ギリシャ危機の本質

「まなぶ」2015年7月号(労働大学出版センター

① 新聞に「ギリシャが危機」とありました。どうしてそんなことになったのですか。
ギリシャの債務危機問題の発端は、2010年5月に政権交代した全ギリシャ社会主義運動の政権が保守新民主主義党の前政権が国家財政について虚偽の発表をしていたことを暴露したことです。財政赤字はこれまで発表された額よりかなり大きいということがわかりました。そのため、国際祭金融市場でギリシャの政府債務の信用が大きく低下したのです。ギリシャは実際にはかなり財政赤字の拡大が起きたのに、保守政権はそれを隠していました。政権交代が起きて、新政権が財政の実態を国民に伝えたのですが、それは同時に国家財政状態の実態に不信感が生まれ、債務の信用を落としたため、国債の発行コスト(支払い金利)が劇的に上昇してしまうことにつながりました。財政赤字が拡大して国債の金利が上がれば、金利がさらに赤字を生む雪だるま状態に陥ります。
こうした財政危機を乗り切るためには外からの金融支援を受けなければなりません。EUやIMFなど金融支援を行うほうは、返済してもらい、また対象国の国債市場を正常化するために財政緊縮を行うことを条件とします。増税や公務員給与や年金のカットなどの財政緊縮策は当然国民の大きな反発を受け、大規模なストライキやデモにつながりました。
実際に多くの財政緊縮政策が行われ、EUやIMFからの金融支援が行われてきましたが、ギリシャ政府債務への信用はなかなか回復せずギリシャ政府向けの金利は高止まりしました。もっともギリシャの債務の多くはしだいにEUの基金などが保有することとなり、民間向けの債務は減ってきました。しかし、高い金利はギリシャ政府に不利に働き続け、政府債務問題は小康状態になったかと思うと再燃するといった繰り返しを5年に渡って続けている状態です。その結果、現時点での政府債務は約40兆円、ギリシャのGDPの2倍の規模に達しています。この裏側で貸し付けた側は高い金利収入を得てきたという事実を忘れてはいけません。
そして、2015年1月25日の総選挙で緊縮政策を否定する左派のSYRIZA政権が誕生しました。ギリシャ国民はこれ以上の緊縮政策の押し付けにNOの意志を示したのです。SYRIZA政権は緊縮政策を迫るEUなどに対してタフな交渉を行ってきましたが、まとまらずEU提案に対する賛否を国民投票にかけることにしました。7月5日、ギリシャ国民投票はEU提案の経済緊縮策に反対の意思を示しました。これを受けてSYRIZA政権はEUなどと再交渉に臨み、一定の緊縮策を受け入れたうえで合意しました。ギリシャに3年間の欧州安定メカニズム(ESM)支援を行うこととなり当面の金融危機は回避されました。

② この影響はギリシャ一国にとどまらないとも。他の国にどんな影響がでてくるのですか。
2010年にギリシャ危機が表面化すると、それに連動したかのように、ポルトガル、アイルランドの財政赤字が市場の危機意識を刺激しました。そして、これらの国の債務の信用度が下がったために、国債金利が跳ね上がることになったのです。特に一時は、アイルランドの金利の上昇が目立ち、財政危機が国際金融市場でクローズアップされるようになりました。
 アイルランドに対しては2010年中に800億ドル程度の金融支援が決定されました。アイルランドは、90年代半ばころから金融の規制緩和を進め、首都ダブリンに金融特区「国際金融サービスセンター」を設けて金融業の誘致を行いました。金融特区に進出した企業には法人税10%、固定資産税(地方税)の10年間の課税免除、利子および配当についての源泉税の非課税、賃貸不動産の損金として計上できる措置という優遇措置が受けられる仕組みとした結果、同センターは、その名のとおり国際金融業務を主軸におき、海外企業の誘致活動を積極的に展開しました。この政策は、いったんはうまくいき、IT産業の立地が活発になり、アイルランド政府の積極的なインフラ整備政策もあって、リーマンショック発生までアイルランド経済は欧州の中でも高い成長を実現していました。
一方で、アイルランドには住宅ブームが起きて住宅価格の大きな上昇が発生しバブル的要素も強まったのです。また金融業重視だったため、2008年のリーマンショックの悪影響を増幅するものになりました。アイルランド経済はリーマンショック以降、バブル崩壊局面となり、財政赤字の急拡大が起き、さらにこの財政赤字が国家信用の低下にまで結びつき、国債金利の上昇につながっていったのです。いったんはかなりの荒療治による財政緊縮あるいは外からの金融支援や救済策が必要になりましたが、現在は立ち直っています。ポルトガルやスペインも同様に財政赤字は改善し、ギリシャ問題からの連鎖は起きにくくなっています。
 しかし、ギリシャの財政赤字問題が国際的に大きな問題であるのは、ユーロという通貨の存立条件に関わっているからです。ギリシャ問題は通貨と金融政策は統合できても国家財政は統合できていないという問題を浮き彫りにしました。仮にギリシャが危機を乗り切れず、最終的にユーロ通貨システムから離脱すれば、、ユーロとしての当面の危機は回避できますが、しかし、ユーロ圏から離脱した国があったという実績が残りますし、国家財政が統合ができないということによる制約がらためて問題視されるでしょう。これはユーロという通貨に対する信認の低下につながります。
③ 日本の政府債務の方がもっと酷いという見方もあります。今後、どのようなことが求められてくるのでしょうか
政府債務問題が深刻になるのは利子が利子を生んで債務膨張が止まらなくなる雪だるま状態になった時です。日本はこれまでデフレ的な経済状況もあり金利がずっと低下し続けてきました。そのため、利払いを抑えることができたので、雪だるま状態はかろうじて避けられてきました。それでも不況のたびに財政赤字が拡大し、増税にも拘わらず改善方向への転換は鮮明になっていません。日本の政府債務も総計では1053兆円(2015年3月末)に達しており、GDPの約2倍という規模になっています。まずは利子の支払い以外(基礎収支と呼びます)での収支をバランスさせることが必要です。
現政権はデフレ脱却で2%超のインフレーションを志向していますが、実際にインフレ傾向になった場合、金利が上昇してくると利払いの雪だるまが起こる可能性があり、それを避けるために長期金利を低めに誘導しようとすると、円安がさらに進み、さらにインフレを加速することにつながります。
実質金利をマイナスにする、つまりインフレよりも金利を低くすることはより多くの負担を預貯金や債券などの金融資産を持つ人に求めることになるので、資産に対して累進課税的な効果をある程度もちます。資産家に負担を多く求めるのですから、格差拡大を止める効果は多少あります。しかし、行き過ぎるとインフレ加速が経済全体にマイナスに働いてくる可能性があります。
財政を健全化するためには、税収を増加させたり歳出を減らしたりすることは必要です。しかし、その方法が大問題なのです。資本の側は大衆課税となる消費税の引き上げや公的年金の削減などを求めてくるでしょう。しかも法人減税が国際競争力の維持に必要だと言って企業に減税までしています。それに対して所得税の累進強化、相続税の強化や大企業への減税や補助金の撤廃を対置していくべきです。


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