プリファードエンド③

未来と希望


日曜日になっても竹中さんからの連絡は来なかった。せっかくの休日であるにも関わらず、何をしようにもDループのことを考えてしまう。僕は参加を断った場合のことをずっと考えていた。莫大なお金を相続することになるが税金とかどうなるのだろうか。一生働かなくてもいいほどのお金を得たならもういっそ大学も行かずに世界中を旅したり、思いつく限りの遊びをしてもいいのかもしれない。そんなことを本気で考えたけれど、やはりDループへの興味は強まる一方だった。
『Dループ計画の既に決まっているメンバーというのは誰なのか。』
このことが気になった。竹中さんから聞いた話だと、僕には成人になるタイミングでDループ計画の話をすることにしていたらしい。つまり、世界中のフィクサーの多くは既にこの計画について知っていたということだ。それでも、多くの資産家が参加を決めかねている。そんな中、一人だけ既に参加が確定している人物とは何者なのだろうか。今のところ知る由もないのだから考えても仕方がない。しかし、そういうものほど考えてしまうというものだ。

そうこう考えても仕方ないことを考えながら日曜の昼間のなんとも言えないテレビを見ていると、スマートフォンに通知が入った。竹中さんからだった。件名は『3兆円』だった。分かりやすいような分かりずらいような。まぁ何でもいいかと思いながら開くと、『直接会って話そう』とだけ書いてあった。昨日の医科大学に居るというので、すぐに支度をして家を出た。何があったのだろうか良く分からないが直接話す必要があるということは、恐らく3兆円へのアクセスは出来たということだろう。


医科大学は日曜日にも関わらずたくさんの人だ。大学病院に勤めていたり入院している患者もいるが、何より、改築されて綺麗になったキャンパスの食堂や図書館を利用するだけの地域住民がかなり訪れる場所になっていた。
中央にある一番大きな建物の総合案内所に竹中博士の名前を伝えると最上階の会議室に行くように案内された。会議室に入ると嬉しそうな表情の竹中さんが興奮気味で話出した。
「よく来た。端的に言うとアクセスキーは解読できたて、3兆円は君のものだ。」
「本当ですか。3兆円と言われても、全く実感が湧きませんが…」
「そうかな、そうかも知れないな。私も3兆円なんて金額手にしたことはもちろん無いから良くわからないな。」
「そうですよ。大体、自分の父親が仮想通貨の生みの親って話ですらよく分かってないんですから。」
「そういえば、私が伝えるまでそのことを知らなかったんだったな。」
「とにかく、アクセスキーを解読できたのは良かったです。採血に協力したのが無駄にならなくて。」
「そのことなんだけれど、君のお父さんは初めから全て君にあげるものとしていたんだ。」
「?…何でそんなことが分かるんですか?」
「実は、君から貰った遺伝子コードをそのまま使ったのが、アクセスキーだったんだ。」
「え?」
「初めから、君の遺伝子コードがアクセスキーだった。つまり、そもそも君がアクセス出来るものとして管理していたということだ。君のものだったんだ。」
「そうですか…」
記憶にない筈の父の姿が何となくイメージとして出来上がっていく。ここ数日でそんな感覚を身に覚えてきていた。

竹中さんは話題をDループ計画に移す。
「とにかく、これで君はプロジェクトの参加資格を手にしたわけだけど、どうしたい?」
「参加は…多分、します。」
「多文ね。でもまぁ、不安になるだろうな。」
「多分っていうのは、その、まだ決めかねているというよりも現実感が無いというか。実感が湧かない。本質で理解していない感覚が拭えてなくて。」
「そうか。では一度見に来るかい?Dループそのものを。」
「えぇ、是非。お願いします。」
「けれども、先に参加のサインをもらうことになる。極秘プロジェクトだからね。」
「…」
「どうする?」
「最後に無理を承知で伺います。既に1人決まっている搭乗者は誰なんですか。」
「…特別に教えてあげるけれど、このことを知ったら引き返せないと思ってくれ。」
「え?分かりました。」
てっきり、どこかの野心的で冒険心のある金持ちだと思っていたがどうも違うらしい。
「総理大臣の娘だ。」
「総理大臣の娘?」
「あぁ、大臣の娘は難病でね。現代の医療ではどうしようもない。具体的な余命は知らないけれども20歳まで生きれるかどうか分からないと言われている。現在15歳だ。あと5年、その間に医療が進歩する必要があるが、難しいだろう。」
「それで、タイムトラベルで未来の医療によって治そうってことですか?」
「あぁ。でも総理のアイデアではない。そう言って、私たちが総理を唆したのだ。」
「なぜ、そんなにタイムトラベルに拘ったんですか。」
竹中さんは少し黙って、真剣な面持ちになって言った。
「この世界の意思を知るには、世界の終わりを見るしかないと思ったんだ。」


Dループ計画への参加の書類にサインして、その日は帰宅した。後日、Dループそのものを視察出来ることになった。世界各国のフィクサーに購入者が1人決まったという連絡が直ぐに入るらしい。そんなことは正直どうでも良かった。これから、Dループ内での1年をどう過ごそうか考える方が何よりも重要だ。


『少なくとも、希望だけを持たない方がいい。』
竹中さんの言葉の意味を少し理解した気がする。少なくとも竹中さんは世界の終わりを見るために未来に行きたいということだ。それは絶望的な姿なのだ。しかし、それを自身の眼で視れる、そのこと自体が研究者の彼には希望なのだ。きっと未来は、今よりもハイテクで医療も進んでいるだろう。けれどそれが、今よりも”良い”世界になるというわけではない。そういう忠告だったんだ。

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