今思えば、その時、野球とは縁のない何かしらの神様が、ちょうど降りてきていたのかもしれません。
「あるよ」
その後の全員の興奮ぶりが、今も目に浮かぶ様です。
思わぬ返答に、はじめは皆、信じられない様子をしていました。少しの間ザワザワとした雰囲気が続き、その囁きをバックに、二、三のやりとりがなされました。誤解なんかじゃありませんでした。やり取りが明確になっていくにつれ、クレッシェンドのようにして歓喜の声は大きくなり、そののち、大きな笑い声と共に頂点へと達しました。
皆、手を叩いて笑っていました。翌日への興奮に耐えられない様子でした。
翌日になると、約束通り、ぽっちゃり坊主頭がテープを持ってきていました。どうやら、有名な映画音楽をたくさん集めてオムニバスにしたCDを以前から持っていたものらしく、その中に、偶然にもロッキーが収録されていたとのことでした。
力が出そうな音楽、と言われただけではピンとこなかったものの、ロッキーという具体的なタイトルを聞いた途端に思い出したのでしょう。
夜から録音したから大変だった、とかなんとかかんとか。一言、二言、多少の愚痴もこぼしてはいましたが、どういう結果になるのか、ぽっちゃり坊主頭本人も楽しみにしているだろうことは、そのニヤけた表情からも明らかでした。
話の腰を折るようですが、そうは言っても、これで力が増すだろうなどと信じ切っているお人よしは実際には誰一人いなかったと、今でもそう考えています。
実際、そんなことがあり得るでしょうか。
一時間、二時間かけて、みっちりトレーニングをしたことがある人なら分かってもらえるかもしれません。それだけ負荷の大きいトレーニングの最中に、音楽一つで何かが変わるなど、それこそフィクションでしかありえないのではないでしょうか。
いつものように、練習が始まりました。そして少し経つと、筋トレの時間に。
テープがセットされ、はじめに、言い出しっぺの坊主頭から試してみることになりました。
二、三人の物好きな坊主頭が、周囲を取り囲んでいました。私の方はといえば、実はあまり本気にしてもいなかったので、少し遠くの方で、こちらはこちらで、トレーニングしていたような記憶があります。おぼろげな記憶しか残っていないのですけども。
カチッという再生の音の後に、伸び上がるようにして徐々に盛り上がっていくファンファーレ。トランペットの音が二つになり三つになって、覚悟を決めたかのような重低音が鳴り響く。さあ、有名なあのロッキーのフレーズだ。
その瞬間、プッという、その場にそぐわぬ間抜けた音が聞こえてきました。言い出しっぺの坊主頭の口から漏れ出たものでした。半身を伸び縮みさせていた坊主頭だったのですが、ロッキーのテーマが有名な場面に差し掛かった途端、体を起こすのも止めて、急に吹き出してしまったのでした。
その場にいた何人かが何事かと驚いていると、そのまま坊主頭は床に手をつき、おもむろに笑い始めたのです。高らかな笑い声とは程遠い、クククという、むしろ抑えきれないものが滲み出てくる具合の笑い方でした。
その場の一同は、さらに驚き、当惑の表情を浮かべていました。
「どうした。大丈夫か」
こんな言葉が、帰ってきました。
「やばい。笑えるくらい上がる」
「マジでやってみ。やったらわかる」
不思議なことに、嘘をついているようにも見えませんでした。顔を見合わせるばかりの部員たちの顔にも、少しずつ笑顔が戻ってきました。その笑顔には、どこか期待の色さえ浮かんでいました。
怖々ながらもすでに腹を決めたのか、そばで腹筋を手伝っていた大柄の坊主頭が、えいとばかりにそばに座って腹筋の体勢を取りました。テープは巻き戻され、ロッキーのテーマの冒頭に合わせられました。
鳴り響くファンファーレ。短く刻まれた破裂音が、二つになり、三つになり、和音を作って問い質した瞬間、重低音が、同じ具合に問い質す。そしてあのフレーズへ。
プッ。同じように噴き出す音が。そして同じく、こみ上げてくる笑い声。そして、
「うそだろ。笑えるぐらい、腹筋が上がる」
そうは言われても、なぜ腹筋が上がるのか。よし例え上がるにしても、思わず笑ってしまうくらいに、本当にそんなに力が出るのか。
薄気味悪い現象を前に、当然ながら次々と坊主頭が集まり、周囲を取り囲み始めました。すでにザワザワし始めており、ただならぬ雰囲気が漂い始めている。当人たちが、苦しんでいるのではなく、笑いこけているということだけが、安心の材料でした。
新たな坊主頭が腹筋の体勢をとる。テープが巻き戻され、ファンファーレが鳴り響く。
プスっ。四つん這いになり、床を向いたままクククとやり始める。
新たな坊主頭。ファンファーレ。プッ。ククク。
部室前のスペースが、感嘆と笑いで満たされていき、次こそ我もと急ぐ坊主頭の横に坊主頭が並び、その坊主頭の横にさらに新たな坊主頭が腰を下ろす。もちろん、私も、その坊主頭のうちの一人でした。
仰向けに寝転がって両膝を立てる。両の掌は後頭部に。薄暗い中で蛍光灯が控えめにこちらを照らしている。何度目かのファンファーレが耳に届く。本当に変化が出るのか確かめる為に、有名なフレーズに入る少し手前で、反復運動を始める。筋肉のつきにくい腹部を使って上半身を持ち上げるのは、いつだって楽なものではない。しかし、どこか変化を感じる。テーマが始まる前の導入の部分、金管楽器が少しづつ束をなして膨らんでいくその時点で、もうすでに私は変化を感じている。高まっていく高揚感の中で、わが身の変化に対する不安と期待とが、ない交ぜになっていく。響き渡る高音が私を試す。お前はやるのかと。その後に続く低音が、荘厳な問いを投げかける。やるに決まってるさ、黙ってみてろ。体を丸める具合にして、上半身を起こす。腹のあたりにピッとしたものを感じる。高まっていく気分の中に、辿り着くことのない衝動を感じる。意味なんかなくたっていい。ただこの衝動に身を任せ、我を失ってしまうほどにこの腹筋運動一つに集中し、むしろこのフローの状態のまま、この場に倒れ込んでしまいたい。私は、全身を、力ませる。
パパーンパーン。プッ。
他の坊主頭同様、私は吹き出してしまいました。体を折ってクククとやり始めました。そして、少し笑ってから、笑顔のまま、ひたすら腹筋運動にのめり込みました。
なんだこれ、こんなことがあってたまるか。音楽一つでこんなにやる気が湧いてくるなんて、こんなの出来の悪いマンガじゃないか。俺みたいなひねくれものが、そんな冗談みたいな状態になっちゃうなんて、こんな可笑しいことが他にあるかよ!
今になって思えば、普段出ることのない、脳内物質でも出ていたのでしょうか。まさかロッキーのテーマで、本当にロッキーのようなエネルギーの塊になってしまうなど、誰が想像したでしょうか。その後のことと言えば、自然、この言葉で溢れ返ることとなりました。
「エイドリアーン!」
やたらと響く部室の前のスペースで、スタローンのどら声を真似した坊主頭たちが、何度となく、そう叫んでいました。九十年代も半ばを超えた頃でした。
エイドリアンさんとは、どちらの国のお名前でしょうか。やはり、アメリカでしょうか。もしもエイドリアンさんに会ったら、教えてあげてください。九十年代の半ば頃、おそらくは地球の裏側で、たくさんの坊主頭たちが何十回とあなたの名を呼ぶ一日があったと。
書いたもので役に立てれば、それは光栄なことです。それに対価が頂けるとなれば、私にとっては至福の時です。そういう瞬間を味わってもいいのかなと、最近考えるようになりました。大きな糧として長く続けていきたいと思います。サポート、よろしくお願いいたします。