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二人ぼっち〜自閉息子1歳〜

【サイレントデイズ〜自閉息子0歳〜】からの続き

そらが1歳になる1週間前に、私はそらと一緒に療育センターへ行ったのだが、実はこの時期辺りから約半年程の記憶がすっぽり抜け落ちている。
その訳は後述するが、そのせいで、初めての療育センターでの内容どころか、発達検査をしたのかどうかすらもよく思い出せない。
多分、してないんじゃないかなと思う。

ただ、担当の先生との締めの話で、センターで行われている定期的な個別の療育に誘われた事にはかなり拍子抜けたのでよく覚えている。

なんだろう・・・
もっとドラマ的な
「あなたの息子さんは自閉症という・・・ウンタラカンタラ・・・」みたいな告知を覚悟していたのだが、
「タダで通えるラッキーな幼児教室感覚で来てみませんか?」と、陽気な先生に軽く誘われたので、
「行きます!」と2つ返事して、ワクワクした気持ちで家に帰る事ができた。

そしてこの後、先生とのやりとりや、担当の心理の方の療育を間近で拝見する事がきっかけで、私は療育に対して、希望・未来・可能性をとてつもなく強く感じ、変えるべきは人ではなく行動という強い信念に引き込まれるように自閉スペクトラムの世界に心酔していくことになるのだが、それはまた後日に。

(※私はこの時期は育休中だが、所謂、お役所勤めで、役所介入の必要な家族の支援や、様々な事情により機能不全に陥ってしまった家族の支援を行っていたので、発達障害の子に対する直接的な支援は行っていなかった。
ただ、こういった家族の中の大半は不登校や発達障害や愛着障害といった子たちがたくさん関わっていたので、自分の中では見知った子達ではあった。)

そして、前述した記憶が抜け落ちた理由だが、この時期からそらに、【えげつない人見知りとえげつない場所見知り】が始まったのだ。

本当に本当にえげつなかった。

何がえげつないって、パパもダメ、知らない場所は足をつけれないレベルだったからだ。

旦那は育児に手をつける事ができなくなり、家族でのお出かけはほとんどうまくいかず、友達と会う事も諦めざるを得なくなってしまった。

毎日、二人だけの世界にいるようだった。
二人ぼっちの世界で、二人だけのルールしかない毎日を淡々と過ごしていた。

ただ、私はそらが私を求めて泣いたり、不安を感じて私を探す姿に毎日毎日幸せを感じていた。

これまで、私がいなくて別に何も変わらないようなそらが、私じゃないとダメ!となったのが、母親としての役目を与えられたようで嬉しくて仕方なかったのだ。

だから、とても大変だった事しか思い出せないぐらいの時期だったけど、この時期の写真を見返すと、心がほっこりあったかくなる。

そして、半年が過ぎて、そらはほんの少しずつだがパパとのスキンシップを受け入れるようになり、知らない場所では不安な顔を見せはするが大泣きする事は減り、私とコミュニケーションをとろうとしたり、自分の気持ちを伝えようとする姿もたくさん見れるようになってきた。

そらが2歳になる少し前に、二人目のホシ(仮名)を妊娠し、そらは保育園への入園が決まり、私は定型育児の洗礼と保育園でのそらに翻弄されることになるのだが、それはまた次回に。

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