見出し画像

推し、来たる。✿第1回|実咲

大学で日本史を専攻し、日本史に浸りつくした青春を過ごして来たとある日本史オタクです。
日本史と名乗れば、大抵次に聞かれる言葉は「戦国?幕末?」であることが大半です。
しかし私には推し武将も推し維新志士もいません。(あえて言うなら徳川家茂公が好きですが)
なぜなら、私の推しは「平安時代」だからです。
好きな漫画やアニメ、映画などと同じ様に「推しジャンル」として私の中では最長のものになります。
小学校の図書室で出会った本を入口とし、源氏物語を筆頭に古語辞典片手に古典文学を読み漁った中学時代。
そのうち平安時代の仕組みや政治の流れに面白さを感じ、当たり前のように大学は文学部史学科で平安時代を専攻していました。
今では時折本を読んだり、場所におもむいたりする一介のオタクとして生きていますが、これまでの人生で一番大きなウエイトを占めている「推し」であること間違いありません。

そんな学生時代の記憶も遠のいて来た、2022年初夏。
飛び込んできたニュースに私はひっくり返りました。
「大河ドラマ第63作の主人公は紫式部 時代は平安」
元来、大河ドラマという作品の多くはどんなに古くても源平合戦の頃までしか描かない物だと思っていました。
合戦が描けない、セットが準備できない、衣装代が莫大だ、など素人が考えても源平合戦より古い舞台を描くには難しいのだろうと推測できます。
過去に源氏物語を描いた映像作品は数多あるのですが、その大半がオタクからしてみればなんとも言えない物が多いです。
個々の作品への言及は控えますが、「それはないやろ」「んなアホな」とこぼしてしまうこともしきりでした。
そんな過去の経験値から、平安時代の映像化は難しい、無理だ、無茶なのだと思っていたところに飛び込んできたニュース。
正直手放しで喜ぶことも出来ず、「本気なのか、NHK……?」
かたを呑んでそれ以後の発表を見守ることになりました。
ちまたでは「いわゆるスイーツ大河になるのでは」「恋愛要素中心では」などと危惧する世間の声もありました。
よくわからない部分も多い紫式部が主人公となれば、さらにふたを開けるまでどんな作品になるのか誰も見当がつきません。
道長と紫式部との恋愛要素があるとの告知もあり、「まさかラブコメ路線だったらどうしよう……」と私も大変うろたえました。
一生に一回しかない(かもしれない)推し時代大河を、どういった心地で一年間見ることになるのだろうかと不安で夜しか眠れませんでした。
仮に本当にファンタジー恋愛ドラマだった日には、平安時代はそんなエアリーふわふわラブみたいな物じゃない!と血の涙を流しながら床を殴っていたに違いありません。

平安時代の何が好きか、と問われると生活の一部やそのものであった時期が長すぎて回答が難しいのですが、「人間関係や血縁関係がこんがらがっていること」が私の中では答えの一つです。
あの狭い平安京の中で、右を向いても左を向いてもどこかに必ずある血縁関係。
「藤原ってつくやつどころか、みなもとってつくやつも大体親戚」という閉じた世界の中で、男はみんな同じ職場に出勤し膝を突き合わせて気を抜けば追い落とされる政治闘争。
恋愛や結婚だって、打算の上で戦略的。言外の事が多すぎて、失敗すれば一瞬で評価が地の底。
そんな全くキラキラしていない平安時代が好きなのです。だからこそ、平安時代が舞台の大河ドラマは期待と不安が入り混じるものでした。

もしかして、やれるかもしれない。
最初にそう感じたのは、キャスティングが徐々に明らかになって来た頃でした。
そこで見えてきた登場人物の名前は、もし仮に恋愛要素が多い大河ドラマを作るならあり得ないものばかりでした。
男性貴族社会の政治闘争の舞台で謀略を張り巡らせているような名前ばかり。
また、それらを演じる俳優さん達が、これまで平安時代が好きな人達の中で共通であるイメージ像と極めて近い人が多かったのです。
これはもしかして、案外世間様が思っていた方向性ではないかもしれない。
宮中の政治闘争中心の、ドロドロのえげつない平安時代を描くつもりかもしれない。
スイーツ大河との前評判を粉砕していくつもりかもしれない。
そして何より、私の視聴動機になる最大の要素がやってきました。

推しが、出る。

(続く)

書いた人:実咲
某大学文学部史学科で日本史を専攻したアラサー社会人。
平安時代が人生最長の推しジャンル。
推しが千年前に亡くなっており誕生日も不明なため、命日を記念日とするしかないタイプのオタク。