転換するか世界経済の基調(2009年7月)

「社会主義」2009年7月号(社会主義協会

                               北村巌

いったん収束した欧米金融パニック
 米国金融機関への不信感は、米国連邦準備制度が主要金融機関のストレステストの結果を発表したことによって、かなりの程度沈静化してきた。銀行間預金金利をみると、昨年10月以降の大幅な高騰後のやや安定しかし高水準であったところから更なる大きな低下がみられ、短期政府証券(TB)との金利差は今回のサブプライム問題顕在化以前の水準になってきた。リーマンブラザーズの破綻によって引き起こされた金融パニック状態は終わったと考えてよいだろう。
 5月7日、日本の連休明けにあわせたかのように、米国の大手金融機関に対するストレステストの結果が発表された。対象は総資産が1000億ドルを超える19の銀行持株会社である。
金融機関へのストレステストは、2月27日に発表された財務省の金融規制改革大綱の中でも位置づけられており、これまでの自己資本比率規制とあわせて金融機関の財務の健全性の評価の方法として、今後も継続的に行われていくこととなる。しかし、今回は金融危機の最中での実施であり、特別な意味を持っているといえるだろう。すなわち、相当経済環境が悪化しても十分な資本を金融機関に求めることで、金融システムへの不安感を取り除くという目的がある。
今回のストレステストでは今後2年間の想定損失額を2つのシナリオの下に推計した。標準シナリオの下では対象19機関はすべて自己資本不足に陥ることなく財務の健全性を維持できる。一方、より悪化したシナリオの下では10機関が資本不足となることがわかった。具体的には資産の種別に損失発生率を仮定した推計が行なわれた。例えば、サブプライムローンに関しては21-28%の損失発生を見込み、標準シナリオが15-20%であるのに対し6-8%損失率を上げている。通常の商業、産業ローンについてみると、標準シナリオの下では損失率が3-4%であるのに対し、より悪化したシナリオでは5-8%となるので2-4%の上昇をみていることになる。種別にはより住宅、非住宅を問わず不動産関係のローンを厳しくみているようだ。
このより悪化したシナリオというのは大恐慌並に損失率が高まるケースでありそうした場合でも金融機関の破綻の可能性が無くなるのであれば、金融不安を鎮静化できる。つまり、今回必要とされた増資が行なわれれば米国の大手金融機関の破綻の可能性が無くなるわけだ。5月中旬には資本不足とされたすべての金融機関の増資計画が出され、金融機関の財務に対する懸念は相当に薄らいだ。さらに6月に入って昨年以降に公的資本支援を受けた多くの金融機関が一斉に資金返済を申し出ており、これも金融機関の財務状態への不安を和らげた。
  一方、4月2日に開かれたG20サミットにおいて、これまでの各国の金融当局の連絡機関的な存在だった「金融安定化フォーラム」(FSF)を「金融安定化ボード」(FSB)に改組し、世界の金融市場のシステミック・リスクを監視する体制を構築していく方針が決定された。
「金融安定化フォーラム」は同日付で報告書のアップデートやその他複数の関係する報告書を発表している。またこれに先立って米国財務省、英国FSAからも同様の趣旨の改革案、レポートが発表されている。金融市場におけるシステミック・リスクの発現を防ぐ、あるいは予知しうる国際的な金融規制の体制はどのように改革すべきかという方向はしだいに確定されてきている。
 金融安定化フォーラムの報告書の中で注目されるのは現在の規制制度が親循環的な制度になっているとして、これに対する対策を提示している部分である。金融安定化フォーラムとバーゼル銀行監督委員会との共同作業グループによる「銀行資本の枠組みに由来する親循環的な要素を低減する」という報告書では、銀行資本の枠組みに由来する親循環的要素、すなわち金融拡張が更に金融拡張をもたらすという要素を緩和するための7つの勧告が行われている。以下の概要をみてみよう。
1. 経済条件が強い時期に銀行システムの資本の質と水準が増加し、経済や金融の悪い時期にそれを利用できるように、バーゼル委員会は資本規制の枠組みを強化すべきである。
2. バーゼルIIの市場リスクの枠組みにおいては、循環的なVAR(ヴァリュー・アット・リスク)による資本評価への依存を減らすよう修正すべきである。
3. 銀行システムにおけるレバレッジ形成について、リスクに基礎をおく資本要件を、単純なリスクに基礎をおかない尺度で補うべきである。
4. 急速な信用拡張期に監督当局はより高い基準を求めるようにし、この目的のために規制上の資本枠組みのインセンティブを見直すべきである。この作業は会計基準の作成者と共同で行うべきである。
5. 最小資本要件の規制を上回る銀行資本のバッファーの的確性を評価するPillar 2監督の過程において、バーゼル委員会の拡張されたストレス・テストの実践が、重要な部分となるべきである。
6. バーゼル委員会はバーゼルIIの影響を監視し、最小資本要件の過剰な親循環性を落とす適切な調整を行うべきである。
7. バーゼル委員会は金融の発展と銀行のリスクプロファイルの進化にあわせて資本枠組みのリスクカバレッジについて定期的な評価を実施し、機動的な拡張を行うべきである。

このように、今回の報告書はきわめて抽象的ながら、今回の危機の原因を踏まえて、同様なシステミック・リスク発現を抑えるための金融規制改革の方向性を明確に示していると考えられる。
特に強調されているのはバーゼルIIも含め既存の銀行資本要件規制がかえって金融拡張を増幅させてしまう親循環的なものであったとの認識に立って、その性格を中立化しようという方向性が示されていることである。
 しかしながら、具体的に親循環的な要素をなくす仕組みはどのようなものが適切なのかという点は議論が始まったばかりである。
 金融安定化フォーラムは4月2日付で「Addressing Procyclicality in the Financial System」という報告書も出している。この報告書では、銀行資本の部分については、上記のバーゼル委員会との共同レポートのリコメンデーションが繰り返されている。次に「2.備え」として不良債権の早期認識を行うことが、重要であるとして以下の4点のリコメンデーションが示された。
1. FASBとIASBは、現存の標準が、ローン損失を損失計上することを決める判断の有用性について再度声明を行うべきである。
2. FASBとIASBは、損失計上額のモデルを、広い範囲の信用情報を利用した代替的な分析によって再考すべきである。FASBとIASBが技術的な事柄についてのリソースグループを設立し、優先的にこのプロジェクトを完成させることを勧める。
3. バーゼル銀行監督委員会は、ローン損失の適切な見積もりを妨げる要素を減じまた排除するようにバーゼルIIの見直しを行うべきである。
4. バーゼル銀行監督委員会は、Pillar 3開示において、ローン損失の開示の妥当性を評価できるようにバーゼルIIを見直すべきである。
次に、「3.バリュエーションとレバレッジ」として、以下の5点があげられている。
1. 当局は監督の目的のため、マクロ的考慮手段として、レバレッジおよびマージンに関する量的な指標もしくは制約を用いるべきである。
2. バーゼル銀行監督委員会とBISグローバル金融システム委員会は、期間の転換にともなう資金および流動性リスクを計測するための共同調査プログラムを開始すべきである。そのことによって金融システムにおける流動性リスクの価格付けが可能となる。
3. 上記の調査プログラムの結論にもとづいて、レバレッジと金融市場全体の期間のミスマッチについての情報がBISおよびIMFによって当局者に提供されることができよう。
4. 会計基準設定者や監督当局は、公正価値評価された金融商品について、その評価方法をささえるデータやモデルが薄弱な場合、バリュエーションの留保や調整の利用を、考査すべきである。
5. 会計基準設定者や監督当局は、公正価値会計に潜在的にともなう不利な動学をなくすために関連する標準を修正する可能性について検討すべきである。可能な方法は次のとおり。
(ア) 会計モデルを拡張することにより、金融仲介機関の金融商品について公正価値モデルを利用することを注意深く検討できる。
(イ) 金融商品の区分の変更。
(ウ) ヘッジ会計の簡素化。
 これらの方法が、親循環的な現状への対策として打ち出されている。興味深いのは、この報告書で親循環性を、金融部門と実物経済部門の間の動学的相互作用(正のフィードバックメカニズム)として定義していることである。それが、循環を増幅し、不安定性を拡大する要因としている。そうしたメカニズムがカオス的な状況やカタストロフィーにつながる、という考え方が背景にでてきているようだ。そのために負のフィードバック効果をもつ仕組みを銀行資本の制度に組み入れるべきだと考えられている。
 今後、金融規制改革が反循環的な要素、つまり負のフィードバックメカニズムを金融市場に取り入れようとするのだとすると、金融を担う主体について加速的に巨大化することに対して抑制的な規制がかけられていくことになる。とりわけリスクテークを必要とする分野においては、そうした規制は強化される方向性にあるだろう。
 巨大総合金融機関にたいして、規制当局は、寡占化に対して「独占禁止=競争政策」の観点からの規制を取り入れるかもしれない。巨大化によって一時的には寡占による超過利潤が得られる可能性はあるが、結局、巨大金融機関は比較的高いリスクテークを必要とするビジネスやコアのビジネスとの関係で利益相反が起こりやすいビジネスは切り離していくことが得策ということに誘導されていくのではないだろうか。巨大総合金融機関に切り離されたリスクの高いビジネスは、それを取り扱える小回りの利く専門金融機関にゆだねられていく姿になることが予想される。


最悪期を通過する米国経済
 米国の住宅価格はこの2年間急速な低下を示してきた。米国の金融不安が完全に払拭されるためには住宅価格が安定化する必要がある。そうならないと、金融機関の不良債権の増加はとまらないであろう。
 米国住宅価格は、97年から06年にかけて住宅賃貸料の上昇と比べはるかに大きな上昇を起こした。しかし、今回の下落の結果、長期的に見て住宅価格の水準は賃貸料との比較においては割高とはいえないものに近づきつつある。これをもって住宅価格の下落が止まるとまではいえないが、いわゆるバブル的な高値が崩壊し、価格が長期的な採算水準に戻っているため、徐々に購入需要が回復する一条件が整ったということになる。
 しかしながら、売れ残りや中古の住宅在庫は高水準で、数量的な需給関係が直ちにタイトとなる可能性は少ないため、価格の低迷がしばらく続くことは確実であろう。
  米国の雇用情勢は最悪の状態にある。ゼネラルモーターズ、クライスラーという大手自動車メーカーがついに破産更生申請し、実質一時国有化されることとなった。自動車の売れ行き不振はガソリン価格の上昇をきっかけにしていたが、
 まず、今回の不況の震源地である米国の実物景気をみていこう。米国では、製造業が大きな生産削減局面にあり、鉱工業生産指数は97.1(09年4月)まで低下し、ピーク112.6(08年1月)から1年3ヶ月で13.6%の減少となった。特に自動車の生産が急減少しており、同期間の自動車・同部品の生産指数は39.8%もの減少となっている。
  ところが、在庫増が一時的にバッファーとなる形で生産調整が継続するという姿にはなっていない。自動車・同部品の生産者在庫(季節調整値)に至っては、07年2月をピークにずっと減少傾向が続いており、むしろ1月の数値はピークから19.1%減少している。
  最終需要の減少が、在庫をバッファーにせず、生産を直撃した。最終需要減少の震源地は米国の家計である。米国の個人消費の急激な落ち込みは、住宅価格の下落による逆資産効果に追い討ちをおけるように、オートローンが借りられなくて乗用車が買えない、クレディット・カードの借入上限の削減で消費を減らすなど、金融機関の危機が家計に波及してしまった結果である。1月以降、乗用車販売は年率で1000万台を割りこみ続けている。90年代からの平均1540万台と比較すれば、如何に異常な需要の落ち込みが起きているかわかる。
 逆資産効果を引き起こしている住宅価格の動向はまだ底がみえてきていない。ただし、前述したように価格が下がったことで、住宅アフォーダビリティ指数(住宅の買いやすさの指数、不動産協会発表)が史上最高に上昇している。価格下落とモーゲージ金利の低下で、所得面は悪化しているにもかかわらず、アフォーダビリティ指数は1月以降史上最高水準にに急上昇(4月174.8)している。客観的にみれば平均的所得階層にとって、住宅価格は割安となってきており、買い時であることを示している。しかし実際の販売はいまひとつ盛り上がらない。これは雇用不安が大きく、所得環境が整わないためである。

画像1


 また、家計の消費、住宅投資の落ち込みを脱するには、金融機関の消費者への与信態度が危機的な状態を脱することが急務であり、米連銀の「信用緩和」政策の進展に期待せざるをえない。金融安定化策がうまくいかなければ、財政による景気刺激策の乗数効果が出てこないので、米国経済にとって金融の正常化は不可欠の条件であろう。
 米国の金融市場ではようやく銀行間市場が正常化した。しかしながら、莫大な不良資産の処理がどのように行われていくのか見通しは悪く、金融機関の与信態度は消極的なままである。
 こうした厳しい景気認識を受けて、FRBがさらに積極的な緩和政策をとれるのか、注目だ。昨年9月以降の危機への対応のための新規流動性対策の導入によりFRB傘下連銀のバランスシートは一時急速に大きく拡大した。しかし、FRBのバランスシート規模は2.23兆ドル(12月10日までの週)をピークにやや縮小してしまっていた。1月から始められたMBSの買取が3月18日までの週でようやく2264億ドルに達し、バランスシート規模は3月半ばになって再び拡大に向っている。消費者向けのローンを担保にしたABSの買取(TALF)は、ようやく3月25日から実行されることが発表された。これもバランスシート拡大につながろう。また3月18日の公開市場委員会では長期国債の買い入れが決定され、市場への通貨供給を一段と拡大する量的緩和策にも踏み込んだ。流動性供給対策によりFRBのバランスシートが3兆ドルを目指して拡大していくような動きになることが期待される。当面、FRBのバランスシート動向が米国景気の今後を占ううえで最重要ポイントになるだろう。
  一方、消費者心理は最悪期を過ぎ、将来への視線が明るくなってきている。コンフェランス・ボードの5月の消費者信頼感指数は54.9と前月から14.1ポイントも上昇した。4月の13.9ポイント上昇に続く大幅上昇であり、イラク戦争(バグダッド陥落)があった2003年4月以来の改善幅になっている。中身をみると、現状指数は2ヶ月連続で改善したものの、年初の水準に近付いただけで、リーマン・ショック直前の水準の半分に過ぎない。従って、現状認識の全体の改善幅に対する寄与度は1割に満たないであり、今回の大幅改善のほとんどは期待感の高まりによるものだ。21.3ポイントもアップした期待感は景気の山だった2007年12月とほぼ同水準。コンフェランス・ボードは「現状は緩やかに改善しており、4-6月期は1-3月期よりもマイナスが小さくなるだろう。先行きについて、消費者は年初の時点と比べると、悲観色は相当薄まっている。マインドは歴史的にみれば弱いままであり、消費者の懸念も残っているが、最悪期は過ぎ去ったようだ」とコメントしている。
 1-3月期の個人消費はプラスに転じたものの、月単位でみると、3月に続いて4月の実質個人消費も前月比マイナスになった。生活必需品までも買い控えた2008年後半の大幅な落ち込みから2009年に入ってからはその反動がみられ多少落ち着き始めたというのが実態である。
 オバマ政権は4月から勤労者世帯向けの所得税減税を開始したが、規模が大きく異なるためにプラスマイナスの効果を相殺できず。昨年の戻し減税が7月上旬まで還元が続いた点を考えると、6月以降も前年比ではその反動減が表れるだろう。ただし、全米チェーンストア協会は「小売セクターの中には景気回復の動きがみられる」「全体では軟調だが、いくつかの個別企業は著しい改善が始まったようだ」と指摘している。
 一方、雇用情勢は厳しさを増している。非農業雇用者数の減少幅はやや収まったが、5月の失業率は9.4%と前月から0.5%ポイント上昇し、83年8月以来の高さとなった。失業率の変化に影響を及ぼす労働参加率は2ヶ月連続で上昇したり、労働市場への再流入や新規流入を理由とした失業者が着実に増加したりと、雇用環境改善の期待から労働市場に流入していることも失業率上昇につながっている。雇用情勢の改善の兆しを感じると、就職をあきらめていた人々が労働市場に職を求めて流入し始めるが、必ずしも希望した仕事に直ぐに就けるわけではなく、一定期間は失業者として滞留する可能性が高い。従って、失業者が増える(失業率が高まる)現象と雇用者の増加(今回の場合は減少幅の縮小に過ぎないが)は同時に生じることは珍しくないのである。特に、米国のような比較的柔軟な雇用構造を持つこと(つまり流動性が高い)、そして人口自体が増えていることもその一因になろう。しかし、現時点では解雇などの失職が失業者増加の主たる理由であり、失業率の上昇は当面続くとみられる。

新興国経済
 欧米先進国の不況継続の中で、世界経済の次の牽引役と期待されているのは新興国の内需拡大への動きである。
 もっとも期待が高いのは早々と大規模な公共投資による内需拡大を打ち出した中国である。中国の輸出は4 月に金額ベースで前年同月比22.6%減と、3 月の同17.2%減と比べて減少が加速してしまった。一方、輸入は4 月に同23.0%減と、3 月の同25.2%減と比べ減少が鈍っている。工業生産額(付加価値ベース)の前年同月比伸び率が4 月に同7.3%と、3 月の同8.3%を下回ったのは、製造業が需要不振に悩まされているためと考えられる。重工業からの電力需要が減少したことで、発電量は4 月に同3.6%減少した。外需が落ち込んでいるため、引き続き内需が中国経済を支えている。
 都市部の固定資産投資は1~4 月に前年同期比30.5%増と、1~3 月の同30.3%増を若干上回った。中でも不動産向けは1~4 月に同10.0%増と、1~3 月の同8.0%増、1~2 月の同4.9%増と比べ加速しており、足元で改善の勢いがでてきている可能性がある。不動産開発業者が用地購入を再開していると伝えられており、固定資産投資は復活の動きを示している。景気刺激策を追い風に、小売売上高は4月に前年同月比14.8%増と3 月の同14.7%増を上回った。内需のさらなる刺激を目的に、都市部の家庭と商業車市場を対象とする家電と自動車の買い替え補助金制度が発表された。中国は内需振興を公共投資だけでなく、個人消費の活発化によっても実現しようとする政策を発動している。
 もうひとつの新興国大国であるインドについてみてみよう。2009 年1-3 月期の実質GDP 成長率は前年比5.8%と、前期と同様の伸びを維持し、インド経済が底打ちしたといった報道も見られる。しかし、5.8%は「産業別GDP」の伸び率であり、「需要項目別」GDP の成長率は4.1%と、10-12 月期の4.8%成長から減速している。しかも4.1%の内、2.5%が選挙対策のバラマキと見られる政府消費(伸び率は前年比21.5%)で占められるなど、中身は良くない。
「産業別」の中で注意したいのが、製造業の停滞が続いていることである。製造業の成長率は10-12 月期の+0.9%から▲1.4%と、98 年1-3 月期以来のマイナスに落ち込んだ。インドは分厚いサービス産業の存在によって、経済成長率が上下に大きく振れることを防いでいるが、しかし景気の循環の方向性を決めるのは、製造業の景気動向である。月次の製造業生産指数では、1-3 月期が(GDP 統計同様)前年比▲1.4%であるが、3 月の落ち込みが▲3.3%と最も大きくなっている。
インドの強みは、経済の活動水準の落ち込みが軽微なことである。ブラジルやロシアの生産指数が2005 年~06 年の水準まで後戻りしてしまったのに対し、インドは歴史上のピークからさほど遜色のない生産活動を続けている。設備や労働力などのストック調整の必要性は軽微であり、この点からすれば回復への道筋もより描きやすい。しかし、インド経済は。景気の方向性において、いまだ鮮明な回復には至っていない。

最後に
 世界経済の回復のシナリオは、これまでの米国の過剰消費に依存した成長の枠組みを転換し、新興国による需要面での牽引と米国の経済の健全化が両立することである。循環的な景気回復の芽は一部には生まれているものの、そうしたシナリオでの中長期の経済成長の軌道はまだ見えていない。
 世界経済の基調が変化しつつある情勢の中で、日本の経済政策も転換を模索中である。麻生政権は、小泉改革路線を転換させる動きを示しているが、その長期経済戦略はあいまいなままである。与謝野財務大臣は安心社会実現会議や経済財政諮問会議を活用して、「中福祉・中負担」を唱え、消費税増税の準備を行っているが、中福祉の中身を示し、国民の信頼を得られる恒久的制度創設を先行させない限り、増税への国民の納得が得られるはずはない。中福祉といいながら、消費増税を行って財政再建に回すという発想では、輸出依存による短期的景気循環と慢性的デフレ体質を克服することは不可能である。
 年金、医療、教育、子育て支援で勤労国民に真に安心をもたらす政策を実行することが、資本主義の枠内であっても日本経済が新しい内需型の経済構造に転換し、雇用問題の深刻さも緩和していく道筋になる。しかし、経団連をはじめとする独占資本の利益の擁護者である現政権にはそうした転換を行う能力がない。総選挙で自民・公明連立政権を崩壊させ、社会民主主義的な政策を実行しうる政権を樹立していかなければならない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?