灯明2(創作中編小説)

 それからややあって。
 「はい、これ三日分ね。朝と夜の二回忘れずに飲むこと。今度はちゃんと守ってね。あとピラピルの酢漬けはしばらく控えるんだよ、わかったね?」
 青年に薬湯を飲ませ薬を処方した記録をカルテに記す。その間ずっと背後のいすで青年が生気を失った顔つきでぐったりしていたのは気にしないでおく。
 「聞いてんの?」
 「ひでえや、ジズ。せんせーの方が丁寧な診察してくれるぜ。お前のは慈悲の欠片も感じられねぇ……」
 「慈悲で病気は治らないでしょうが。……はい、お大事にー」
 さっさと青年を追い返して道具を片付ける。カルテは本棚に戻し使った道具を丁寧に洗浄する。清潔であることが何よりも大切なので必ず二回以上はすすぐ。大体洗い終わったので水切りをしていると、唐突に目の前の窓をコツコツと叩く音がする。こんなところから訪ねてくる人物は一人しかいないので、作業の手を止めて窓を開く。
 「よぉ、ジズ。昼飯まだだろ?パンとチーズくすねてきたから一緒に食おうぜ」
 ひょこっと窓から現れたのはジズと同い年ぐらいと見える少年である。少し大きめの神父服を纏った眼光鋭い彼は第二階層にある教会の神父エレオス。ジズとは幼馴染みである。教会のミサの後に振る舞われるパンやチーズをこっそりとくすねては、このように毎日この薬草園を訪れるのであった。
 「……気持ちは嬉しいけど、くすねるのはどうかと思うよ、レオ。シスターさんが困ってるんじゃないの?」
 「かてぇこと言うなよ、たくさんあるから大丈夫だって。じゃあ俺はヴェーツも呼んでくるから、片付け終わったら裏の温室前に集合な!」
 楽しそうにカラリと笑いエレオスは再び窓の向こうに姿を消す。窓を閉めたジズはため息をつきつつ、ちょうど通りかかったカダベルに、お昼行ってくるね、とどことなく嬉しそうに言うのだった。

 診療所に隣接する薬草園はカダベルとジズが管理している。地下にある《コバルティア》では植物の生育に必要な水の確保と太陽光がないため栽培それ自体が簡単なことではない。にも関わらずこの場に常に多くの草花が繁茂しているのは、先人たちの知恵と彼らの努力の賜物だろう。とはいえ、育てることができる植物が限られているのは事実である。少しでも栽培できる薬草の種類をを増やすための研究は欠かせない。
 この温室も実験的な試みである。
 「こないだ持って帰ってきた種は芽吹きそう?」
 「うーん、まだ兆しはないね…。屋外だと育たなかったから、温度が関係してるのかなって思ったんだけど」
 「第一廻廊で繁殖できて第三階層で繁殖できない、か。温度に注目するのはいいかもしれないね」
 「だーっ!お前らは飯の時も小難しいことベラベラうるせぇな!」
 たまらなくなったエレオスが声をあげる。矛先を向けられたのはジズともう一人。くせの強い柔らかそうな髪をひとつにくくった中性的な容姿、大人びた少年の首には猫の刺青が刻まれていた。彼はヴェーチェル、ジズとエレオスの幼馴染みである。第二階層の図書館で司書をしている彼は大変研究熱心で、ジズと顔を合わせると、お互い決まって今自分が手掛けている研究の話ばかりなのである。地道な研究が嫌いなエレオスは二人の話を聞く度にげんなりしていた。
 「あはは、ごめんごめん。つい気になっちゃってさ。うちの図書館の窓辺でも育ててるんだけど、一向に芽吹かないから、ジズの所はどうなのかなーってさ」
 穏和な笑みをその顔に乗せながら言うのはヴェーチェル。エレオスはチッと舌打ちをしながらもそれ以上なにか言うことはなかった。
 「ごめんて、レオ。パンとチーズおいしいよ、いつもありがとう」
 ジズもすかさずフォローを入れる。エレオスはムスッとしつつ、もういい、とそっぽを向いてしまう。別に怒っているわけではない。いつもの定番のやり取りなので、二人は苦笑しながらパンを口にした。
 「あ、そうだ。ちょうど三人いるし、次の《探索》の日程確認しておこうか」
 

 

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