このままでは日本の金融業界はムダな存在になるかも

「まなぶ」(労働大学出版センター)2022年5月号所収

                               北村巌
金融の経済全体の中での役割は、個人や企業の余剰資金を、資金を必要とする個人や企業に回して経済の均衡をもたらすところにあります。また、貸付けが成長企業の設備投資や運転資金になることで経済成長を促すという効果も考えられます。しかしながら、現在の日本の金融の中心にある国内銀行はこうした役割を果たせていません。これは、民間銀行が資本主義のもとで利益優先であるということもさることながら、銀行がサボっているというよりも経済全体、とくに大企業が金あまり状態になっていることが原因です。そのために、銀行などの金融機関は、ひたすら生き残りのためだけの経営になってしまっていると言っても過言ではないでしょう。

住宅ローンに傾斜した銀行経営

銀行の伝統的な収益を上げる方法は、預金と貸付けの利ざやを稼ぐことです。みずからの信用力と借り手の信用力の差を利用した利益のあげ方とも言えます。しかしこのビジネスモデルは、日本においては企業の金あまりと金融緩和政策によるゼロ金利長期化のもとで行き詰まりつつあります。そこで、銀行は送金や証券の販売による手数料や富裕層へのコンサルティングといった業務に力を入れるようになりました。
1990年代初頭のバブル崩壊で銀行の貸出しは伸び悩み、銀行は不良債権処理に追われました。2000年代に入って不良債権処理がひと段落しても、銀行は増加する預金の向け先として、貸出しの代わりに国債の購入を行ないました。貸出しではなく国債と預金との金利差で利益をあげる経営を行うようになっていったのです。
しかし、アベノミクス、とりわけ大胆な金融緩和をかかげる第2次安倍政権の誕生とその路線に賛同する黒田東彦日本銀行総裁のもとで、日銀の金融政策がより緩和方向にシフトしたため、国債の利回りがさらに下がり、預金との利ざやが小さくなりました。また、将来インフレ傾向が出て金利上昇が起きた場合には国債など債券の価格が下がってしまうリスクがあります。量的金融緩和を進めるために日銀が市場からの国債購入を積極的に行ったので、銀行は日銀に国債を売却して、その代金で日銀への当座預金を増加させるということになりました。バラまいたはずのお金が返ってきたのです。さらに市中銀行が日銀に預けている当座預金に対して、日銀が利子を払うようになったことも、日銀の当座預金増加に拍車をかけました。これは日銀の質的量的緩和政策の反映でしたが、同時に、銀行が増加する預金を貸出しに回しきれない資金需要不足という現実があるのです。


銀行の貸出額全体は、2005年以降、回復傾向にはあるものの、企業向けの設備投資資金や運転資金の貸出しは伸びていません。日本の多くの大企業では、設備投資を抑制しているために資金余剰となり、借入を増やすどころか、むしろ金融資産の保有が増加してきました。中小企業には借入の需要は残っているものの、銀行の収益の柱となる規模ではなくなっています。そのため、銀行の貸出先は個人向けの住宅ローンに大きく傾斜していくようになっていきました。


国内銀行の住宅ローンの残高は、1993年末44・6兆円から21年末136・8兆円に大きく増加しました。この期間の国内銀行の貸出残高全体の増加が74・5兆円に過ぎないので、その額を超える住宅ローンの増加があった、つまり、企業向けなどの貸出しは減少したままなのです。また、住宅ローン残高全体に占める銀行の割合も35・7%ら65・0%へと上昇し、銀行が他の金融業態のシェアを食って住宅ローンビジネスを拡大させてきたことがわかります。とくに公的な住宅ローン機関である住宅支援機構や福祉医療機構(年金融資)は業務を縮小し、ローン残高を大きく減らしました。住宅ローンを民間銀行に譲る形になったと言えるでしょう(表)。
つまり、国内銀行は、企業向けの貸出しがあまり伸びない中で、政府の支援も受けながら預貸業務を企業向けから個人向けの住宅ローンへと大きくシフトさせたのです。そうした民間銀行の住宅ローンの拡大の背景には、公的機関の業務縮小だけでなく政府の住宅ローン減税による持ち家促進政策もあります。公的な住宅整備を行わず、民間活力活用と称して不動産や銀行などの民間企業に収益機会を与えてきたのです。
銀行の貸付けのやり方については、この間も担保主義ではなく事業への目利き力を高めて中小企業への貸付けを増やしていくべきとの議論もなされてきました。しかし、現実は住宅という不動産を担保とした住宅ローンばかりが伸びていたのです。富裕層の節税策としての貸家ローンも一時はブームとなりました。これも不動産担保融資なら行うという銀行の担保主義のあらわれです。

人員削減などの合理化策

銀行は住宅ローン拡充の他に、手数料収入重視という経営に移っています。利ざやから手数料へ収益基盤を変えようということです。その一番の特徴的な経営戦略は、子会社方式による証券業務への参入です。1992年の『銀行法』の改正によって、金融機関が業態別子会社を設立することによって他の業態へ参入することが可能になりました。大手銀行は既存の証券会社を買収したり、新たに証券子会社を設立したりして証券業に参入しました。事業会社や機関投資家を顧客とするホールセール部門では、株式など市場取引の仲介や引き受けでの手数料の獲得、個人を顧客とするリテール部門では、主に投資信託の販売を中心とする業務を拡大しました。銀行本体でも国債や投資信託、外貨建て預金の販売に力を入れ、利ざやビジネスからの脱却を図っていきました。
そうした動きの延長として、一般顧客向け窓口業務の縮小や店舗ATMの縮小という合理化策が実施されていったのです。ATMはコンビニや鉄道駅などへの配置を多くし、金融機関間の相互利用を行うことで支店の店舗ATMを大きく減らしています。また、インターネットを利用したオンライン取引を普及させることで窓口業務の削減(人件費の削減)も図ってきました。対面での顧客サービスはますます富裕層や法人顧客に限るものになっていくでしょう。支店網を張り巡らせるという時代は終わりました。
こうした人員削減の動きの中、みずほフィナンシャルグループは、社員に対して週休3~4日制を導入しました。休日数に応じて賃金が削減される制度です。建前としては、新たに増えた休日を活かし、育児や介護に時間を充てたり、スキルアップなどの自己研さんに取り組んだりすることを想定し、2019年に解禁した「副業」の時間に充てて収入を確保することも可能だ、としていますが、要は労働者の絶対数を減らすのではなく、総人件費を削減するために総労働時間を減らすという対応なのです。しかし、一方でみずほフィナンシャルグループは約1万9千人のリストラを発表しており、それでも人件費削減が足りないとして行われている「合理化」策でした。
地方銀行の場合には、地方の経済の停滞という負の要因がさらに経営困難に拍車をかけています。地方銀行は生き残りのために統合を進めてきましたが、統合は経営規模の縮小(リストラ)をソフトランディングさせるための手段であるといえそうです。
中小・零細企業の金融を担う信用金庫や信用組合といった協同組織金融機関も苦境にあります。1998年3月に401あった信用金庫は254(21年3月)に減少し、従業員数も14・9万人から10・3万人に減少しました。信用組合も03年3月191から145(21年3月)に減少しています。
銀行と同じように信用金庫も信用組合も貸し出し難にあえいでいます。信用金庫は全体で預金160兆2516円(21年11月)に対して貸出は78兆3303億円(同)であり、預貸率(預金に対する貸出の割合)は50%に満たない状況です。信用組合は全体で預金積金22兆4048億円(21年3月)に対して貸出しは12兆6298億円(同)であり、近年、預貸率は若干回復しているが十分とは言えません。貸出しが伸びている分野はさきほども見てきた不動産業や住宅ローンであり、中小零細の製造業やサービス業向けは伸びているとは言えません。ここでも不動産担保の融資の増加であり、金融機関としての目利き力による事業への貸出しは掛け声倒れになっているのが現実です。

金融サービス業の将来

従来の伝統的な金融機関に加えて、小売業などからの金融への参入が活発化しています。これは従来の銀行のリテールビジネスを侵食し、従来の寡占的な金融の市場構造に変化をもたらしてきました。小売業の銀行業務参入は、店舗をもたず、オンラインのネット銀行でクレジットカードや電子マネーの決済を当該小売業の顧客戦略に沿う形で展開しているものが多いようです。あるいは系列のネット証券との連携や保険の販売といった形で金融・保険業へ本格的に参入する動きもでています。
金融には規制が必要ですが、従来の金融機関の寡占的・地域独占的な地位を保護するのではなく、他産業と結びつきつつ金融サービスの利便性を高めていくようなあり方が求められていくのではないでしょうか。特に、銀行や協同組合金融機関には、中小企業の事業への目利き力と金融機関としてのネットワークを活かした事業への支援を合わせて行うことで、貸出を増加させていくことが必要です。そうした転換がなされないと、従来の伝統的な金融機関は存在意義を失い、経済社会の中で無駄な存在となってしまうでしょう。

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