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土壌に含まれる有機態リンとは何なのか—リン研究の最前線の入り口—

下記の方をご存知でしょうか?

農業Twitter界隈では有名な方で、とても示唆に富んだツイートをする方なので、積極的にフォローしてリプしてあげると喜ぶ・・・・かもです笑

その、ふうきさんが面白いnoteをまとめていました

土壌のリンの循環についての記事です。こちらの記事も極めて興味深い記事ですので、ぜひ読んでみてください。

さて、リンの循環というのは、炭素や窒素と比べて『土壌を介した動き』が多く、測定自体も困難なために、いまだ不明な点が多い元素の1つです。

リンは大きく分けると「無機態リン」「有機態リン」の2種類に分けられます。
そして、有機態リンについて、上記のnoteに下記の記載がありました

土壌中に最も多く存在する有機態リンはフィチン酸(イノシトール6リン酸)と呼ばれる、無機化されにくい難分解性のリンです。

これはつい10年ほど前までは、間違っていない内容です。
しかし、分光法の発展と共に土壌化学も進展し、有機態リンについての解析が進んだ結果

「フィチン酸は有機態リンとしての割合は、さほど多くないのでは」

ということが土壌のリン研究者の間では近年の共通認識となりつつあります。

今回は農業から少し離れ、有機態リン研究の現状について布教も込めて記載したいと思います。

そもそも土壌中の有機態リンの分析をどのように行うのか

これについては、Cade-menun and Liu (2014)のレビューに丁寧にまとめられています。

現時点で最も使われている方法の流れは以下の通りです。

1)土壌に含まれるリンをNaOH-EDTA溶液で抽出する

2)抽出液を凍結乾燥した後、粉砕後NaOHで再溶解し、重水を添加

3)得られた溶液を31P-NMRで測定し、そのデータを解析

抽出率や測定条件など様々な問題はありますが、現状これが有機態リンの測定に使われているメジャーな方法です。

データの解析方法はすごくシンプルで、ピーク位置から化学種を同定するだけです(下図;Cade-menun and Liu , 2014)。

名称未設定.001

上図のうち、Orthophosphate monoesters(3-5.9ppm)diesters(-1-2ppm)phosphonate(>10ppm)が一般的に有機態リンと呼ばれます。

NMRピークはシグナルの面積を積分することで、その存在割合が求められます。
これら3つのシグナルの幅をみていただくと、

「Orthophosphate monoestersの割合が多そうだな」

と思いませんか。思いますよね。そう、思うんですよ。
実際に解析すると、Orthophosphate monoestersの割合が他2つに比べて圧倒的に多いです。
その割合についても、全リンの半分近くを占めるという報告もあります(Hashimoto and Watanabe, 2014)。

さて、フィチン酸は上図のうち、Orthophosphate monoesters領域にあります(下図;Cade-menun and Liu , 2014)。

名称未設定

*のついた4本のピークがわかりますでしょうか。これがmyo-IHP(一般的なフィチン酸)の有機態リンのピークになります。
この4本のピークを積分した合計をフィチン酸の存在量として解析します。
その割合は土によってまちまちで、全有機態リンの35%を占める事例もあれば、全くないという報告もあります (Turner,  2007)。

またフィチン酸にはいくつか異性体が存在し、自然でみられる主要な携帯はmyo-の形がほとんどです。

こうしたNMRによる多くの解析は、これまでの学説でもあった「土壌に含まれる有機態リンの多くはフィチン酸である」ということを裏付けていきます。

Humic-P(腐植結合態リン)という新たな概念の提唱

上に貼ってある図について、おそらくNMRをやってる方なら思うことがあると思います

「SN比低くない?ピーク分離してないよねこれ?フィチン酸のシグナルとして積分していいの?」

仰る通りで、ぐうの音も出ません。
これが、現在の有機態リン解析で10年近く問題になっている「Orthophosphate monoesters領域のシグナルの山なりは何なんだ」問題です。

名称未設定.001

上図はDoolette et al. (2011a)から引っ張ってきました。
矢印で示した範囲がOrthophosphate monoesters領域ですが、ピーク以外になんか山なりに盛り上がっています。
この山なりの部分を「ブロードピーク」と言います。
このブロードピークが何かに由来しているのであれば、相当な量が含まれていることと推察されます。

こうしたことから、

「フィチンのピークを、ここを考慮せずそのまま解析するのは問題では?」

ひいては

「有機態リンの大半がフィチン酸というのはおかしいのでは?」

という疑問が出てきます。

そして、Doolette et al. (2011b)は、このブロードピークを招いているのはHumic-P(腐植-リン結合態)であると報告します。
このHumic-Pは概念的存在に近く、具体的な形態ははっきりしません。

ここまでが有機態リン解析の先端部分の入り口になります。
さらに解析や研究は進んでおり、ここのブロードピークに関する分子量や酵素反応に対する応答なども調べられています。

結びに

かなり大雑把になってしまいましたが、これが現在の有機態リン研究の最前線の入り口です。
形態の違いというのは、リンの循環メカニズムにも深く関わってきます。
そのため、フィチン酸が主要なのかどうかというのは極めて重要な問題であり、現在はそのターニングポイントにあるといえます。

また、有機態リンについての国内の研究者は少ないのが現状です。
なので、始めた瞬間に即国内トップクラス、少し頑張ったら世界トップクラスに食い込める分野です。
非常に面白いので、ぜひやってみるといかがでしょうか。

長くなりましたので、この辺りで。
何か質問ございましたら、コメントやTwitterでお待ちしています

【参考文献】
Cade-Menun, B. and Liu, C.W. (2014), Solution Phosphorus‐31 Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy of Soils from 2005 to 2013: A Review of Sample Preparation and Experimental Parameters. Soil Science Society of America Journal, 78: 19-37.

Doolette A. L., Smernik R. J., Dougherty W. J. (2011a) A quantitative assessment of phosphorus forms in some Australian soils. Soil Research 49, 152-165.

Doolette, A. L., Smernik, R. J., & Dougherty, W. J. (2011b). Overestimation of the importance of phytate in NaOH–EDTA soil extracts as assessed by 31P NMR analyses. Organic Geochemistry, 42(8), 955-964.

Hashimoto, Y., & Watanabe, Y. (2014). Combined applications of chemical fractionation, solution 31P-NMR and P K-edge XANES to determine phosphorus speciation in soils formed on serpentine landscapes. Geoderma, 230, 143-150.

Turner, B. L. (2007). Inositol phosphates in soil: amounts, forms and significance of the phosphorylated inositol stereoisomers. Inositol phosphates: linking agriculture and the environment, 186-206.




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