見出し画像

推し、喜びと哀しみ。✿第22回|実咲

放送の最後の最後に、とんでもない爆弾が……!
「光る君へ」第23話の紀行コーナーは、なんとなんと行成ゆきなり回でした!!
思わずテレビの前で声を上げてしまいました。
あまりのことに、私を行成推しと知る友人から連絡があったほどです。
しかも第21回でお話しした石清水八幡宮の話題もありましたが、私は決してネタバレをしていただとか、NHKの関係者ではないことだけはお伝えさせてください!!
とんでもないタイミングでネタかぶりをしただけなのです!!

さて、「光る君へ」では定子さだこが一条天皇の第一子、脩子ながこ内親王を出産します。
苦境に立たされている状況のなか、一筋の光明のようであったことでしょう。
脩子内親王がたどる道筋をお話しするのはまだ時期尚早ですが、彼女は一条天皇の子の中では一番長生きすることになるのです。

出産を控えた清少納言と定子のシーンでは、いつもの色あざやかな画面が白一色に染まり違和感を覚えた方も多いと思います。
じつは平安時代の出産では、身の回りを白い物で統一する習慣がありました。
調度品から本人はもちろん、お仕えする女房の衣装まで、すべてを白い物に取り換えるのです。
「光る君へ」の中でも畳の縁まで白になっていました。
『源氏物語』を縮小サイズで再現している京都市の風俗博物館でも、出産が描かれたシーンの展示が行われていました。こちらも驚くほど、室内が真っ白になっています。

現在でも妊娠五か月のいぬの日に行う着帯ちゃくたいという儀式があります。お産の軽い犬にあやかるおまじないのような風習ですが、これはなんと平安時代にも行われていました。
僧によって加持かじ祈祷きとう(仏様に祈ること)が行われた帯を、妊婦の夫や身内のものなどが占いによって選ばれた縁起のよいとされる方角を向いて結びます。
産み月が近づくとうぶや調度品の支度が行われます。これが、「光る君へ」でも登場した白に染まる様子です。
この出産に関する様子は『御堂みどう関白かんぱく』や『しょうゆう』、『ごん』といった男性貴族の日記だけでなく、『紫式部日記』や『栄花物語』などの文学作品でも描かれています。

無事に子供が産まれると、産養うぶやしないの儀が始まります。
産まれた日(初夜)から、三夜・五夜・七夜・九夜と儀式が行われ、子供の成育を祈ります。
とにかく産まれたばかりの子供が育つのは大変で、誕生したばかりの命は死ともすぐ隣り合わせであったため、儀式には邪気払いや悪霊の退散を意味するものが多かったのです。
産養の儀は九夜まで行われ、8日目になると白装束は終了し元のカラーリングに戻ります。

もちろん現代でもお産は命がけですが、医療技術の発達していない平安時代ではもっと大きな危険をともなっていました。
なんたって、神頼み・仏頼み・陰陽師頼みの世界です。
無事に産み月を迎えられるか、そして無事に産まれ、母子ともに健康か、ひたすら祈るしかないのです。
実際に産褥さんじょくが元で亡くなる女性は大変多く、乳幼児が亡くなることも多かったのです。
道長の妻である倫子ともこや明子のように、5度も6度も出産して乳幼児がみんな健康に成長するといったことは滅多にないことでした。
「光る君へ」の中でも描かれたように、女御にょうご忯子よしこが妊娠中に亡くなったことが、花山天皇の出家のきっかけになっています。

推しの行成も、複数の幼い子に先立たれています。
また、第8回でもお話したように彼は最初の妻をお産の際に亡くしています。
臨月に赤痢せきりかかってしまった行成の妻は、娘を産んだものの子供は2日後に亡くなってしまいます。
そして、妻本人も自分の死期を悟り、自ら願い出家をした後、娘と同じ日に静かに亡くなりました。
14年を連れ添った妻ですが、1日のうちに産まれた子も妻も亡くしてしまった行成は大変嘆き悲しみます。
2人の間にはそれまでに7人の子が産まれていますが、すでに3人が亡くなっていたことを行成本人が『権記』に記しています。
また 、妻が亡くなったことを記した日に、行成は亡き妻と結婚した日付も記載しています。
父をはじめ身内には先立たれてしまうことの多かった行成ですが、自ら築いた家庭には円満で幸せな日々があったことを思いしのんだのではないでしょうか。

平安時代の摂関政治というものは、貴族たちの人生をかけた大博打であったことはこれまでもお伝えしてきました。
しかしそれは、現代よりも厳しい出産を取り巻く環境の上に成り立っていたのです。
藤原道長は、この後倫子との間に産まれた4人の娘たちを天皇に嫁がせ中宮にすることに成功します。
それがどれほどの幸運なことであったかは、現代人の想像を優に超えるものではないでしょうか。

書いた人:実咲
某大学文学部史学科で日本史を専攻したアラサー社会人。
平安時代が人生最長の推しジャンル。
推しが千年前に亡くなっており誕生日も不明なため、命日を記念日とするしかないタイプのオタク。