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リゾートバイトトマム編 第一話『ようこそ地獄へ』

思ってる以上にフリーターという人生は充実しているかもしれない。二ヶ月弱のリゾートバイトから帰ってきた頃、私の剥がしきれないシールのように固かった価値観はすっかり柔軟になっていた。つまり、人生観が変わったといっても言い過ぎではない。
大学中退者として月並みな行為であるオーストラリアワーホリビザのための資金源を稼ぐため、北海道トマムへの住み込みバイトを決意したのは一月も終わる頃だった。私は同じくプータロー街道を突き進んでいた小学校の同窓生Nを道連れにリゾバの求人サイトを目をラーメン二郎の丼ぶりくらいの大きさにして探していた。そうして、胃もたれしながら見つけた案件は時給1250円のスキー場ホテルの皿洗いという仕事だった。電話面接だけで思っていた以上に事がスムーズに進むものだと感心していた矢先、業務開始二日前に派遣会社から一報あり、電話相手は『どちらか一人は人手不足の調理補助にまわって欲しい。』という旨を胃に穴が空いていそうな声で私に伝えた。皿洗いとは異なり調理補助は英語力を要するという事だったので、英語を習得する意欲のあった私が調理補助になることを希望し、Nは皿洗いということで最終決定がなされた。今思えばここがターニングポイントだったと言っても過言ではないだろう。結論から言えば皿洗いという職種は職業差別と言えば言い過ぎかもしれないが、それに近いくらい不遇のホテル職種カースト最下位の職種で、Nは二週間も経たないうちに私と共有していた相部屋から逃げるように一人五反田へと帰ったのだった。
関東からの遠路を経て無事ホテルCへと到着した私たちは、ホテルとは別の従業員寮へ案内され、着いたのは「ひまわり荘」という築三十年程度の特筆すべき事のない凡庸建築だった。案内人にまずひまわり荘の住人を紹介された。まずは、中国人のSさんとKさん。二人とも30手前くらいの男性。それぞれバーと荷物手配という職種。ドイツ人女性一人、ドイツとハーフの男女という三人組が紹介された。彼らは全員高校を卒業したばかりの若者で、ドイツ人女子Lはワーホリ、ハーフ女子R、男子Yは移住という体で大学入学前に一年程日本に滞在する予定のようだった(ドイツでは共通テストのようなものを一度受けると、大学に入学するタイミングは何年先でも恣意的に決められるという制度があり大学入学前に一年程度モラトリアムを設けるのは一般的であるらしい)。我々23歳二人とドイツからの異邦人18歳三人ではあったが、若い我々が距離を縮めようと試みるにはあまりに歳の差は少なく、初夜にはアームレスリング大会が開催されていた。子鹿の足のような腕を持つ私は予想通り華奢なLに苦戦の末勝利することができたが、水泳選手だというR(肩幅が異様に広く、バブルファッションを想起させる程であった。)には秒殺されてしまった。RはなんとNやYの男性陣をも蹴散らし、見事アームレスリングトマム2023を制覇してしまった。解散する際、明日が初仕事である我々を激励するR。初めて日本に来たとは思えないほど日本語に堪能なRの口から飛び出た言葉は『地獄へようこそ』という文言だった。
続く



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