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推し、立ち働く。✿第20回|実咲

「春はあけぼの」
義務教育で必ず習う、誰しもが知っているこのフレーズ。
「光る君へ」第21話では、最新の学説に基づく『枕草子』誕生秘話が語られていました。

『枕草子』は、中関白家なかのかんぱくけが滅びゆく中で、悲劇のきさきであった定子さだこの哀しみを慰めるものでした。
また同時に、定子の在りし日の姿を「美しくほがらかで学才も豊か、明朗快活で人が集うサロンのあるじ」として現代に伝えるものでもありました。
清少納言は決して、ただ自分の主を自慢したくて『枕草子』を描いたわけではないのだというのが、ここ最近の学説の論調です。
『枕草子』にはこの長徳ちょうとくの変に前後する時期の話についての日記的章段(古典の時間に出てくるフレーズ)もありますが、そこには暗い雰囲気は感じられません。
清少納言はその筆の力で、大切な主定子の名誉を未来永劫守っていたとされることが多くなってきています。
ただ権力を笠に着るわけでなくても、大切なものを守ることができるというのは、『枕草子』に登場する最後の公達きんだちである行成ゆきなりも、少し先の未来でなし得ることでもあるのです。

さて、この長徳の変と前後した頃、行成はどうしていたのでしょうか。
大河ドラマでは、蔵人頭くろうどのとうとして制服を着た姿が画面によく映るようになりました。
前回権左中弁ごんのさちゅうべんになったことをお話いたしましたが、伊周これちかたちが配流された直後の長徳2年5月17日、行成は初めて結政かたなしに参加しました。
結政。これは、「一括する」や「まとめる」という意味である「結ね成す (かたねなす)」から来る言葉です。

ドラマの中でも描かれるように、朝廷には様々な上申書がやってきます。
今年は米があまり取れないから税金を免除してほしいだとか、疫病が流行りだして来たから対策をしてほしいだとか。
それらの上申書をまずさばく業務にあたるのが弁官で、この業務のことを「結政」と呼びました。
現代でも、似たようなお仕事をする人はいるでしょう。

また、弁官はとにかく仕事が多いのです。
あれこれ湧き上がる庶事の受け付けや、朝廷内の問題を処理したり、行政の仕事が遅れていないかチェックしたり、書類を作成したり。
行成も新人として結政が行われる結政所にやって来たわけですが、いきなりフルパワーで働かされることになります。
ここからついに、本格的に書類作成業務に追われる日々がやって来たようです。

長徳2年6月には、「光る君へ」でも描かれたように、定子の居所である二条宮が火事によって消失します。
ごん』の逸文いつぶん(他の書物などへの引用で断片的に伝えられている部分)には、絹・銭・米などを定子に献上したことが記されています。
実際の業務にあたったのは、弁官の下にあたる部署の者ですが、弁官である行成も携わっていたことが推測されます。

この頃には、権左中弁だった行成が左中弁になります。
「権」というのは「仮」という意味なので、権左中弁より左中弁の方が位が上になります。
元々左中弁は、道長の妻倫子ともこの縁故がある源相方すけかただったのですが、一条天皇の命で行成と役職を入れ替えることになりました。
弁官としても蔵人頭としても、任じられて日が浅い行成ではありますが、すでに強い信任を得ていたのかもしれません。

行成は、この後も頭弁としてバリバリ働き、いや働きすぎるほど働く日々をおくることになります。
とにかく休む間もなく、寝る間もなく働くブラック労働 、宮畜っぷりを『権記』の中で見せているのです。
それによって、道長や一条天皇の信頼を得るのですが、行成の負担としてそれは果たしてよかったのか……。

働きまくる行成は、この後朝廷の動きに大きく水面下で関わることになります。
それは、「光る君へ」の物語の中でも大変重要なカギになってくることは間違いありません。
その過程で苦悩する賢帝一条天皇の姿を伝えているのは、この行成が書く『権記』なのです。
果たして行成の動きは、「光る君へ」では今後どこまで描かれてゆくのでしょうか。

書いた人:実咲
某大学文学部史学科で日本史を専攻したアラサー社会人。
平安時代が人生最長の推しジャンル。
推しが千年前に亡くなっており誕生日も不明なため、命日を記念日とするしかないタイプのオタク。