千日「かいほう」行 121日目

27日に発生した埼玉県ふじみ野市での立てこもり事件で、「コロナ禍」の中で活躍した医師や介護スタッフらが犠牲になりました。報道によれば、容疑者が介護してきた母が亡くなったことへの医師らの対応へ不満から「拡大自殺」を狙ったようです。その不満というのが、亡くなった母の蘇生というあり得ない要望だったことから、容疑者には何らかの心理的な問題があったのかもしれません。心理学的は母親とは「共依存」の関係で、母親の死亡を受容できずにその喪失感と将来への絶望感から「拡大自殺」を図ったものと「解法」されます。

死亡した医師は「コロナ禍」での活躍する姿がテレビ報道で紹介されるほどの地域医療に熱心だったそうです。その思いから容疑者宅への訪問医療をしていたものと「解法」されます。その結果がこれでは言葉が出てきません。医師らは容疑者に散弾銃を向けられて問答無用に発砲されたのか、何らかの会話があれば「拡大自殺」を引き止める言葉の「力」を「かいほう」して行くことが、亡くなった医師の無念に報い、再発を防止する新たな「力」を生んで行くことになります。

我々の地球のある太陽系が属する銀河系は宇宙の「ビッグバン(大爆発)」で誕生しました。そしてその銀河系が「ビッグバン」すれば、また新たな宇宙空間が誕生すると考えられています。宇宙の中の太陽も、その中の地球も、そしてその中に人やコロナウイルスなどの存在するあらゆるものの一つひとつの「力」には限界があり、「死」があります。そして食べ物として犠牲にした動植物などの「力」で生きています。そんな「死」は新たな誕生へ「力」になり、その「力」は無限です。そして容疑者が散弾銃を向ける修羅場で、そんな「力」のことなどを語る言葉の「力」で「かいほう」されることはないでしょう。言葉の「力」にも気付きへの時間が必要で限界があるものと「解法」されます。

28日は「お不動さん」の縁日でした。「お不動さん(不動明王)」は大日如来の化身され、憤怒(ふんど)の姿をしていることが多いのは煩悩を抱える最も救い難い衆生を「力」ずくで救うためです。10数年後には私も容疑者と同じ状況に追い込まれるかもしれません。その時、煩悩に取りつかれた私を救済するためには、大日如来の心とその化身の「お不動さん」の憤怒の姿で、気付いた言葉の「力」を一つひとつ「かいほう」していくことが、10年後の私を救う「かいほう」して行くことになります。

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