星の味 ☆18 “声に呼び覚まされて”|徳井いつこ
人が本と出会う。人が人と出会う。
ふたつは、なんと似ているのだろう。
ある人と親しくなると、よく似た雰囲気のだれかに会うことになる。あるいは、友人を紹介される。本も同じだ。
フェルナンド・ペソアを知ったのは、イタリアの小説家アントニオ・タブッキのせいだった。須賀敦子さんの本を読むようになったのも、タブッキを通してだった。
本と出会う道筋は無限にあるから、もしかしたら矢印が逆向きの人もいるかもしれない。
私が最初に読んだタブッキの小説は『インド夜想曲』(須賀敦子訳)だった。同じ訳者の『逆さまゲーム』『島とクジラと女をめぐる断片』と読みつぎ、『レクイエム』に及んで、さすがにペソアについて知りたくなった。
というのも、タブッキはどの本にもペソアを登場させ、『レクイエム』といえば、まるごと一冊、いわば彼に捧げられた鎮魂歌だったから。
本が人に及ぼす影響、作用はさまざまあって、タブッキはペソアとの出会いによって、人生がすっかり変わってしまった類だった。言い換えれば、ペソアによって小説家になったのだ。
1964年のパリ。留学生としてフランス文学を学んでいたタブッキが、イタリアに帰国する列車に乗るまでの待ち時間、リヨン駅近くの書店で何気なく手にとった一冊。それが、ポルトガル詩人ペソアの〈異名*〉アルヴァロ・デ・カンポス名義の詩集だった。
以来、タブッキはペソアを読むためにポルトガル語を学び、ポルトガル文学の専門家となり、大学で論じ、ペソアの研究書を出版。パリでの出会いから10年後、初めて自身の小説を刊行し、68歳で亡くなるまで、珠玉の作品を世に送りだし続けた。
タブッキの魅力を語る言葉のなかで、須賀敦子さんの一言が忘れがたい。
「“人間であることのなつかしさ”が滲みでていて、それがちろちろと燃える残り火の暖かさをすべてに添えている。」
人間であることのなつかしさ。それは、「サウダージ(サウダーデ)」という言葉を思いださせる。
「サウダージ」はポルトガル語独自の言葉と言われ、「郷愁、ノスタルジー」と訳されるが、一般的な意味でのそれではない。
『逆さまゲーム』の表題作のなかには、こんな文章がある。
「サウダージは、とマリア・ド・カルモは言っていた。言葉じゃないわ。精神の範疇のひとつなのよ。ポルトガル人にしかわからない。」
リスボンに暮らすマリア・ド・カルモは、ペソアの世界をなぞるように街を歩きながら、主人公と語り合う。
「ここはもう、アルヴァロ・デ・カンポスの領分よ、とマリア・ド・カルモは言う。道を何本かよこぎっただけで、わたしたちは、ひとつの異名からもうひとつの異名へと歩いちゃったのね。」
夕闇が迫り、灯りが点りはじめると、マリア・ド・カルモの目に深い憂愁が宿る。
「あなたは若すぎるのかもしれない。わたしもあなたぐらいのときには、わからなかったとおもうわ。人生が、子供のときブエノスアイレスで遊んだゲームとおんなじように、ただのゲームにすぎないなんて。ペソアは、現実も空想も、すべてのものの、裏側がわかっていたから天才だったのよ。あのひとの詩は、juego del reves、逆さまゲーム。」
ふたりはアルファマで食事をとり、サンタ・ルシア展望台でテージョ河を眺める。そして坂を下りはじめたとき、マリア・ド・カルモは主人公の手をとって呟く。
「ねえ、わたしたち、いったいだれなのかしら。どこにいるのかしら。一生をまるで夢のように生きて。」
初めて読んでから数十年が経過しても、たったいま囁かれた声のように感じられるのはどういうわけだろう?
タブッキの小説には、印象深い声、声があふれている。カッコで区切られることなく、地の文章と融解し合うように配された声は、なぜかくっきりした輪郭をともなって立ちあがる。タブッキが「声の作家」と呼ばれ、その作品群が「聴覚的小説」とされる所以だ。
『他人まかせの自伝』のなかで、タブッキは書いている。
「声。人生のなかで愛した人たちの声に呼び覚まされる感情を、言葉に翻訳できたらどんなにいいだろう! だがその声は、自分のなかにのみ仕舞われているものである、心の奥底に。宝石箱の宝物のように、誰にも見せることはなく、自分だけが箱を開く鍵を持っている。」
小説『レクイエム』は、「宝石箱」のなかの声に呼び覚まされて書かれたという。それは、死んだ父親の声だった。
1991年、仕事でパリを訪れたタブッキは、到着した晩、夢を見た。若者の姿で現れた父親は、いきなりポルトガル語で尋ねた。「ラテン語のアルファベットは全部でいくつだ?」。突拍子もない質問のあと、こんなことを言った。「おれは自分がどんな風に人生を終えたのか知りたいんだ」。
タブッキの父は、7年前に喉頭がんを患って亡くなっていた。最後の2年は手術で声帯を失っていたため、息子タブッキとの会話はホワイトボードでの筆談だった。
そもそもイタリア語しか知らなかった父が、夢のなかではポルトガル語を語り、息子もポルトガル語で答えていたのである。そのまま書きつけられたメモを種として生まれてきた『レクイエム』は、ポルトガル語で書かれた最初の小説になった。
タブッキは語る。
「“呼び覚ます”ことにより死者が戻る。霊媒能力によって、不思議なことに死者が生者のもとに戻るのは、“呼び覚ます”だけでなく、“呼び寄せ“てもいるからだ。亡き者の姿は、声のおかげで現れ、形を得る。生きる者の世界へ帰ってくる。隣に亡霊がいるのだ。
詩の声には亡霊との対話を可能にする力がある。」
『レクイエム』のなかで、主人公の「わたし」は、7月の暑いリスボンを汗だくになりながらさまよう。「わたし」の願いに応えるように、ゆかりのある死者や架空の人物が出現する。正午から月が輝く真夜中過ぎまで。出会う人物は、死者である父親、詩人ペソアを含めて23人。読者は、主人公とともに「異界の時間」を旅することになる。
なんと魅力的な声が、ここにも響いていることだろう。
墓地の入口で「ラコステ」のポロシャツを売っていたジプシーのお婆さんは、主人公の左手をつかみ、掌を眺め回して言う。
「いいかい、お若いの、このままじゃいけないよ、現実の側と、夢の側、二つの側で生きることなどできっこない。それだから幻覚なんかにおそわれるんだ。あんたは両手を広げて風景のなかを通りすぎる夢遊病者のようなもんさ。あんたが触れるものはみんな、あんたの夢にまざっちまう、このあたしもふくめてね。」
それじゃ、ぼくはどうすればいいんだろう、教えてください、おばあさん。
「いまのところ手はないね。老婆は答えた。今日という日があんたを待っている。そこから逃れることはできない。自分の運命からは逃れられないんだよ。今日という日は受難の日であるとともに、浄化の日でもある。」
「浄化の日」。その最後にアルカンタラ桟橋で待ち合わせるのは、「詩人」「食事相手」と呼ばれるペソアだ。
真夜中の12時、人気のないレストラン。ふたりはよく冷えた年代物の白ワインで乾杯する。「来るべき新世紀に」とペソアは言う。
「サウダーデ主義、われわれの心にひそむ孤愁の思いにも乾杯したいね、ふたたびグラスを掲げながら、わたしの食事相手は言った。サウダーデ主義がなつかしいよ。」
わたしは言う。
「あなたは魔術師だ。だからこそ、こうしてぼくはここにいる。そして、今日という一日を体験したのです。」
折しも満月の晩。食事を終えたふたりは、桟橋の端まで歩いてゆく。年寄りのアコーディオン弾きに100エスクード札(ペソアの顔が描かれている一枚)を渡し、曲を弾きながら、少し離れてついて来るように頼んで……。
「月を見たまえ、わたしの食事相手は言った。これがポッソ・ド・ビスポを歩きながら恋人といっしょに見上げたあの月だなんて、不思議なものだね。」
月は、あのときも、いまも、現実の夜、異界の夜にも照り輝いているのだった。
「サウダージ」。かつて存在したものだけでなく、ありえたかもしれないものへの郷愁。
それは、タブッキがペソアから受けとった最大の贈りものだったかもしれない。
ペソアに触れて、タブッキは語っている。
「書くことは自分の存在を複数化することですし、多くの生をもつことですが、それは熱狂的に他者性と不断の自己増殖に身を任すことです。あたかも宇宙が書かれたものであるかのように。」
書かれたものであるかのような宇宙を生きているとき、人はサウダージを感じているのではないだろうか?
それこそが、詩や物語の故郷なのだ。
*注)ペソアは、自分とは違う人格、来歴、文体をもつ、自ら〈異名〉と名づけた存在を創りだした。70もの〈異名〉が知られている。
フェルナンド・ペソアについては、第17回「星の味」でとりあげています。よかったら併せてお読みください。