月刊「まなぶ」連載 経済を知ろう!第2回 おカネの正体(1)
「まなぶ」(労働大学出版センター)2023年2月号所収
北村 巌
硬貨と紙幣
おカネと言った時、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?百円玉でしょうか、一万円札でしょうか、それとも銀行預金でしょうか?どれもおカネにはかわりがありませんね。
かつては銀行という制度が生まれる前は、世界中の貨幣は貴金属を硬貨にしたものが使われていました。世界で最初に鋳造された硬貨は、紀元前7世紀に現在のトルコ西部にあったリディア王国の「エレクトラム硬貨」もしくは同時期の中国の「空首布」とされています。「エレクトラム硬貨」の素材は金と銀の合金で、重さによって違う種類の硬貨が作られていたので、細かい額の受払にも対応できるようになっていました。この方法はギリシア、ローマへと広がっていきました。含有する貴金属の質や量が標準化された鋳貨は物々交換に代わって商業的な取引を活発化させ、経済全体での分業も促進する役割を果たしたと言えます。
日本では平安時代に中国の宋から大量に銅銭が輸入され、長期間に渡ってメインの貨幣として利用されました。その後も戦国時代まで中国から輸入された硬貨が日本で流通していました。豊臣時代に標準的な金貨として大判が発行され、さらに江戸時代に一定の額面を持つ小判が発行されるようになりました。こうした額面を持つ金貨の発行によって、それまでは硬貨それ自体に含まれる貴金属の価値で貨幣の価値が決まっていたのが、貨幣の額面によって貨幣価値が定まるという時代に移行したのです。しかし、硬貨に含まれる貴金属の価値は依然として大事であり、質の悪い硬貨が発行されると、貨幣の価値が下がる=ものの値段が上がるということが起きました。
信用貨幣の発達
貨幣経済が支配的になると金融が発達します。金融の発達と共に銀行が生まれ、銀行は銀行券という紙の貨幣を発行するようになります。銀行は保有する金貨などを担保として銀行券を持ってくればそれらの硬貨と交換するという約束をすることで、市中で流通するようにしたのです。発行する銀行券の全てを裏付ける金貨を保有する必要はなく、銀行が交換を行う保証をするという信用の上で成立し、銀行券が紙幣として普及していきました。
しかし、現代では、ほとんどの国で紙幣の発行は、中央銀行に限られています。これは貨幣経済の規模が大きくなり、それを担う紙幣を、事実上金貨などとは交換できない不換紙幣として発行せざるをえなくなったという事情があり、また金融の根幹部分を国家のコントロール下におくという目的があります。
2022年末現在、日本銀行券(お札)は125兆683億円の発行残高、財務省が発行する貨幣(硬貨)は4兆8545億円の流通高となっています。市中に流通する現金としては信用貨幣である銀行券が圧倒的だということになります。銀行券は中央銀行の負債です。銀行券を所有している人は中央銀行に対して債権を持っているということなのです。銀行券で支払いをするということは、中央銀行に対する債権を他者に譲ることを意味します。
しかし、現代では、決済に使えるおカネは現金だけではありませんね。当座預金と小切手を使って支払いもできるし、普通預金から振り込みで支払いもできます。当座預金や普通預金という要求払い預金も現金とほぼ同じ機能を持っていると言えます。そこで要求払い預金を預金通貨とも言います。預金は預金者の銀行への信用供与であり債権です。
あらかじめチャージできる電子マネーも預金通貨に類するものだと言えるでしょう。電子マネーへのチャージは銀行預金を電子マネー発行者に移すことであり、銀行への債権が電子マネー発行者への債権に変わり、それが支払いによって受け手に移転することになります。
おカネは債権・債務関係の表現
日銀券は、日本銀行の債務であり、それを保有する側には日本銀行への債権ということになります。現代では、実際に金貨などと交換してもらえるわけではなく、帳簿上の債権債務です。しかし、民間人が現金を銀行に預金し、それを銀行が企業に貸し付ければ、債権債務関係が広がり、複雑になっていきます。それぞれ、保有する側は債権(金融資産)を持ち、借りた側は債務を負う事になります。
おカネは何か物理的な量を持つものではなく、人と社会との債権・債務関係を表すものなのです。お金が増えているというのは同時に、反対側で債務も増えているということになります。
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