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推し、出づる。✿第2回|実咲

藤原行成ふじわらのゆきなり、というと平安時代の中では割と有名な方に入る人物になるのではないでしょうか。
高校の日本史の教科書には「三蹟さんせきの一人」として書かれているでしょうし、古典の時間では『枕草子』にも登場しています。
私が藤原行成が好きすぎたあまり、卒業論文という4年かけた恋文を執筆するに至った人物です。
それなりに身分の高い家に生まれながら、祖父や父が早世したおかげで平安貴族出世レースに初手から躓く不遇っぷり。

しかしどうやら頭がよかったようで、やがて蔵人頭くろうどのとうといういわゆる天皇の秘書室長に抜擢ばってきされると一条天皇や藤原道長の信任を得ることになります。

ここから出世の道が拓けてきたと思いきや、思わぬ落とし穴。
あまりに仕事が出来すぎるあまりに、一条天皇の信頼がどんどん大きくなってしまったのです。
この蔵人頭とは貴族の出世コースのファーストステップでもあります。
ある程度の年数(通常は3年前後が多い)を勤めると、次の段階へ進むのが定番でした。

 行成とてやはり、出世がしたい。
「そろそろ、次へ進ませてください」と願い出ること数度。
そのたびに、一条天皇からは慰留されまくるのです。

 蔵人頭は、秘書室長のようなポジションなので頻繁に天皇に会って職務を行います。
しかし、一つ上の段階である参議(議政官)になると役目の種類が変わるため天皇と距離が生じます。
信頼のおける人物は、やはりそばにいてほしいのが道理でしょう。
結局行成は、この蔵人頭を6年ほど勤めることになりました。

また、とにかく筆まめで几帳面だったのか、『ごん』という正確で丁寧な実に読みやすい日記を残してくれてもいます。
残念ながら本人の直筆の『権記』は残ってはいないのですが、現在まで受け継がれ国宝になった他の直筆の書はあり、『権記』も同様に美しい筆で書かれていたに違いありません。

実務派官僚としてとにかく有能だったようですが、『枕草子』の中ではまた違った一面も見せてくれます。
『枕草子』の中で描かれる清少納言が関わった貴族の男たちの中で、行成は最後に登場する「貴公子」になるでしょう。
本人はキラキラしたような流行はやりの王子様、というタイプではありませんが清少納言と対等にやり取りをしています。
時にユーモア、時にどこかすかした風に行われる問答は、もしかして二人は「そういう仲」だったのかと推測もできるあたり心憎い関係性だなと思っています。
結局のところ男女の仲だったかどうかは分からないところも「いい」のです。
『枕草子』に出てくるからこそ、藤原行成という人物が、ただの堅物ではないことが伺えます。
うっかり藤原道長と同日に亡くなったりするなど、最期までなんとなく不遇だったり不憫だったりするような身の上や立ち位置ですが、そんなところも含めて私の「推し」です。

そんな行成が、大河ドラマ「光る君へ」の第3話についに登場しました。
まさか年代的にこんなに早くに登場するとは想定しておらず、ナレーションで名前が読み上げられた瞬間、私は思わず声を上げました。
まさか人生最大の推しが、大河ドラマに出る日が来るなんて。生きている間に、推しが大河ドラマに出るなんて!!!
気分としては、スポーツ観戦で得点の瞬間、立ち上がって大声で叫びタオルを振り回しているような心地です。
ついに、ついに、ついに出ました。
中学生の私、見ていますか?推しが、大河に出ましたよ!!!!

放送が終わり、私は何度も何度もそのシーンを再生しました。
したり顔で語る公任きんとうの言葉に、控えめながらうなずくということは、彼は「分かっている」という何よりの証拠。
そう、行成は学才のある男です。
そして、道長に絡まれてやや迷惑そうな顔。
そう、行成は終生道長に何かと東奔西走させられるのです。
そして、手元は美しく流麗な筆の運び。
そう、後の三蹟だからです。ヨッそんりゅう!!

行成だ……本当に行成だ……。

感動に打ち震え、その日見た第3話の記憶はほぼすべて頭から吹っ飛んでしまいました。
予告を見るに、ここからきっと行成は登場シーンが増えることでしょう。
渡辺大知さんの演じるどこか物静かなたたずまいの行成は、脳内のイメージにとても近く、私はこれから毎週目を凝らしてお姿を探すことになります。
学生時代など戦国や幕末を愛する同輩たちが、推しの様々な描かれ方やキャストのイメージを語っているとき、私はいつもどこかさみしい心地でした。
平安時代が大河ドラマにはきっとならない。私は、推しの大河ドラマ出演を見ることなんてきっとない。
そう思っていたのです。そんな日々は、この2024年1月をもって終了いたしました。
私もついに「そちら側」へ行くことができました。

今後大河ドラマ「光る君へ」の物語は、藤原道長の成長に応じて次第に政治色が増していくものと思われます。
男性貴族の醜いすったもんだ、大変大変楽しみです。
その中で行成の占めるウエイトは大変大きく、今後も頻繁に登場してくれることでしょう。
清少納言も登場することから、『枕草子』のエピソードもきっと映像化されるのではないでしょうか。
毎週楽しみに、今後の展開を見守る所存です。

なお、藤原行成は作中でまだ一言もセリフを発していません。(★)

★)この記事は、第3話終了時点で書かれたものです。〔編集部注〕

(続く)

書いた人:実咲
某大学文学部史学科で日本史を専攻したアラサー社会人。
平安時代が人生最長の推しジャンル。
推しが千年前に亡くなっており誕生日も不明なため、命日を記念日とするしかないタイプのオタク。