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「オルタナ・ボカロ」のススメ

 この記事は十人十色 Advent Calender 2023の参加記事です。リンクはコチラ↓

 よく名義が変わるので軽く自己紹介させていただきます。速読英単語です。普段は音楽をしたり、アドビで遊んだり、SNSに常駐したりしています。B(Bokaro DaisukiのB)型です。よろしくお願いいたします。

 例によって記事を書くのを忘れていたので、頑張って適当に書きます。


ボカロ文化の成熟

 ここ数年、VOCALOIDに対する世間の注目が高まっています。

 その端緒の一つに挙げられる2020年にリリースされた「プロジェクトセカイ カラフルステージ!」音楽ゲームのヒットです。
 類似するゲームに「アイドルマスター」や「バンドリ」がありますが、それらとはボカロ曲という独自性の高いジャンルをフィーチャーした点によって差別化がなされています。
 しかしそれだけにとどまらず、登場人物たちの葛藤や成長を丁寧に描写したストーリーや極めてやりこみ度の高い難易度設定に見られるゲームとしての完成度の高さや、長いキャリアを積んだ一流ボカロPによるハイクオリティな収録楽曲といった複合的な要因によって、既存のコンテンツに比肩する人気を獲得したものと思われます。

 はじめは同人文化として局所的に発展したVOCALOIDという文化が、関わるクリエイターたち・コミュニティの成熟やジャンルの多角化によって今やポピュラー文化と言えるまでに成長したのです。

同人文化としてのボカロの今

 では、VOCALOIDは完全に商業主義的なジャンルと化してしまったのでしょうか?

 実はそんなことは全く無く、先駆者たちが残したノウハウが蓄積された結果として個人の参入障壁は年々低くなっており、むしろ同人ボカロ界隈は急速に発展しているのです。

 例えば「ボカロP 入門書」と検索すると作編曲やソフトの扱いに関する膨大な数の参考書が見つかります。

 このような同人文化としての潮流を歓迎する企業も多く、ボカロ曲投稿イベント「The VOCALOID Collection」には東武トップツアーズINCS TOENTERなどが協賛しています。

「オルタナ・ボカロ」とは

 同人界隈のボカロ曲も界隈の成熟に応じて変化しています。

 現在におけるメインストリームの楽曲、いわゆる「王道ボカロ」は黎明期に活躍し、それ以降も継続的に活動を続けるボカロP(DECO*27氏やピノキオピー氏、じん氏など)を中心にして確立されました。
 ボーカロイドの歴史においてこのようなジャンルは1970年代以降の産業音楽のような位置を占めており、それらと差別化を図る、もしくは独自性を追い求めた成果として個性的・前衛的・鋭角的な楽曲が生まれてきました。

 本記事ではこれを「オルタナ・ボカロ」(Alternative Vocaloid)と名付け、お気に入り楽曲を紹介しつつその音楽性を分析していきます。

オルタナティヴ・ミュージックからの派生

 ボカロが一般の音楽メディアでフィーチャーされる機会が増えた2010年代中期では、当時の王道ボカロがその他のポピュラー音楽と同様な音楽性を持ち始めていたこともあり、当時のオルタナ・ボカロは従来のオルタナティヴ・ミュージックの派生形と言えるものが多数あります。

 現在はキタニタツヤ名義でシンガーソングライターとして活動するこんにちは谷田さんの処女作「鯨と水星」では変拍子や鋭角的なフレーズが多用されており、the cabsを始めとした日本のマスロック/ポストロックに強い影響を受けていることが伺えます。

 Yamaji(投稿時の名義はLITCHI)氏の「天動説」においても複雑なエフェクトを用いた奥行きのあるギターなど、シューゲイザーの影響と見られるサウンドがみられます。
 

代表的なP

 このような傾向は2010年代の楽曲群に多く、中心的なボカロPがメジャーデビューするなどしたため、現在では王道ボカロに分類される場合もあります。

その他同人・商業音楽からの流入

 ボカロ黎明期にはその他の同人音楽界隈からの流入が起こり、その際に様々なジャンルとボカロ曲の融合が起こりました。

 かめりあ氏はボカロにとどまらず音ゲー曲やクラブミュージックなど、エレクトロ系を幅広く手掛けるコンポーザーとして活躍しています。「ココロの質量」はダブステップ由来の凶悪なワブルベースやきらびやかなコードシンセが多用されています。

 sasakure.UK氏はボカロPとしての活動開始以前から著名なBMS作家として知られており、現在でも商業・同人問わず幅広いゲームに楽曲を提供しています。

【BMSとは】
BMS(Be-Music Source file)とはコナミの音楽ゲーム「beatmania」を模したシミュレータに用いられる、MOD感覚で楽曲制作や演奏が可能なファイルフォーマット。現在ではシミュレータに用いる曲データやゲームシステム全体を指す場合が多い。

https://ja.wikipedia.org/wiki/BMS_(音楽ゲーム)より抜粋・一部改変

 「タイガーランペイジ」にも氏の音ゲー曲に見られる変拍子や難解なコード進行、複雑かつ高速なドラムやシンセといった要素が色濃く感じられます。

代表的なP

 その他音楽コミュニティから参入したアーティストの多くはエレクトロ系のアーティストが多い印象を受けます。

マイナー・前衛ジャンルの参入

 ボカロ自体が新奇的でありながら訴求力があることもあり、インターネットコミュニティにボカロが定着した2009年頃から、極めて前衛的・難解な音楽ジャンルの楽曲を投稿するボカロPが現れました。
 特にニコニコ動画ではこのような楽曲を形容する「感性の反乱β」というタグが生まれ、一定の市民権を獲得しています。

 無機質なドラムとシンセベースが主体のミニマルな曲調で始まりますが、サビではストリングスによる壮大な伴奏が奏でられ、アウトロにはハードコアテクノを想起させる重厚なビートと逆再生のボーカルという唯一無二の展開が特徴。ATOLS氏はこのようなミニマルなフレーズを複雑に組み合わせたいい意味で捉えどころの無い楽曲を多数制作しています。

 幻想的でありながら不安定なメロディ、耽美的な歌詞や曲構成に狂気を感じるきくお氏の「あなぐらぐらし」。氏の楽曲は曲によって楽器や音使いに違いはあれど重苦しくも浮遊感のある歌詞は一貫しており、歌詞を中心とした曲作りをしていることが伺えます。

 「電子ドラッグ」のようなジャンルに代表されるように、前衛ボカロ音楽はエレクトロ系の楽曲が多い傾向がありますが、もう石田氏の「はじめてのH」は珍しくロックな曲調となっています。英題"The New Code"の通り、不協和音ギリギリ手前(ところどころ完全に不協和音)のもはや不可解なコード進行が続きます。

代表的なP

 前衛ボカロ音楽と一口に言っても様々なサブジャンルを包含しているため一概には言えませんが、各ボカロPに注目すると影響を受けた音楽ジャンルは多くても2つ前後のようです。
 彼らの音楽性は多角的な分野の融合によって獲得したのではなく、特定の分野への深い造詣からくるものと考えられます。

人間の限界を越えたボーカル曲

 ボーカロイドは人間と異なり物理的、生物由来的な制約が無いため、理論上どのようなフレーズでも発声可能です。そのスペックを限界まで生かした楽曲も多数制作されています。

 言わずとしれた王道ボカロ曲ですが、スピードメタルを彷彿とさせる暴力的なドラムやポエトリー・リーディング、ひらがな換算で毎秒12文字にもなる早口が展開されるサビなど、ポピュラー音楽ではありえない要素がてんこ盛りの楽曲でもあります。

 ボカロオタクが一度は挑戦して儚く散って行く曲の一つ、「高音厨音域テスト」も、人間の限界を越えた高音を出すという点では極めて前衛的であると言えます。

 どちらもボカロ黎明期の楽曲であり、半ば(後者は名実ともに)ネタ曲のような扱いを受けている2曲ですが、ボカロ曲におけるボーカルの可能性を示したという点で重要な意味を持っています。

上述要素の融合

 ボカロ・オルタナの中でも最も大きな割合を占める分類。ボカロ界隈の発展の中で楽曲の要素が融合し、新しい音楽ジャンルとして成立したものを指します。
 幅広いジャンルを包括する概念であり、網羅的な解説が難しいため、実例としてお気に入りの曲をいくつか紹介します。

 楽曲構成や音使いなどにはスピードハウスなどクラブミュージックの片鱗が感じられますが、環境音のサンプリングといった飛び道具が多用されており、界隈外の音楽とボーカロイド先鋭音楽の融合というバックボーンが感じられます。

 ボカロ・UTAU界隈でカルト的な人気を持つ「界隈曲」のようなベースや複雑なコード進行とキャッチーなメロディーを組み合わせた一曲。軽快なリズムに乗せて物悲しげなリリックを歌う、独特のしっとりとした雰囲気があります。

 柔らかい質感でありながら密度の高い楽器隊と、シンプルで覚えやすいメロディやリフの対比が美しい一曲。コードよりキー特有の空気感を意識したと思われるハーモニーにはジャズから強い影響が伺えるほか、曲を通して続くコーラスは人間ではなし得ない超長音が使われています。

 エフェクトを何重にも掛けたシンセや随所に散りばめられたノイズが疾走感を演出する一曲。このようなジャンルは一般にはデジロックと呼ばれますが、ボカロ界隈のそれは前衛音楽や周辺コミュニティの音楽性を自由に吸収しており、独自の発展を遂げているものと考えられます。

まとめ

 1970年代~1990年代にかけて起こったオルタナティヴ・ミュージックと王道ボカロから派生したオルタナ・ボカロ。前者は商業主義に偏った音楽シーンへの反動として生まれたムーブメントであるのに対し、後者はアーティストたちが周囲の音楽を自由に吸収することで生まれたという決定的な違いがあります。

 このような相違が生まれた要因の一つに、同人コミュニティが持つ二次創作やノウハウの共有に対して寛容な姿勢があります。このような風土によって興味を持ったリスナーが創作者に転じる上での障壁を下げ、新たな創作者たちがさらに積極的にオマージュや情報発信を行うようになる好循環によって、加速度的にオルタナ・ボカロの発展が推し進められています。
 このような点に注目すると、オルタナ・ボカロと王道ボカロが単なる対立関係では無いことが伺えます。ボカロ界隈が今後どのような変化をしていくのか、他の文化にどのように影響を与えるのか、注視していきたいものです。

 稚拙な考察をつらつらと書きましたが、本当に伝えたいのはこれだけです。

ボカロ沼 みんなでハマれば 怖くない


(P.S.結局4時間遅刻しました……すみません……)

ラーメン代に当てさせて頂きます。