世界的金融危機は再来するか?(2023年)

月刊「社会主義」(社会主義協会)2023年5月号所収

シリコンバレー・バンクの実態

3月10日、米国の西海岸で起業家への貸付で拡大していたシリコンバレー・バンクが大口預金者による大規模な預金引き上げによって支払いが不能となり経営破綻した。これを受けて米国の連邦預金保険はシリコンバレー・バンクの預金全額保護を行うことを決めた。
シリコンバレー・バンクは、1983年にカリフォルニア州サンタクララで創立され1988年に米国のナスダック市場に株式公開した。80年代の米国ではいわゆるS&L危機が発生しており、次々と貯蓄貸付機関などの中小金融機関の倒産が相次いでいた時期であった。これらの金融機関の危機の多くは商業用不動産への過剰貸付が原因だったが、シリコンバレー・バンクは、そうした影響を受けず、シリコンバレーの新しいベンチャー企業への融資によって拡大した。多くの中小企業向け金融機関が不良債権問題に苦しんで融資拡大が困難だった時期に、その隙間を埋めるような金融事業として成功した、と言えるかもしれない。
1996年からは他州へも進出、2008年以降は海外にも事務所を広げていった。2019年からは他の金融機関の買収にも積極的となり、2021年にかけて3つの金融機関を買収した。かなりの急速な拡大経営を行なったわけである。2008年秋に金融危機(リーマンショック)が起きた時は2008年、2009年と連続減益となったものの赤字にはならず、2010年には大きく回復した。2000年末の総資産額は51億8075万ドルであったが、2022年末には2117億9300万ドルにまで膨らんだ。平均増加率は年18.4%と相当の高成長を遂げている。
2022年末の株主資産は160億ドルであり、低金利状態が続いた中で、かなりのレバレッジをかけた経営になっていたと言える。また財務状況の特徴として、負債サイドが一般勤労者からの小口預金ではなく、大口預金が預金の多くを占めていた。昨年からの金利引き上げにより、それまでの貸付の価格が低下、また昨年後半からのI T業界の不振を受けて、I T系の新興企業への貸付の回収に不安が広がっていた。そうした背景のもとで、大口法人預金の大半が要求払いで即時引き出し可能であるにもかかわらず、金利ヘッジもかけずに多額の満期保有目的債券に投資していたことから、金利上昇による債券価格下落による損失が発生する事態となった。シリコンバレー・バンクは2023年3月9日、投資していた債券価格低下による18億ドルの損失を補填するため株式売却を行うことを表明したが、これがきっかけになって大口預金の引き上げが起こり、経営破綻に至った。バランスシートが債務超過になったかどうかというよりも、資金フローが立ちいかなくなったための経営破綻である。
シリコンバレー・バンクの破綻は、FRB(連邦準備制度理事会)による引き締め方向への金融政策変更の結果であるが、ある程度想定されていたことでもある。F R Bが金利を引き上げているのは、2022年春以来の原油高をきっかけとしたインフレの加速を抑制するためである。そのために、マクロ的な需給関係を緩和するために投資需要の抑制が意図されているものであり、銀行貸付や社債発行といった投資資金調達への抑制策でもある。ピークを打ったとはみられるものの高めのインフレが続いているため、連銀がすぐに金利引き下げに動くことはなさそうだ。低金利時代にレバレッジを高めた金融機関への経営不安はシリコンバレー・バンクだけにとどまらないだろう。
シリコンバレー・バンクは、ファーストシチズンバンク&トラストに買収されることとなった。2021年にシリコンバレー・バンクがサンフランシスコ近郊に数千戸の低所得者向け住宅の建設資金を融資するとの地域への約束が今回の買収によって反故にされるため、大口預金者の預金が全額保護される一方で、低所得者にしわよせがされている。

米国住宅バブルの行方

2020年まで米国の住宅価格は、2008年の金融危機(リーマンショック)前後の大きな落ち込みから緩やかに回復していた。そして2020年半ばから2022年半ばまで急激に上昇した。住宅バブルと言える現象である。しかし、その住宅バブルも2022年後半には崩壊し始めた。
米国の住宅価格がバブル的な上昇に至った要因は主に2つあると考えられる。
(1)コロナ・パンデミックによる不況に対応して、米国金融政策が大規模な緩和に踏み切り、長期金利が大幅に低下したことで、住宅ローン金利が3%程度まで下がり、一般勤労者の住宅購入条件が大きく改善したこと
(2)コロナ・パンデミックによる失業などの影響で、賃貸住宅から追い出しを受けるのではないかという懸念が高まり、防衛的な住宅取得の動機が生まれたこと
長期金利の下落は住宅ローンの借入れによる住宅取得を容易にし、賃貸料より低い月次のコストで住宅取得ができるという状況になったことが住宅購入需要を爆発させ、結果として住宅価格高騰につながった。そうした状況で投機的な住宅購入が増加した可能性もある。特に西海岸における上昇は、もともと住宅の需給に逼迫感があるためかなり激しいものになった。
2022年3月からのF R Bによる金利引き上げ政策によって住宅ローン金利は大きく上昇した。住宅価格もすでに大きく高騰していたために、借りるより買った方が、月々の負担が軽くなるという状況は終わりを告げ、住宅価格は低下する方向に転換した。
米国の住宅価格の標準的な指数であるS&P ケースシラー指数(2000年1月=100)でみると、20大都市の住宅価格指数は2022年6月に315.47とピークになった後、下落方向に転換し、2023年1月には296.88まで低下した。西海岸ではもっと大きなバブルの波が見られた。もっともバブルの激しかったシアトルでは、ケースシラー指数は414.01(2022年5月)とピークとなった後346.64(2023年1月)に16%低下した。同期間でサンフランシスコでは13%低下、ロスアンジェルスでは6%低下した。最近の不動産広告においても大幅な値引きが目立っており、値下がりが継続していることは疑いがない。
全米不動産協会が発表しているアフォーダビリティ指数(買いやすさの指数)によると、2023年2月は全米平均で103.9となった。この指数は2割の頭金と住宅ローンで平均価格の住宅を購入した場合、平均的世帯収入の25%がローン返済額に一致する場合を100としており、100より高ければ買いやすく、低ければ買いにくいという判断基準である。これはほとんどの住宅ローンが、返済額が収入の25%以下になることを条件としているからである。100以上であれば、平均的世帯収入があれば、平均的価格の住宅を購入し、住宅ローンを組めることになる。同指数は2022年10月にいったん91.3まで低下したが、その後、住宅価格の低下と平均収入の増加によって回復してきた。しかし、中西部が142.4とかなり高い値である一方、西海岸では75.9と相当に低い水準になっており、西海岸は引き続き住宅危機が続いていくと予想される。
住宅ローン金利は一般的な30年固定金利の場合で、2022年初は3.11%だったが、2022年秋にはいったん7%を超え、現在も6.28%(2023年4月6日)と高水準になっている。この金利上昇により住宅価格が同じであれば総支払額が4割以上増加する計算になる。裏を返せば住宅価格が3割以上下落しなければ同等の総支払額にならないということである。最終的にはそうした大きな下落となる可能性は高い。
今回の住宅価格下落が、リーマンショックのような金融恐慌を新たに発生させるのかどうかは現時点では鮮明ではないが、変動金利で借りた層が支払いを滞らせたり住宅価格の下落部分が頭金を超えたりして、現在は低水準に推移している差し押さえが増加する可能性がある。また、住宅の購入と賃貸のバランスから見て、賃貸料に上昇圧力が働いてくるだろうと予想される。実際に住宅賃貸料の上昇率は全米平均で8.7%(2023年2月、前年同月比) に達している。もっとも住宅危機が深刻なシアトルの賃貸料上昇率は、10.6%(同)にもなっている。賃貸料を払えずに追い出されてホームレスになる人が多く出てきており、住宅問題を深刻化させている。
こうした事態を受けて、シアトルでは2月に住民投票によって新たな機関を作って家賃を入居者の収入の3割以下とする社会住宅の供給を行うことが決まった。また、全米各地で賃貸料引き上げへの歯止め規制や延滞料の制限などの政策も強化され始めている。

米国の金融取引の動き

コロナパンデミック発生以来の米国の金融取引構造の変化を連邦準備制度の金融勘定(旧資金循環統計)で見ていこう。
まず、2020年にコロナパンデミックへの対策のため、トランプ政権の下で連邦政府の大量国債発行が行われた。連邦政府の金融債務は2019年末21兆5531億ドルが2020年末には26兆5851億ドルへと5兆320億ドル増加した。これは、パンデミック発生でサービス業を中心に失業者が大量発生した事態に対して大規模な財政政策が発動された結果であるが、同時にトランプの大統領選挙対策でもあったのではないだろうか。バイデン政権でこのバラマキ路線は幾らか修正されたが、2022年末の連邦政府金融債務は29兆4459億ドルまで増加している。
家計部門についてみると、年間純貯蓄は、2020年2兆9760億ドル、2021年1兆6458億ドル、2022年4368億ドルとなっており、財政によるバラマキと不況時における消費の減退が全体として家計の純金融資産を増加させたが、2022年にはその状況は正常な水準に回帰した。トランプの個人向け給付は、生活困窮家計には確かに生活費補助となったので不況対策として全面否定はできないが、全体としては、連邦財政から家計部門への貯蓄の移転となった部分が大きかった。家計全体の純貯蓄は増加したが、住宅ローン残高も10兆4760億ドル(2019年末)から12兆5150億ドル(2022年末)へと約2兆ドル増加している。
米国の非金融非法人企業は、資金超過が続いており、金融資産が積み上げられている。金融資産総額は23兆8695億ドル(2019年末)から26兆8246億ドル(2022年末)に増加した。またバランスシートの貸方側では、株式の新規発行より自社株買いが大きく、企業による多額の自社株式の純購入が続いている。この自社株買いは米国株式市場の上昇要因にもなった。しかし、自社株購入の活発化は企業の財務レバレッジの上昇でもあり、市場の不安定要因にもなる。
米国の預金金融機関は総資産額が20兆0648億ドル(2019年末)から25兆6285億ドル(2021年末)へと2年間で大きく増加したのち2022年は伸びが停滞し、2022年末では25兆5943億ドルと微減となった。ただし、住宅ローンや消費者信用は2022年も伸びを続けた。住宅ローン残高は、5兆6548億ドル(2019年末)から5兆9520億ドル(2021年末)と緩やかに増加したのち、2022年末には住宅バブルを反映して6兆4925億ドルへと大幅な伸びをみせた。消費者信用は2兆2690億ドル(2019年末)から2兆2132億ドル(2021年6月末)と停滞したのち、伸び始め、2022年末に2兆6607億ドルへと増加した。最近の2年間弱で預金金融機関のローンは大きく個人むけにシフトしたようだ。

欧州の金融不安問題

欧州に目を転じてみよう。シリコンバレー・バンクの経営破綻とほぼ同時に、クレディ・スイス銀行の経営困難が報道され、同銀行は同じスイスの大手銀行であるU B Sに買収されることになった。
クレディ・スイスの場合、前回の世界的金融危機(=リーマンショック)後、同行は、2008年から2012年にかけて顧客の租税回避に関して有罪となり罰金26億ドルの支払いに至った。しかし、再び積極的な拡大路線をとった結果、2021年、経営破綻したヘッジファンド、アルケゴス・キャピタル・マネジメントとの取引の精算において巨額の損失を出すことになった。
2023年3月10日、シリコンバレー・バンクの倒産を受けて、世界的に金融市場において銀行セクター全体の信用が揺らぐ事態となったが、クレディ・スイスは大株主の投資家が追加出資を拒否したことで、株価がいっきに3割下落し、経営不安の状況に陥った。2023年3月19日、スイス金融当局の介入をうけて、UBSがクレディ・スイスを32億5,000万ドルで買収することとなった。UBSに買収されたことで、クレディ・スイスの発行した劣後債約160億スイス・フラン(約2・4兆円分)が償還されなくなり無価値となったが、日本では三菱U F Jモルガン・スタンレー証券がその4%程度を販売しており、購入者は大きな損失を被ることになった。
欧州の他の大銀行も経営不安との心理的な要因で株価が急落するといった波及が起きている。2010年代の欧州ソブリン危機は債務問題が深刻化したギリシャ、スペインといった国々だけでなく、そうした国の国債を大量に保有していたドイツ、フランスなどの大銀行の金融市場における信用を揺るがした。世界の金融市場がつながった現在は、金融パニックが発生するきっかけは国内の問題とは限らないし、パニックも一国にとどまることはない。
これまでユーロ圏の中央銀行である欧州中央銀行はインフレ抑制のために2022年前半まで行っていたマイナス金利による超緩和政策を修正し、徐々に引き締め方向に金融政策を転換してきた。現在、政策金利は3.0%まで引き上げられた。今回のクレディ・スイスの問題表面化ののちにも0.5%の引き上げを行っており、今のところインフレ抑制を重視する姿勢を保っている。
欧州経済は全体的には原油高の悪影響をなんとか乗り切って不況入りを避けることができているが、金融引き締めが続けば景気の方向が変わることになる。景気の悪化は金融市場の不安定ももたらすことになる。欧州中央銀行は、インフレ抑制と金融の安定を維持するという2つの課題に対処しなければならない。

貨幣資本の相対的過剰と不安定性
世界的に独占的大企業や富裕層は金融資産を大きく増加させてきたが、マクロ的にみると、これは表面的なものでしかなく、本質的な富の増加を表現していない。もともと金融資産と金融負債の総額は一致するのだから当然ではあるが、企業や家計の金融資産の増大のかなりの部分が、主に政府財政の負債(累積赤字)の裏側でしかない。
資本主義経済は企業(資本)が利潤を上げ続け、利潤率を競う「資本の市場」が機能することによって成立する。現在では、その利潤のかなりの部分が政府の財政赤字に依存したものであり、その蓄積が生産手段の蓄積を名目的に大きく上回る。貨幣資本の相対的過剰が常態化しさらに進行している。
こうした貨幣資本の過剰が金融市場を不安定にする要因となり、特に貸付資本の需給関係を大きく緩和している。生産過程での労働の搾取による資本の利潤の分配は、投下される資本のリスクテークの度合いの違いによる各形態間の力関係に依存するので、貸付資本に対する利潤の分配部分としての利子率を極端に低めてしまっているのである。これが、世界的に実質金利が極端に低下している原因である。言い換えれば、逆にリスクマネーが不足しているということになる。世界的な低金利は、単に緩和的な金融政策の結果ではなく、貨幣資本の相対的過剰という要因が大きな要因となっている。
政府や中央銀行などによる公的なリスクマネーの供給なしに金融市場の安定が得られず、また金融市場に左右される実物経済の安定もないという段階に至っているのである。周期的な世界不況―世界的金融恐慌という特殊的危機の発現の度ごとに、主要な資本主義国で財政政策の積極化が行われ、財政赤字の累増が進行する、従ってその裏側にある貨幣資本の過剰蓄積が進行するという構図が出来上がっている。こうした資本主義維持策がいつ不可能になるのかは予言できないが、矛盾の蓄積が確実に進行しており、それが現代における一般的危機の深化の形なのである。

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