詩『ここだけの話』
わたししか知らないことがある。
ツクンと痛い胸の奥で、にじみ始める色だとか。
聴き慣れたはずの好きな歌から、鎖骨を転がる言葉とか。
一緒に歩いた足の裏には、必ず誰かが住んでいるとか。
彼方を目指す山が蒼穹をなし、焦がれて緋色に染まること。
やがて真白に角隠し。孕み続けて死んでゆくこと。
春にはべつのわたしなのよ、おなじ姿に見えるでしょうけど。
たましいのないマテリアルさえ死ぬのがリアルの傍らで、
廃墟に抗う人のざわめきがあがった気がして涙をこぼした。
わたししか知らないことがある。
気でもふれたのか、ですって?
嘘は言っていないのですよ。欠片ほどにも。
秋口に飛び去った蝶が、花弁になるという話です。
滅びた語彙は花筏となり、だんだん蟠ってゆき、
遂には決壊した堰に流されて、溺れたわたしは考える。
得たかったものはなにひとつ、自分のものではなかったと。
それでも生きないといけませんから指を咥えて作り笑いで、
常に整形しながら考えて、二本の足で立っています。
ミドルレンジにも満たない電波を浴びるべく、
滂沱するその滝壺で両手を広げて受けようとする。
風景は見知ったものしか強く浮かばないけれど、
妄想があればなんとかなるよ。そうぞうをする翼だよ。
わたしの五感はわたしのものだ。
けれど、互換性さえあればどうとでも伝えられるのだ。
ここだけの話、と前置きをしてね。
20211115
深夜の二時間作詩 第132回「ここだけの話」
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