推し、鑑みる。✿第10回|実咲
第11話 これまで仲良く同じ時を過ごして来たF4ですが、新しい天皇の時代になると状況が変わってきたようです。
お互いの立場になんとなく微妙な雰囲気。どうやら、ただの若者でいられる日々は終わりを告げてしまったのでしょうか。
今回の行成は、道長に頼まれていた『詩経』の写しを渡していました。
これはドラマの第10話において、行成が和歌と漢詩の違いを述べていたシーンで、引用されていた書物です。
もしかして、この書写をしていたからこそ、すぐに頭に浮かんだのかもしれません。
もう少しのちの時代になりますが、行成が道長から『往生要集』という仏教書を借りていた時のことです。
この時代、コピー機はもちろん印刷機などもありませんから書物は人の手によって書写され、広まっていきました。
この『往生要集』を手元に置いておきたいと思った行成は、道長から借りて書き写しました。
そして無事に写し終えて、道長に返却したところ、
「その行成が写した物が欲しい」と言われてしまうのです。
結局返しに来たはずの原本を行成は代わりにもらって帰るのですが、さすが当時随一の美文字といったところです。
さて、今回の第11話では、兼家一家の企みにより花山天皇(以後出家をしたので花山法皇と記します)が退位し、一条天皇が即位しました。
彼はまだ7歳で、到底政治を中心に立って動かせる年齢ではありません。
以後、祖父である兼家が後ろ盾となって政治を動かしていくことになります。
この7歳での即位というのは、当時では史上最年少でした。(後に院政期の鳥羽天皇が5歳で即位)
そして、皇太子に立てられたのは花山法皇の異母弟である居貞親王(後の三条天皇)で、彼は11歳でした。
天皇よりも次の天皇になる皇太子の方が年上というのもあまり例のないことでした。
花山法皇をだまし討ちのような形で退位をさせ、息子たちは突然の大出世。
宮中に不穏な気配が漂うのも当然です。
きっと貴族たちは、お互いに何とも言えない心地で顔を見合わせていたに違いありません。
それでもやってきた即位の日に事件が起きます。
即位の儀式が行われる大極殿。そこにある高御座(天皇が座る場所)。
開けてみれば、血がしたたり落ちる髪のついた生首がころがっていたのです。
そこにいた人々はそれはもう驚き恐れおののきました。
どうしたらいいものかと困り果て、兼家に尋ねます。
すると兼家は、さも今起きて眠いという風情で聞かなかったふりをしたのです。
これはこの時代を描いた歴史物語『大鏡』に出てくるエピソードです。
(「光る君へ」では内々に道長が処理をしたことになっていました)
聞かなければ、見なければ何もなかったのと同じこと。
下手人でも探そうものなら、「大事件」が起こったことになってしまう。
それよりも、やっとつかんだ天皇の外祖父の地位。
一条天皇の即位を執り行うことの方が、よっぽど大事だったということです。
犯人だとか、被害者だとかそういうことは、兼家にとっては大したことなどないのかもしれません。
孫の天皇が即位するハレの日だというのに、血の穢れすら厭わない兼家の恐ろしさが垣間見えるような場面でした。
平安時代というものは、政府(朝廷)が血の絡む死刑を嫌っていた時代でもありました。
平安時代の初め頃、嵯峨天皇が弘仁9年(818年)に、盗犯の罪に対する死刑の停止の命令を出しています、
この嵯峨天皇の兄、平城上皇が起こした薬子の変という事件の際に首謀者の藤原仲成が射殺された例や、嵯峨天皇・平城上皇の父桓武天皇(平安遷都を行った天皇)の時代に、東北の蝦夷の長として反乱を起こした阿弖流為が死刑になっています。
この後、平安時代の大半で死刑は途絶え、死刑になりそうな罪を犯した者も流罪にとどめられています。
次に日本史に死刑が復活するのは、院政期に起こった保元の乱まで間が空くのです。
なぜ平安貴族が死刑を嫌っていたかについては諸説ありますが、日本人の国民性だとか、仏教的思想にも由来する穢れや恨みを嫌ったことなどが挙げられます。
ただし、死刑を行わないのは中央の貴族たちだけで、地方で反乱を起こした平将門や藤原純友などは討ち取られさらし首になっています。
第9話の直秀のように、下級官人などが「やりすぎた」ことにより罪人が死んでしまうこともありました。
そんな血を嫌う平安貴族が居並ぶ平安京のど真ん中のど真ん中。
天皇の高御座へ投げ込まれた生首とは、どれほどの恨みのこもった嫌がらせなのでしょうか。
無血のクーデターといえども、誰かもわからぬ血がべっとり高御座にはつけられていたのです。
多くの人の恨みや策略の上で即位したこの幼い一条天皇。
彼が後に「聖主」と呼ばれ、時代が変わった後も偲ばれる天皇になることは、まだ誰も知らないことなのです。
(おまけ)
番外編で紹介させていただきました、京都文化博物館で開催されている「紫式部と『源氏物語』」へ行ってきました!
『源氏物語』が描かれた時代やその周辺に焦点が当てられており、「光る君へ」に登場する人物の名前もたくさん登場していました。
限界平安時代オタクは『権紀』や『小右記』の写本の前でひとしきり静かに興奮しておりました。
会期は間もなく終了ですが、ぜひお立ち寄りください。