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愛車の話

私の愛車、きっとみんなピンとくる

つや消しの良い青色の自転車

高校の時のステッカーがまだ貼ってある

現在7歳と半年である

昨日後輪がパンクしたので

何となく愛車について綴ってみることにした。

出会ったのは中学3年の春休み埼玉で

姉の進学先へ引越し手伝いについて行き

ついでに自転車を家族で見物していた時だった

あの日の天気などは全く覚えていない。

地元で買えよと確かに思う誰もが思う

新品の自転車を与えられることが嬉しくて

中々決められなかったのだ。

姉のお下がりが嫌だった訳では無いが

新品の自転車など手にしたこともなかったので

ずいぶんと嬉しかったことを覚えている。

姉の自転車を探すついでに

中々決まらない私の自転車も探すことになった。

姉は珍しく橙の自転車を買ったような気がする

あの人の持ち物に橙なんてあったか

そもそも橙でもなかったかもしれない

自分の自転車のことで頭がいっぱいだった。

見つけたのは父だったか母だったか姉だったか

正確に何色とは言えない良い青色の自転車で

白いポイントが入っていた

オマケにタイヤのまで白線付きでカゴなし自転車

こんな洒落た自転車田舎には売っていない。

何故か家族みんなが気に入ってしまって即決

私の意志はというと即決だった。

3万くらいで高いなあと思っていたけど

今調べたら4万5千ほどだったとんだ記憶違い

よくも一目惚れでそんな高い自転車を買い与えてくれたなと思う。

お店の人が星のチャームを鍵に着けてくれた

その星は1、2年前にどこかに流れて消えた。

自転車は父が車に乗せて地元に持ってきてくれた。

高校まで約30分

冬と雨の日以外毎日

私を乗せてくれた愛車。

一緒にずぶ濡れになった日もあった

台風が来たら家に入れてやった。

3年たってもまだまだ乗れそうだったし

手放す気がさらさらなかった。

また父が車に乗せて運んでくれた。

大学に入ったら

毎日1時間も乗らなかった

雨ざらしで図書館の前に置いて帰った日もあった

油もささないしサビも取らない

空気だって全然入れてやっていない

それでも嫌な顔せずに動いてくれた。

自転車の顔ってどこだろうなとふと思う

そう言えば隻眼かとか思う

よくわからんがうちの愛車は良い顔のはずだ。

実は愛車はギアが7段階もあるハイテクさんなのだ

しかし今では1、2、6、7は合わせるとおかしな音を立てる

ゴリゴリギコギコキュリキュリ

実質3、4、5の3段階である。

元々ギアは4のままであまり変えなかったから

特に差し支えはない

そしてそんなところも愛おしい。ポンコツだ。

3年くらい前にけたたましい音を鳴らした時があった

本当に焦った

車輪の骨がどうやら折れたらしくて

回るほかの骨にぶち当たって音を立てていた

どうしようかと思って隣の骨に巻いてみた

すると何事も無かったかのように大人しくなった

それ以来外れてもいないし優秀である。

別の骨が1本紛失していることにも気づいたが

こちらも何事もない様子である

本当は大怪我なのかもしれない

ごめんよ愛車よ。

これは2年くらい前だったか

またおかしな音を立てたことがあった

今度はロック部分が壊れたらしい

あの鍵部分ごとグラグラと揺れ出した

そんなことあるのかと思った

落ちないようにそうっと乗ってたけど

上に持ち上げたら直ぐに取れてしまった

いや笑ったな。

今年に入ってサドルの縫い目が開いてきた

ぱかっと

そして中のスポンジが見えている

なんて不格好なんだろう

可哀想に

と他人ごとの運転手である。

あと半年だしサドル交換は勘弁してくださいと

愛車に頭を下げている。

そして昨日

図書館に行こうと跨ったら今度は

ゴンゴンゴンゴン

乗り心地が悪いのである。

7年も乗っていればパンクは経験済みだ

とりあえず図書館の閉館時間が迫っていたので

立ち乗りで重心を前にして

パンクした後輪を労りながら漕いだ。

流石に自転車屋まで乗るのは可哀想だし

取り返しのつかない部品まで壊れるのは嫌なので

霧雨振る中押して歩いた。

思えば上り坂のこの街で

自転車を押して帰る日は多かった。

そんな時間も好きだった。

何のための自転車だと言われそうだが

いつもギリギリ女の私は

定刻に間に合えばそれで良いのだった。

帰りはゆっくりで良いのだった。

そんなことを思い出しながら自転車屋に付いた。

鍵の故障の時もそうだったが

店員さんは私の愛車を見ていつも半笑いで

車輪の骨折れてますよ

と言うのだった。

私がそんなこと知らないわけがないだろう

何も知らないくせに私の愛車を馬鹿にするな

馬鹿にされているのは私かもしれないが

それなら許してやろう

いいからタイヤを直してやってくれ。

直った愛車は前より不格好だった

薄めで溝の少ないタイヤだったのに

雪国仕様とでも言いたげなゴツいタイヤになっていた。

私の愛車を馬鹿にした店員は

泥除けとの間に隙間が少なくなったから

ぶつけたらこすれて音が鳴るかも

とか言い出したのだ。

それしかなかったんか。とは言ってないが。

冬も安心だなと言い聞かせて

直った自転車に乗って帰った。

今年で8年目

社会人になったら車を持つだろうから

この愛車とはお別れだろうか。

どこに置いていける気がしない

サドルを新しくしてステッカーを剥がして

油をさしてサビをとって車体を磨いて

車輪の骨を修理してタイヤに空気を入れて

さていくらになるだろうか

新しい自転車を買った方が安いかもしれない

自転車に乗る機会はぐっと減るだろうし

蜘蛛の巣をかけるような扱いになるかもしれない

それでもどうしても手放す気にならないのは

こんな思い出も一緒に乗っているからなんだな

とか思ってみる。

正直な話車運転するが嫌なので

出来れば手放したくないのである。

愛車とは言っても自転車

自分の自転車でこんなに語れる人間はそう居ないだろう。

ちょっとした自慢である。

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