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新型コロナウイルスはどこにいるのか?~新型肺炎患者収容病院調査結果から読み解く~

汚染病棟のウイルス汚染状況調査結果が速報

Emerging Infectious Diseases(EID Journal)という感染症に特化した科学雑誌が,CDCより毎月刊行されています。EID Journalに掲載される記事は,専門家によって審査(査読)され,掲載可否を判断された信頼性の高いものです。また,web上で公開(オープンアクセス)され誰でも見ることができ,世界中で起きている新興および再興感染症についての有益な情報源となっています。

EID Journal 2020年7月号に掲載予定の記事(Aerosol and Surface Distribution of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Hospital Wards, Wuhan, China, 2020;2020年,中国武漢の病棟内における重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2のエアロゾルおよび表面分布)がEarly Releaseとして4月10日に公開されました。

武漢の病棟とは,新型肺炎患者の専門病院としてわずか10日間で建設された火神山医院(Huoshenshan Hospital)のことです。感染拡大の防止および医療従事者の感染対策といった安全対策の改善のために,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が病棟内にどのように分布しているのかを調査したとのこと。果たして汚染状況の実態はどうなっていたのでしょうか。

実態調査の概要

調査のためのサンプリングは2月19日から3月2日にかけて行われました。調査対象は,重症患者15名が収容されたICUのある隔離病棟と軽症患者24名が収容された一般病棟です。調査対象物の表面を綿棒でふき取り,検体とします。空気中の場合はエアサンプラーという装置を用いて対象空間の空気を採取,空間浮遊物(エアロゾル)を膜に収集したものを検体とします。検体からコロナウイルスのゲノム(遺伝情報)であるRNAを抽出し,定量的逆転写PCR(RT-qPCR,いわゆるPCR法です)によって検体中(綿棒あたりあるいは空気1Lあたり)のウイルス遺伝子数(ウイルス数とほぼ同義)を定量します。このPCRでは2つのコロナウイルス遺伝子を検出対象としており,2つの遺伝子が検出された場合を陽性,片方の遺伝子が検出された場合を弱陽性としています。結果を抜粋して表にまとめました。

一般病棟のウイルス汚染状況

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一般病棟ではドアノブや手すりなどの接触面で数千(10^3)個が検出されました。病室の床では1,000個以下でしたが,廊下の床では検出されませんでした。いずれも陽性率は低いことから(表中に示していないデータも含めた平均陽性率は7.9%),病棟内全てが汚染されている状況ではないことがわかります。
病室内の空気中で16,000(10^4)個が検出されています。立方メートル(㎥)に換算すると1,600万(10^7)個となりますのでかなりの量が浮遊していたことになります。ただし,陽性率は15.4%と低いため,偶発的に患者の咳などによる飛沫を採取した可能性があり,室内空気全体がこの濃度であったとは考えられません。しかしながら,飛沫等にこれだけのウイルスが存在しているとも読み取れますので,咳エチケットや換気の重要性が理解いただけるかと思います。なお,廊下の空気中では検出されていません。

医療スタッフの個人用防護具においては,いずれも検出されていません。

一般病棟の病室内では,接触面を中心にウイルス汚染はされていますが,軽症患者の病室ということもありウイルス量は少ないようです。

隔離病棟のウイルス汚染状況

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一方,隔離病棟では陽性率の高さが際立つとともに,検出されたウイルス数は一般病棟と比べ10~100倍多いことが示されています。ドアノブや手すりなどの接触面や床面で数万(10^4)個,医療スタッフの個人用防護具ではフェイスシールドを除くすべてで数千(10^3)~数万(10^4)個が検出されています。平均陽性率は43.5%であり,どこかを2ヶ所触ればウイルスに接触してしまうという状況です。重症患者の体内で爆発的に増殖したウイルスによって病室内の大部分が汚染された状況であることがわかります。

ここで気になるポイントが3つあります。

1.ウイルスは床面に落ちている
隔離病棟では床面で検体あたり60,000(6×10^4)個以上が検出されています。しかも,陽性率は病室で70%および薬局室で100%と非常に高く,まんべんなく床がウイルスで汚染されています。綿棒でふき取った床面の面積は不明ですが,仮に10㎝四方で100㎠であったとしたら平方メートル(㎡)あたりでは600万(6×10^6)個以上と推算されます。一方で,空気1Lあたり1.4個が検出されており,㎥あたりでは1,000(10^3)個以上と推算されます。床面とその直上1m高の空間では,圧倒的に床面にウイルスが存在することがわかります。人の動きなどによって床面上のウイルスが飛散していると考えられます。結果的に,床面が浮遊ウイルス源となっている可能性があります。

2.ウイルスは排気口フィルターに集積している
排気口のフィルターでは10万(1×10^5)個以上が検出されています。記事には明記されていませんが,このフィルターは換気のためのHEPAフィルターであると思われます。これも綿棒でふき取った面積が不明ですが,フィルターの有効面積は100~1,000倍の大きさになると考えられ,フィルター全体では1,000万~1億(1×10^7~8)個以上のウイルスを捕捉している可能性があります。JIS規格ではHEPAフィルターは「粒径が0.3 µmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率」の機能を持つものと規定されています。コロナウイルスの大きさは0.1µm(100nm)といわれていますが, HEPAフィルターで十分にウイルスの捕集が可能であり,適切な換気により空気中のウイルスを少なくすることができる,とこの結果から読み取ることができます。

3.医療スタッフはウイルスの運び屋?
医療スタッフの靴底で30,000(3×10^4)個以上が検出されています。直接接触する可能性が高いと思われるグローブよりも10倍以上になり,床面とほぼ同じ量が付着していることになります。その靴で行き来することで,空気中では検出されていない患者のいない薬局室の床にウイルスを運んでいるものと考えられます。記事の中でも,医療スタッフの靴底がウイルスの運び屋として機能している可能性を指摘しています。

ウイルスは「隠れダスト」の主要メンバー?

汚染病棟のウイルス汚染状況調査により,以下のことが示されました。

・床面に多くのウイルスが存在し,空気中の浮遊ウイルス源となっている可能性がある。
・ウイルスは靴底に付着し,行き来する床面に汚染を拡大させている可能性がある。
・換気HEPAフィルターには高いウイルス捕集機能をもつ可能性がある。

一般的な室内環境とは汚染状況は全く異なりますし,PCR法では不活化したウイルスを検出している可能性がありますので,示されたデータや結果を一般環境にそのまま当てはめることはできません。しかし,思いのほかウイルスは床に降り積もっていることがわかりました。一般的な床面においてもごくわずかながらウイルスは存在していると考えられます。実は,ウイルスは「隠れダスト」の主要メンバーなのかもしれません。いずれにしても,床面を清潔にすることは,感染予防に繋がるといえるのではないでしょうか。

我々は,ダスト自体の量およびカビや細菌の量を測定することで,Whizの「隠れダスト」除去能力を評価しました。

残念ながら,迅速かつ簡易にウイルスを測定する方法がないのでウイルス量の測定は行っておらず,Whizのウイルス捕集能力については評価していません。したがって,確実なウイルス捕集能力を保証することはできませんが,粉塵を舞い上げることなく「隠れダスト」をムラなく除去することができ,HEPAフィルターによって排気管理されているWhizには,ウイルス捕集効果が期待できるのではないでしょうか。

著者プロフィール

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中村 孝道 博士(農学)
株式会社熊谷組 技術本部 技術研究所 循環工学研究室 主任研究員
株式会社熊谷組Webサイト:https://www.kumagaigumi.co.jp/

東京農工大学大学院連合農学研究科にて学位取得(2005.3)後,2005.4~産業技術総合研究所(AIST)および2007.4~電力中央研究所(CRIEPI)にて博士研究員(Postdoctoral Researcher),2010.4~中外テクノス株式会社にて地中バイオエネルギープロジェクトリーダー,2014.4~地球環境産業技術研究機構(RITE)にて研究員を経て,2017.8~現職。主に微生物工学を適用した地下資源(石油/天然ガス)開発に関する研究に携わってきた。現在のメイン研究テーマは,バイオプロセスによるCO2有効利用(CCU)技術の開発。微生物機能によってCO2を原料にエチレンを生産する技術を開発し,2019.12にプレス発表を行った。他に,室内浮遊菌評価手法に関する研究開発に取組んでおり,その一環としてWhizの清掃機能に関する評価について,技術的・学術的に協力している。

ソフトバンクロボティクスについて

「ソフトバンクロボティクス」は、2014年に設立され、世界初となる感情認識機能の備わったロボット「Pepper(ペッパー)」を世に送り出すというこれまでにない全く新しいビジネスをスタートしました。

法人向けPepperについては利用企業が2,500社を突破するなど、多くの方面でご利用いただいています。

現在では、「Pepper」のみならず、除菌清掃ロボット「Whiz」や「Whiz i 」、配膳・運搬ロボット「Servi」といった様々な最先端技術を生かした数多くの新プロジェクトで、世界の圧倒的No.1を目指し、ロボットと共存する世界の実現のため、日々邁進中です。