大企業の利益優先の経済政策の転換を

「まなぶ」(労働大学出版センター)2022年11月号所収

① 東芝が株式非公開化に踏み出したという記事を見ました。あるいみ国策(国営)?企業のようだった東芝。切り捨てられ、もはやファンドの食い物になっていくのでしょうか。

東芝は1939年に重電メーカーである芝浦製作所とエレクトロニクスメーカーの東京電気が合併してできた会社です。当時の実質的な軍部支配の体制のもとで、重電とエレクトロニクスの2分野を合わせ、大規模戦争準備を意識した軍需産業育成のための国策による合併であったと言えるでしょう。戦後になっても日本政府の産業政策を担う役割を果たしてきました。原子力発電への取り組みはその典型例だと言えるでしょう。
現在の東芝経営陣の「非公開化も視野に入れた経営再建」という方向性は、株式が公開・上場されて広く多くの株主の利害に晒されている状態から、経営者がやりたいようにやるという体制への移行を示唆しています。いわゆる物言う株主(アクティビスト)と長期保有する投資家の利害が対立し、公開したままでは抜本的な経営再建に取り組めないという事情もあると言われています。
ただし、非公開化のために企業再生ファンドなどを利用するということであれば、これらのファンドに大きな利潤を与えられるような経営をしなければなりません。島田社長はもともと東芝の生え抜きの経営者ではありませんが、「経営再建」を託された人であり、「デジタルや量子の世界で、東芝が新たなプラットフォームを打ち立てる」としています。そうであれば原発への固執などは止めるべきでしょう。ただし、実際に非公開化に踏み切り、プライベートエクイティファンドなどに株主になってもらうとすると、利潤重視のファンドからは大きな合理化策への圧力を受けることになると思われます。
日本には、主に米国系の企業再生ファンドであるリップルウッド、ローンスター、サーベラス、カーライルなどが進出しています。彼らは企業や事業部門買収による大きな収益機会を狙っており、単に買収した企業の株主として圧力をかけるだけでなく、リストラのコンサルタントとして企業の経営に直接、具体的影響を及ぼし「再生」=利潤回復のためのコストカットを強力に行うことが多いのです。これをハンズ・オンと呼んでいますが、当然、労働者の賃金切り下げや人員削減などの合理化が強行されることになります。東芝の労働者もこうしたリスクにさらされることになります。

②ソフトバンクはビジョンファンドの巨額喪失で史上最大の赤字を計上したとも。こうした企業のなにが問題なのでしょうか(働く人にとって、そして日本資本主義にとって)。

ソフトバンクの経営はもともと90年代から積極的な投資信託とも揶揄されていました。資本としての利潤追求のためにさまざまな企業買収や投資を行うことで知られてきた企業です。孫正義氏が学生時代に起業したソフトバンクはソフトウエアの卸売会社として発足し、国境を飛び越えた事業買収を行うことで急成長しました。こうした企業経営のあり方はマイクロソフトをはじめ、アマゾンやグーグルなど米国のハイテク新興大企業のあり方と共通しています。
ソフトバンクは2006年のボーダフォンの買収によって携帯電話事業が中心となったため今では電話会社のイメージが強くなりました。しかし、孫オーナーの資本の論理で利潤率が高く成長性のある企業に投資したり買収したりするスタンスは、変わっていないと思われます。
今回、ソフトバンクグループのビジョンファンドが大きな損失を計上しましたが、2017年の発足時以降の累積黒字がゼロになったという状況であり、経営危機と言うほどではありません。今年に入って世界的にI T関連企業の株価が大きく値下がりしており、その値下がりによる損失を一気に計上しているということだろうと推察されます。ビジョンファンドは人工知能(AI)関連の新興企業に投資することが目的です。しかし、この損失という事情を利用してビジョンファンドとは関係のない事業において人員削減などの合理化を進めようとしており、転んでもタダでは起きない利潤追求の資本家精神が発揮されているわけです。
ビジョンファンドはプライベートエクイティファンドとして経営され、A I関連ベンチャーへの投資をおこなってきた訳ですが、このような新しい技術を開発する起業に投資するベンチャーファンドの活動を活発にしてベンチャーを育てようというのが、岸田政権の政策でもあります。今回のビジョンファンドの損失計上は、そうした手法が簡単にうまくいくものではないことを示したとも言えるでしょう。
一方で、そうした投資資金は、賃上げを渋り、生産性上昇による付加価値の増加を全て資本の利潤としている大企業の金余りが回り回って作られているものです。賃上げに回すべきであるのはもちろん、前向きな設備投資にも使わずに、大企業の金融資産が積み上がり続けています。こうした経済・金融の構造が現在の日本経済の停滞を特徴づけていると言えるでしょう。

③ 岸田政権下で黒田総裁の交替が言われますが、低金利政策はつづくとも。一方で投資教育も盛んで、デジタル化と絡め、既定方針を突き進んでいるようにも。日本資本主義は、いったいどこに向かっているのでしょうか。

現在の日本経済の潜在的な成長性やインフレの度合いから考えて高金利政策が取られることはないし、適切でもないでしょう。しかし、国際的な経済・金融環境を反映した政策のさじ加減は必要であり、ここまでの大きな円安は、日本銀行の金融政策においてそうした適切な調整を怠っているせいだと言えます。日本銀行は長期金利上昇を抑えるために、10年物国債の利回りを0.25%以下にする金利操作をおこなっており、そのために異常な額の国債を購入しています。米国がインフレ抑制のためにドル高を容認しており、輸出系大企業に収益機会を与えるために、米国の政策に追随していると言えるかもしれません。
長期的な観点から金利を低くとどめておく政策には、リスクもあるが一定のリターンが期待できる証券投資など金融投資に貯蓄を誘導するという目的もあります。しかし、日本でいわゆるリスクマネー(リスクテークする貨幣資本)が不足しているのは、本来リスクを負担することのできる大企業や富裕層がリスクの小さい金融資産を中心に保有することしかしないからです。その一方で、一般の労働者や勤労階層にリスクテークさせようと無理を言っている訳です。「投資教育」なるものや「資産所得倍増」などというのも、そうした狙いのものであるといえます。労働者に必要なのは、家計の状況を正確に把握、認識し、投資という名の下に騙されないように金融の仕組みを正しく理解することであり、「貯蓄から投資」というような空文句に惑わされないようにすることです。
日本の金融機関は、企業への設備投資や運転資金の貸し出しが停滞しているために、個人向けの住宅ローンに力を入れてきました。その結果、多額の住宅ローンを負っている勤労家計が増えていて、それだけでも購入した住宅の値下がりなど大きなリスクを負っています。そうした家計にさらに証券投資などのリスクを負わせようというのは無理な相談なのです。
こうした政策は人口減少と超高齢化が続く日本において必要な産業構造の転換に必要なものではなく、製造業やI T関連産業による国際競争力を維持しようとするものです。それは経団連などに代表される大企業の利害に沿った政策でしかありません。教育や保育など子育てをしやすい環境や医療や介護といった高齢者が安心して生活できるためのセクターが充実・整備さなければなりません。岸田政権は、部分的にこうした分野の賃上げ促進といった方針を打ち出しましたが、十分なものとは言えないでしょう。経済政策、産業政策の抜本的な転換が必要です。

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