労働者と「消費者信用」 ―現代における債務奴隷化―

「唯物史観」第34号(十月社、1989年5月20日) 収載
                               北村 巌

ここ2~3年の間に「消費者信用」は爆発的な成長を遂げている。かつて70年代初頭に住宅ローンの急成長がみられたが、今回は住宅ローンに加えて、消費に対する直接的な信用供与が「クレジット・カード」を媒介にして急増しているのが特徴である。住宅ローンの場合は、土地 という償却されない資産の取得にかかる部分が大きく、その後、土地は大きく値上がりしたので、住宅ローン自体が信用不安の要因となることはなかった。それに対して、いわゆるクレジットはそれによって購入される消費財やサービスがただちに消費過程に入っていくので、負債に対応する何らかの資産が形成されることはない。そのため、かつては高利 の「サラ金」の占有する市場であった。しかし、現在ではこの市場における主役は大手銀行資本である。現代日本の資本主義経済を支える一つの柱にこの「クレジット」が育ってきているのである。そして金融独占 資本は「内需拡大」=「消費振興」を掲げながら、ますますクレジット市場を開拓していこうとしている。
本稿においては、住宅ローンなどを含む広義の消費者信用の発達がどのような必然性のもとに生じているのか、そして、それが労働者の債務奴隷化を促進している実態を明らかにし、現在の階級闘争の課題としての位置づけを検討してみたい。さらに、いわゆるクレジットという狭義の消費者信用の最近の急成長ぶりについても、詳しくその意味を考察してみることにしたい。

一、高成長続く消費者信用の現状
- 全国銀行勘定で個人向け貸付残高をみると86年以降急激な伸びとなり、88年末には35兆円に到達している。製造業向けの貸付残高が8 6年以降減少傾向に転じているのと対照的な動きである。
86年の円高を契機に製造業の大企業は以後の経営の安定を図るため借入金の抑制ないし返済を図ってきた。一方で株式ブームを利用して増資を活発に行ない自己資本を増やし、総資本に占める自己資本の割合を増やすことに努力したのである。この事情をもう少し詳細に検討してみよう。86年の株高は円高による金利低下、原油安によるインフレ期待 鎮静を背景に、機関投資家の莫大な買い需要によって生まれたが、そこには従来にない現象が生まれた。その現象とは73年以来86年春までは、株価に対する一株当たりの経常利益の割合はほぼ長期金利と同水準 であったのが、86年夏にかけての株価上昇によりこの率が長期金利の 65%程度の水準に下がってしまったのである。
この事態を発行企業の側から考えると、時価での株式発行のコストの方が、借入れや普通社債の発行コストよりも圧倒的に低くなったということになる。そして公募増資だけでなく、転換社債や新株引受権付社債の大量発行が行なわれた。そして当然のことながら銀行からの借入金は返済され、残高は減少することになる。もっとも増資や転換社債の発行も無制限に認可されるわけではないので、すべてがいっきに入れかわることはないのであるが。

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借入金を返済された銀行はどうしたか。預金獲得競争をやめて返済された借入金を預金の返済に充ててしまえば、銀行間の競争には勝ち残れない。そこで個人向けや不動産業者への融資に力が入ることになった。直接的な消費者もさることながら、系列やその他のクレジット会社への融資を通じて間接的にも消費者信用の市場拡大に力を入れている。
銀行の直接の融資では担保がとれる住宅ローンが主で、これも大きく伸びている。都市銀行12行(東京銀行を除く)の88年9月末の住宅ローン残高は19兆3307億円となり、前年同期比で32.1%の伸びを示した。
勤労者が住宅を購入する際に、特に高くなった地価のためにローンを利用せざるをえないのは常識化している。その元利返済のために文句を言わずあくせくと働かざるをえない境遇におかれている労働者がなんと多いことか。住宅ローンは低利の住宅金融公庫や財産形成制度を利用したローンなどもあるほか、各企業が共済制度により低利で融資する制度 もかなり普及している。この企業内ローンは特に労働者の不満や反抗を抑えつけ「従順な企業人」にとじこめるための手段にもなっている。8 8年には大手銀行・証券ではこの自社従業員への住宅貸付枠をのきなみ 4000万円超に引きあげた。勤労者世帯の31.7% (87年)もが 住宅ローンの返済を行なっており、平均すると一世帯当たり一カ月に約 7万4千円の返済となっている。
ところで銀行の住宅ローンが急増している条件として、地価の高騰の効果が大きいというのは、単に住宅取得のための資金が巨額化しているというだけにとどまらず、公的融資が土地部分の取引額については対象からはずしているという事情もある。また地価高騰により、相続税支払 いのため自己の持家でありながら住宅ローンで再購入するような形になってしまう例もあり、一部の都銀では「納税ローン」を取り扱っている。
その他、リゾートブームに目をつけた「第2住宅用住宅ローン」や返済期間を50年程度にまで長期化した「超長期住宅ローン」、土地部分の返済は売却時に一括返済する「一部一括型住宅ローン」など、アノ手コノ手で借金をさせようと企てているのである。
さらに住宅ローン市場を決定的に大きくしようとして企画されているのが、住宅ローン債権の分割・債券化である。これは銀行が行なった住 宅ローンを分割して債券にし、一般の顧客に販売しようというのである。銀行はそこで販売手数料をとるが、住宅ローンの金利自体は土地・ 家屋が抵当となっていることもあって、社債利回り並みに低下する可能 性がある。銀行はこれによって債権と債務(預金の代わりに住宅ローン債券を買わせる) の両方を減らし、サヤの収益のリスクを避けて手数料商売の部分を増やすことができるようになるのである。これによって国際決済銀行による自己資本比率の規制もクリアしやすくなる。

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一方、住宅ローン以外の消費者信用についても銀行による市場開拓ぶりが目につく。まず、直接的に銀行が行なうローンの残高は、88年カ 月末で3兆6622億円となり前年同期比で146・8%の伸びとなった。なかでもカードローンは、半年間で残高が4426億円(88年3月 末)から1兆2228億円 (9月末) へと約3倍に急増しており、いよいよ銀行のカード戦略が軌道に乗ってきている状況である。
銀行以外のクレジット会社も決して銀行に食われているわけではなく、大きな成長を続けている。日本クレジット産業協会の発表によると、87年の消費者信用取扱高は44兆1714億円で、うち物品など の購入に伴う販売信用が18兆501億円、キャッシングなどの消費者金融が25兆3213億円であった。取扱高は前年比15・1伸びている。この分野でもカードの役割が高まっており、カードを使った販売 信用額は6兆5924億円で、1枚当たり約5万5000円の取り扱いとなっている。カードによるキャッシングも含めるとカードによる新規 信用供与額は10兆円弱になるという。 このような消費者信用供与の増加は何を意味しているのであろうか。

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クレジットカードの販売信用における手数料率は4~5%で、普通これは販売店の負担になる。翌月のカードの決済日に彼の銀行口座から代金が引き落とされた。これっきりで終われば、彼はテレビの購入代金支払いを一カ月程度延ばしたというだけのことであろう。しかし、もし彼がクレジットを分割払いにして、他の耐久消費財の購入やサービスの購入にクレジ ットを使いその残高が増加し続けるとしたら、どうであろうか。実はその残高の増加額は2つの要素から成り立っていると考えられる。一つは賃金と生活費のギャップ(すなわち賃金の不足額)であり、もう一つはそのクレジットによる金利負担である。例えば30万円の賃金の労働者が 32万円の生活費を使うと2万円の借入の増加が起こる。それに今までの借金の利子が一万円とすると、借金は3万円増加するわけである。日本全体で消費者信用残高が急増しているということは、日本の勤労者全体にこうした現象が起きているということにほかならない。そして、労働者・勤労者に借金を負わせて消費需要を喚起することによっていわゆる「内需拡大」の景気が維持されているのである。
このことから、現実の労働者の生活実態が「健康で文化的」とはいえない水準にありながら、なおかつ、その水準を維持するのでさえ、つまり現状の生活費を前提にしてさえ、消費者信用残高が急増するような水準に日本の労働者の賃金水準がある、ということになる。低賃金こそが 消費者信用増加の最大の条件なのである。そして消費者信用は麻薬のように労働者の目を低賃金からそらさせる役割をしている。そして、金利負担のかたちで追加搾取を行い労働者を債務奴隷の立場に陥れるのである。

ニ、大手銀行のカード戦略
前節でもみたとおり産業資金の借入金需要の減少の中で銀行は小口の消費者信用に力を入れているが、そのカギはカードであろう。
日本のクレジットカード発行枚数は88年3月末で1億2000万枚に達し、そのうち銀行系カードは15~20%のシェアを持っているといわれる。各社は母体の銀行の顧客を中心に着実に発行枚数を増加させてきたが、88年度に入ってから特に積極化した。例えば富士銀クレジット(富士銀系)やハートカード(第一勧銀系)では母体の銀行の顧客の3分の一にすでに自社カードを発行している。
このような銀行のリリーテイル戦略 (小口部門) 積極化させるきっかけとなったのは88年4月のマル優廃止である。このために小ロの顧客の行離れがみられるようになり、銀行は給与振り込みなどによる家計のメインバンク化、ローンによる収益確保に乗り出したのである。
クレジットカードは銀行からみると一般の金融商品に比べ、契約の時点で顧客の勤務先、家族構成等の属性情報が収集で、その後も住所や勤務先の変更があった時にも把握がしやすいため、銀行にとってリーテイル略のための欠かせない情報源となっている。そこで、銀行は自社のカードローンとクレジットカードをセットで販売推進している。

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このようにリーテイル戦略を進めていくと企業向けとは違い無担保の消費者信用は極めてリスクが高いうえに、金利もカードローンでは一部に9%程度(無担保)のものや5%台(土地や住宅を担保)の低利のものが出てきており、顧客の信用情報が不可欠となる。そこで88年10月、各地の銀行協会でそれぞれ独立して運営されていた25の個人信用情報 センターを全国銀行協会が統合し、「全国銀行個人信用情報センター」が設置された。
個人信用情報を交換するセンターの歴史は65年9月に日本割賦協会 (現在の日本クレジット産業協会) の事業として「信用情報交換所」が設置されたことに始まり、69年10月に家電、楽器販売系の「日本信用情報センター」が設立され、両者は84年に一本化されている。銀行系で は、73年1月に東京銀行協会において個人情報センターが設置され、各地の銀行協会に波及していった。当初は延滞や代位弁済等の事故情報、手形の不渡関係情報、破産、禁治産、準禁治産などの公的情報に限定されたいわゆる「ブラック」情報が扱われた。東銀協は80年1月にコンピュータ導入に伴って貸出実行などの「ホワイト情報」も収集することとした。法令面では83年11月に施行された「貸金業の規制等に関する法律」および84年12月に施行された改正割賦販売法において、与 信業者は情報機関を利用して消費者の多重債務の防止を図るべきことが 規定された。87年7月にまとめられた「金融制度調査会中間報告」に おいても、個人信用情報機関の充実が提言されるなど着々と個人信用情 報の全国集中化の方向が出された。そして88年10月の全国銀行個人信用情報センターの設置につながった。

センターの会員としては、①一般会員として全国銀行、②特別会員A として全国銀行以外の銀行または法令によって銀行と同視される金融機関、③特別会員BとしてAと系列関係にあるクレジットカード会社、信用保証会社、住宅金融会社など、④特別会員Cとして外資系クレジッカード会社2社という構成になっている。88年10月では会員数201 0社、保有情報量1746万件、照会件数117万4203件 (月間) という状況である。
全国をカバーするセンターの設置は、貸出の実行情報をはじめとして全店統一的な情報の利用が可能となった、①全店オンラインによる照会が可能となった、②提携情報機関との情報交流が全国的に可能となった、などの効果があがったとされる。
このようなリスク管理体制の整備のうえに立って銀行は積極的に消費 者信用分野を拡充しているわけだが、系列クレジット会社が販売信用に 乗り出すにもまず加盟店づくりからしなければならないわけで、その点で外資系クレジット会社との提携が必要とされた。各社はマスター系とビザ系とにまず提携関係を持ち、例えば「住友ビザカード」や「富士U Cカード」を発行するという方法できた。しかし、この提携関係が消費 者信用市場の急拡大の中で「カードウォーズ」といわれるような仁義なき戦いの渦中にある。
その発端は88年10月にマスター系銀行カード会社である3菱銀行系のダイヤモンドクレジット(DC)とビザ・インターナショナルが提携 したことである。続いて2月には同じくマスター系銀行カード会社である東海銀行系のミリオンカード(MC) がこれに追随 した。12月には ユニオンクレジット(UC) も追随しビザ・インターナショナルと提携した。ユニオンクレジットは3加6行がそれぞれにカード会社を持って いるが、この足並みに乱れが出ている。ユニオンクレジットとしてはユニオンクレジットとしてビザのプリンシプル メンバーとして参加し、参加各社はその下でアソシエイトメンバーとしてビザに参加させようとしているのに対し、一部の参加会社から独自にプリンシプルメンバーとしてビザに参加しようという動きがあるのである。なぜプリンシプルメンバーとしての参加を求めるのかといえば、銀行系カード会社がブランド会社の下にいる状態から脱却して、カード会社の保有する情報を銀行の思いのままに活用してリーテイル戦略を展開しようとしているからにほかならない。だから逆にビザ3加のカード会社はマスターカードとの提携を「オムニカード協会」と「オムニカード株式会社」の設立により行なおうとしている。
これらの動きはキャッシュカードとクレジットカードの一体化(一枚化)に狙いを定めたものである。その時点で銀行系クレジットカードは各銀行のキャッシュカードに吸収されるかたちとなる。一枚のカードで キャッシュカード、各クレジットカードとしても利用できるようにしようというわけである。その下準備として、銀行の営業推進ではローンとクレジットカードの一体推進が叫ばれているわけである。これが実現されれば、消費者信用はさらに刺激されて拡大のテンポを速めると予想される。
カード戦略で同時に注目されるのは銀行POSの実用化である。銀行 POSとは、小売店に端末を置き、買物客がキャッシュカードを出せば 即座に代金が客の口座から小売店の口座に移し替えられるというシステ ムである。これが、消費税の導入により1円玉のやりとりなしに小売店での支払いができるシステムとして、本格的に実用の段階に入ろうとしている。
このシステムが全面化すると労働者は賃金を銀行振り込みで受け取り、消費財やサービスの購入をキャッシュカードで行ない、現金をみることなく生活することになる。そこまで到達するには長い年月を要しようが、相当に浸透する条件があるのは確かなようである。現金を見ずに 生活すれば貨幣は単なる数字である。口座に預金がなければ銀行POS はたちまちクレジットに変身する仕掛けである。クレジットの残高が増え1ヵ月の賃金で間に合わなくなると今度は長期のローンが用意されている。かくして労働者は債務奴隷への道を歩まされていく。
また金融業界、流通業界の一大再編につながっていくことも必至である。一体化カードを発行する力のない銀行、銀行POSを受け入れる能力のない小売店は次々に競争に敗れていくことになるだろう。 銀行間競争のカギとして考えられているのは、ローンなどでの顧客の差別化である。どういうことかというと、個人客の家計にメインバンクとして使ってもらえる場合には、その顧客をローンの金利などで優遇するというやり方である。富士銀行の「メンバーローンカード」の例をとると、①富士カード、②給与振込、③財形、④公共料金(2項目以上)、 ⑤総合口座定期50万円以上、⑥積立 (毎月1万以上)、年金振込み指定、⑦不動産担保ローンの8項目を指定して、該当するごとに0・5%ずつ最大2・0%までローン金利を低くするというものである。ようするに比較的低利のローンをサカナに家計のメインバンク化を図り安定した小口客の数を確保しようというのである。こうした差別化戦略は米国金融界からの輸入である。米国では取引状況による顧客の差別化は日本よりもっと進んでいる。日本でもますます差別化が進み、個人信用情報センターのホワイト情報 (取引経過) などを利用したかたちへ進んでいくだろう。
小売店の競争の方はどうだろうか。日本クレジット産業協会のアンケート調査 (86年)によると、小売店(デパートから専門店まで) 578業 者の回答で、カードが普及しキャッシュレス・ショッピングが楽しめるようになると思う比率は75・1%と、多数がキャッシュレス化を予想している。銀行POSを導入するには小売店でPOS用レジスターのほかにカードリーダ、OPINパッド、『オンライン・アダプター、 フロッピーディスク、6通信制御ソフトウェアなどが必要となり、設備投資費用もかかる。小売店で1台のPOSシステムを導入すると最低1 50万円程度はかかるようである。それに比べて大型店で数10台の端末を入れる時は、1台当たりのコストがずっと小さくなる。この面でも大型店の優位が出てくる。

3、ICカードとキャッシュレス化
キャッシュカードとクレジットカード、それも複数であれば、現在のードに磁気ストライプを貼りつけたようなもので はとても対応できない。そこで登場するのがIC カードである。
全国銀行協会は、86 年9月に業務専門委員会 と事務専門委員会の下部 組織としてICカード標準化作業部会を設置し、 88年2月に「全銀行I Cカード標準仕様」をまとめた。この仕様では表2のような業務が規定されている。発行主体は銀行とすることとしており、大手銀行の独占化につながっていくことは必至である。
技術的には次のようなことが規定された。ICカードの物理的仕様は JIS、X6301「磁気ストライプ付きクレジットカード」などの規 格に準拠し、磁気ストライプやエンボス文字も利用できるものとしている。つまり現在のプラスチックカードの内側にICが組みこまれたもの が考えられている。つまり現在のカードとも代替可能のものなのである。国際標準化についても現在、ISO (国際標準化機構)の銀行業務、 専門委員会と情報システム専門委員会で検討されているが、国際標準の 制定にはまだ時間がかかりそうである。
銀行のキャッシュカードがすべてICカードに置きかわっていくと、確実にキャッシュレス化は進行するであろう。並行してコンピュータによる決済がより一般化してくる。それに伴う銀行間の与信・受信もめまぐるしく変動することになる。そうした状況では、ある銀行の決済が不 能になることにより連鎖的な決済不能がひろがる危険性が格段に高くなってくる。キャッシュレス化は単一の機関に集中されれば、計画的な経済建設にとって意義のあるものとなるが、私的に分割された競争しあう 金融資本の手中にある時には、恐慌をひきおこすリスクを持った怪物として立ち現われるであろう。
日本のような先進資本主義国において、キャッシ ュレス化が行なわれているということは社会主義へ進んだ時に、「全人民的な記帳と統制」を真に可能とする条件になるであろう。ソ連でも70年代半ばにキャッシュレス化が議論の対象となっていたようだが、その後、技術的にも制度的にも遅れがあるようである。ICカードによるキャッシュレス化はただちに貨幣制度の廃止にはならない。貨幣は帳簿上の数字として存在し続けるからである。貨幣制度の廃止は商品生産の廃止によってのみもたらされるものである。そしてそれは社会主義的計画性が生産と消費の両部面において貫徹されなければならない。現実の社会において硬直した計画は常に時代遅れとなり、不断に最適化を図る手段が必要である。キャッシュレス化とそれに伴う情報の集中と集積はその条件となるであろう。その場合には価値法則の利用のやり方やサジ加減に依存せずに、社会主義的計画性が現実の生産と消費に柔軟に貫徹していくことができる であろう。
ところで、ICカードにおける最先進国はフランスである。フランスではICカードはいままで述べたような多機能一体型の高度な道具としてではなく、日本のテレフォンカードなどのようなプリペイド(前払い) 方式の使い捨てテレフォンカードとして普及している。しかし、あくまでこれは先行投資なのである。というのは、フランスでは89年末まで に全銀行カード1600万枚がICカードに切り替わる予定であり、このカードが使える公衆電話システムを先に構築していたのである。
そのほかに様々の実験が行なわれている。銀行POSやホームバンキング、患者向けカルテ、健康保険証などである。

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4、米国の消費者信用市場
米国の消費信用市場は進んでいるといわれるが、その残高は住宅ローンなどの抵当貸付で3兆566億ドル(88年6月末)、狭義の消費者信 用で6617億ドルとなっており、合計4兆ドル(邦貨で520兆円) を 超えている。米国の名目GNPが88年で4兆8618ドル、個人の可 処分所得が3兆4729億ドルであるからその規模の大きさがわかる。 日本の消費者信用残高は銀行全体で28兆5980億円 (88年9月未) で、非銀行を入れても50兆円未満と推定され、絶対的にも相対的(例 えば対GNP比)にも米国の規模には遠く及ばない。一方で、企業貸付残 高は米国が3944億ドル(88年10月末、邦貨で約51兆円) 対し、日本 は製造業向けだけで52兆4305億円 (88年10月末)にのぼり、いかに米国の貸付市場が消費者信用に偏っているかがわかる。
クレジットカード自体、米国生まれで1920年代にガソリン・スタンドでのツケ用に生まれたのである。1920年代は米国が世界経済の舞台に第一次世界大戦を契機として債権大国として登場し、低金利時代 に入り株式ブームが起こった時代であった。低価格の自動車「T型フォ 1ド」が出現して、いっきに自動車の普及が進み、ガソリンスタンド用 のクレジットカードが出現したのであった。1920年代は米国において住宅以外の消費者信用が産声をあげた時代であった。大不況期を経て 50年代~60年代前半にかけてさらに消費者信用は急膨張していった。そして消費者信用残高は個人可処分所得の20%程度に増加したところではほぼ成熟の段階に達している。それ以後はほぼ個人可処分所得の増加に並行して増加している。
しかし、なんといっても大きいのは抵当信用の市場である。抵当信用市場は現在に至るまで全体の経済規模に対する相対的増大を続けている。米国の場合、税制上住宅ローンの金利を所得から控除できるといった措置も効果を現わしているといえよう。基本的生活費に課税しないと いう観点からは当然のことである。もっとも日本では課税されているが。
しかし、このように消費者信用の規模が膨らんでくると、必ず信用不安の問題が起きてくる。88年に米国では200件の金融機関の倒産が 発生した。その多くは中西部、南部の不況地帯の貯蓄貸付銀行(日本の信用組合に近い)で、不振の石油産業や農業への事業資産の貸付けだけで なく、個人向けの抵当信用の焦げ付きも多く発生し、金融機関の倒産に結びついているのである。不振の石油産業や農業における 倒産・解雇 が、その不幸に見舞われた人々の住宅ローンの返済滞りに波及していったわけである。現在の米国は1930年恐慌の苦い経験から預金保険制度が公的に確保されているため、預金者による取り付けパニックは発生していない。しかし、預金保険公社自体が大赤字となってしまっており、ブッシュ新大統領はすべての預金から0・25%の預金保険料をとることを提案している。しかし、これによって得られる金額は60億ドル程度にしかならず、抜本的な解決策ではない。結局、政府が財政赤字として背負いこむ以外になさそうである。
こうした状況は10年後、20年後の日本の姿であるかもしれない。

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5、消費者信用の使途と矛盾
一般の販売信用やキャッシングの使途は大まかに生活費であるといってよいだろう。住宅ローンも同様であるが、中には投機的なものも増えている。例えば86年から87年にかけて流行したワンルームマンションへの投資ブームである。都心の地価上昇に目をつけた投機であり資産 家の相続税軽減に利用できる商品であり、大手銀行と不動産業者が一体となって売りまくったのである。このブームが地価上昇、さらに家賃の上昇に火を付け、借地借家法改悪の政治的な力としても作用したと考えられる。
さらに高騰した地価を利用してのローン商品も大手銀行は積極的に推進している。地価上昇でにわか小資産家となった人々に、その担保能力を生かして借金させようというのである。例えば3菱銀行の「長期総合 ローン」は100万円単位で担保の範囲で最高3億円まで融資し、利率 は現在年5・7%(ただし長期プライムレートに応じて年一回変動)、期間は 1~30年というものである。他の大手都銀も似たようなローン商品を 設定している。
これらの資金はもちろん生活費として利用されるケースもあるが、ほとんど「使途自由」となっており実際には事業的にも使われたり、株式などの証券投資にも利用されている。株式の信用取引の金利は5.75 %であり、現在は保証金率70%、うち現金20%の規制措置がされて いるので、実際のコストは7.19%である。5.7%ということは、これよりも1.5%も低いわけであるから、小型土地成金が株の信用取引に手を出す際にはまっさきに利用されるローンである。
これらの有担保ローンの対象は40代から50代で、今回の土地ブー ム以前に住宅を取得したような人々である。「ニューリッチ」というような新語でしめされるような階層であるが、その多くは上層部分とはいえ労働者である。それが住宅(土地)をたまたま早く取得したために、 見かけの小型資産家となり金融的にも他の労働者より有利になっている。もし子弟の大学進学の学資を労働者が借り入れようとすれば、おそらく2~300万円になるであろう金額を、ニューリッチは年5・7% で、ニュープアは年10%以上の金利で借り入れることになり、金利負 担だけでまたおそらく10万円以上の格差がついていくことになる。乗 用車の購入でも何でも差がついていく。こうした事情は労働者を「財テク」ブームに駆り立て、したがって賃金引上げの闘いから遠ざけ、労働 組合の団結を切り崩す武器となっている。1万円の賃金引上げに100 円玉を何個上乗せするかよりも、自分もどうしたらニューリッチに移行できるのかの方が、ニュープアの労働者にとって関心事とさせられてしまう。そして、そのことが労働組合の組織力を低下させ、したがって闘争力も低下させ、組合民主主義も後退させられる。結果としての低賃金が、資本の側にはカネ余りを、労働者の側には借金をもたらすのである。労働者運動にとっては悪循環になっている。
この悪循環をハネ返すためには、労働者の間での真の共済運動が始められなければならないだろう。現在の労働金庫、共済組合などがこの課題に応えているか、あるいは応えようとしているのか否かについては他 論文に譲りたいと思う。
注意しなければならないのは、ニューリッチもまたしょせん債務奴隷でしかないということである。東京周辺の地域に10年前に買った30坪の住宅が、現在1億円に評価されるようになったからといって、実は彼の生活は向上したわけではないのである。むしろ固定資産税は増え、 相続税の心配もしなければならなくなるであろう。年間所得はさほど増 えていないので、依然として乗用車を買うにはローンを利用し、教育資金もローンを利用しなければならないかもしれない。その金利が相対的に低いというだけのことであり、銀行はしっかり1.5%程度のサヤをとっているのである。ただ消費者信用の差別化政策が労働者の間に分断をもたらしているというにすぎない。問題の本質はニューリッチとニュープアの対立ではなく、資本と労働者の階級対立である。
労働者にとって最悪のケースとなるのは、販売ノルマを達成するため にカードローンなどの消費者信用を利用してしまうことである。このことは一般に販売を専門とするセールスマンに限ったことではなく、それ 以外の労働者に対する「営業活動」の押しつけなどによる場合にも起きる。やや旧いが85年の6月から7月にかけて日経新聞の社会面に掲載された『サラリーマン』の欄で「カード地獄」がとりあげられたことがある。
その話を要約すると、小林さんという証券会社のセールスマン(35 歳)が、係長に昇進したばかりの時に、客に売った債券の代金を自分で銀行ローンで調達して払いこむが、後で客から断られ、ローン返済のためにカードローンを使ってしまった。翌月も客から断られ、今度は他の クレジットカードを作って金を手当てする。カードは20枚にもなってしまい、今度はサラ金に手を出す。いつのまにか借金は836万円になっていた。そして督促状や取り立ての電話から解放されたいと失跡してしまう。最後は退職金なしの依願退職をして「自己破産」を行なう、というものだ。
証券会社のノルマ営業の実態は、この当時よりさらにひどくなっており、こうした実態は枚挙にいとまがない、といえるのである。さらに証券会社は自己の従業員向けのローン会社を持っていて比較的低利(9% 程度)でフリーローンができるようにしているため、ノルマができないと管理職がローンを利用して達成するように暗示するような実態があるといわれる。
この日経新聞の「カード地獄」の欄には、他に妻の入院費の工面のためにサラ金に手を出して雪だるま式に増えてしまい、自己破産した例なども挙げられている。ローンを苦にした自殺も毎年2000人にのぼるといわれている。労働者から血の最後の一滴をも搾り取ろうとする資本 の本性があらわれている。しかし、こうした実態から前に述べた低賃金と消費者信用の悪循環に対する反作用の力も生まれてくる。コンピュータのファイルの上に記録された数字にすぎなくなっていく貨幣に支配される人間社会の矛盾が、集中的に表われているといえるであろう。
最後に簡単な計算をしてみることにしよう。消費者信用の残高を仮りに50兆円とし、その平均金利を10%としてみよう。1年間の金利は 5兆円である。個人可処分所得は300兆円であったが、消費者信用に より1%の消費の追加があるとすると、個人消費は303兆円である。 所得と消費の差と金利分が信用残の増加となったとする。すなわち1年 たって信用残高は58兆円になった。次の年には経済成長が名目6%だったので個人可処分所得は318兆円で個人消費は321兆円だったが信用残高は66兆9000億円になった。これを20年続けるとどうなるか。個人可処分所得は960兆円で個人消費は970兆円となったが 信用残高は539兆円に達した。1年間の金利負担は54兆円である。この間、消費者信用残高の増加によって1%の購買力の追加しかないのに、この状態である。
このことは何を意味するのか。金利が名目の経済成長率より高い(消費者信用は普通そうなる)場合には現在のツケは後にもっと絶対的にも相 対的にも大きいツケになって返ってくるということである。現実には所得に対して平均し5%もの利払いになるということは、全体の何割かは金利で首が回らない状態になってしまっているから、銀行は回収に出て消費者信用残高の増加にブレーキがかかるであろう。もしまったく残高を増加させないとしたら個人消費は5%減少することになり、大不況の要因となってしまう。
このように高金利の信用残高を増加させていけば、資本主義経済は時限爆弾を抱えこんでいるのと同じような状況になるのである。資本は労働者に生活費に満たない賃金しか払ってこなかったことの、あるいは賃金以上の消費生活をさせて、経済成長を維持してきたことのツケを支払わなければならなくなるのである。


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