(ノート)人手不足問題から考える人間社会の再生産

「人手不足」の背景

 現状の比較的良好な景気動向を反映して、さまざまな業種で「人手不足」との声が聞こえるようになってきました。不況で街に失業者が溢れているより、人手不足の方が良いのでしょうが、多くの産業での人手不足は経済の足枷になることも事実です。景気が回復しても若年人口が減っているため、景気拡大の天井が低くなってしまっています。もちろん、不況になれば、失業も増え、経済全体としては人手不足ではなくなるということも忘れてはいけません。
 現在の労働市場の統計を見ると、9月の完全失業率(季節調整値)は2.6%で、長期的に見ればほぼ低位に張り付いた状況です。公共職業安定所における求人数を求職者数で割った有効求人倍率(同)は、9月1.29倍で、昨年12月の1.45倍と比較するとやや低下したものの高水準となっています。求職者数に対して3割程度多く求人があるわけで、全体としてかなりの人手不足には違いありません。

 職業別の有効求人倍率には大きな格差があります。9月の統計では建設躯体工事従事者が9.17倍と著しく高く、求人が難しい一方で、反対に、美術家・デザイナー・写真家・映像撮影者は0.20倍で、就職がとても難しい職種であることを示しています。このような職業別の有効求人倍率の大きな差が生まれる背景には主な要因が二つあるでしょう。一つ目は、仕事の強度と賃金のバランスが合っていない、すなわち賃金が安すぎるからです。
 例えば、介護サービス職業従事者(有効求人倍率は3.96倍)はこの要因が大きいと思われる職種のひとつであると思われます。賃金が介護保険制度という公的制度の中で自ずと限定されてしまうため、人手が不足しているからといって市場メカニズムで賃金が上がらないわけです。2022年度から一人当たり月額9000円相当の手当がされましたが、底上げにはなったものの一回限りの条件改善であり、人手不足状況は改善していません。こうした人手不足は不況になっても残ってしまう慢性的・構造的な人手不足だといえるでしょう。
 もう一つの理由は、求職者の希望する、あるいは能力を発揮できると考える職種と現在の労働市場が求める求人とのミスマッチでしょう。技術を持つ人の養成ができていない分野で人手不足となっている一方で、それほど需要がないのに職種自体の魅力からその分野の技術を身につける人が多く、求人倍率が低くなるという傾向が出る分野もあります。実際のところほとんどの分野の求人と求職の不均等は、この二つの要因が重なり合って起きているのだろうと推測できます。
 そして、若年人口が減少している中で、求人と求職のミスマッチが解消していかないと超高齢社会に必要な分野の労働力が慢性的に不足し、社会問題として深刻になっていきます。これは人口が増えれば解決するものではなく、賃金などの労働条件や高等教育や職業訓練が現実の社会のニーズに適合したものになることが重要です。

若年人口の減少

 日本における若年人口の減少は今に始まったことではありません。元を辿れば1970年代に出生率が大きく低下して2を割り込んでおり、少子化が始まりました。それによって、その後の若年人口の減少、人口構成が超高齢社会に移行するということが運命づけられてしまいました。
 なぜ出生率が大きく低下し、回復しないのでしょうか。国立社会保障・人口問題研究所の第16回出生動向基本調査(2021年)によれば、夫婦にたずねた理想的な子ども数(平均理想子ども数)は2.25人と2人を超えています。しかし、平均予定子ども数は2.01人で、結婚しない人も増えているので、出生率は2を超えることなく人口は減少、逆ピラミッド型の超高齢社会が続いていくことになります。
 国民のほとんどを占める労働者の賃金水準が低く、経済的要因で子供を多くは作れない、あるいは結婚できないと判断せざるを得ない人が多数になっているからです。つまり、経済全体で長期的に見た時に、資本は賃金として「労働力の再生産費」を支払っていない、ということの反映だといえるでしょう。賃金は短期的な生活費にはなっていても、長期的に労働人口を維持できる再生産費にはなっていないということです。
 この数十年間で日本が出生率を大きく低下させましたが、出生率の低下と将来の人口減少は先進資本主義国全体の問題でもあります。1970年代後半に先進資本主義国でほぼ同時に出生率が2を下回る少子化、つまり将来の人口減少に繋がる現象が始まりました。G5諸国の2021年現在の出生率(世界銀行推計)を見ると、日本1.3、米国1.7、ドイツ1.6、英国1.6、フランス1.8となっており、近年も出生率は低下傾向です。これらの国では、中国のように政策的に一人っ子政策が取られたわけではありません。むしろ、フランスなどでは家族政策を充実させることで出生率をある程度回復させましたが、2を超えることはできていません。先進資本主義国の人口はもうすぐすべて減少傾向に入るでしょう。また中国でも一人っ子政策を変更したにもかかわらず出生率は1.2(同)とかなり低くなったままで、人口減少がかなりのペースで進んでいくことになります。中国は「社会主義市場経済」の名の下に少なくとも東部、沿海部では工業化に成功し、所得水準が上がり、むしろ質の向上やサービス化に経済成長の方向が変化しています。その意味で、G5などが1970年代に経験したことと同様のことが起こっているのかもしれません。
現在、出生率が高く、人口が増え続けているのは、アフリカ諸国ですが、長期的な傾向としては出生率の低下が起きています。そのため、世界全体でも出生率は低下傾向が続いていて、1963年5.3(統計の取り得る期間でのピーク)だったのが2021年には2.3にまで低下しています。

資本主義と拡大再生産

 そもそも人類にとって人口がどんどん増えていく「拡大再生産」は今後も必要なことなのでしょうか?現在、世界の人口は80億人程度(国連経済社会局人口部)と推計されています。この地球上で約300年間の間に人口の急激な増加が起きました。18世紀に産業革命が起きる前には世界の人口は5億人にも満たなかったと推測されていますから、300年程度で15倍以上に膨らんでいるわけです。資本主義は人口の増加によって、より多い労働力を使用し、より多くの剰余労働を獲得してきました。そのことで、資本とその利益を増加させてきたわけです。これまで、資本主義の発達と人口増加は不可分だったと言えるでしょう。
 もしこの人口増加ペースが変わらなかったら300年経つと世界の人口は1200億人になってしまいます。しかし、地球にそれだけの人間が生活するスペースはありません。前述のように現代の経済はサービス化に向かっていますが、それは拡大する部分でサービスの割合が高まっているということであって、一人の消費する物質的な量が劇的に減少するわけではありません。また、サービス化はいわゆる先進国に限られた話であって、多くの発展途上国は生活水準向上のためにはまだまだ物質的な消費を増やさざるをえません。世界人口の増加は確実に地球の限られた資源の消費を増やしていくことになります。
 これまで資本主義のもとで工業の発展が「生活水準」を向上させることに役立ったのは事実でしょう。十分な食料の確保、適切な衣類、快適な住居、便利な交通手段など物質的な生産力の発達なしには得ることはできません。しかし、人間は物質的な消費を物理的な量として無限に行えるわけでも行う欲望を持っているわけでもありません。食べることができる食料の量には限界があるし、衣服を着る体も一つ、住居は広いに越したことはありませんが、限界はあります。物質的な消費において量の面で豊かさが満たされてくれば、次は質の向上を求めることになるでしょう。美味しくて栄養のある食事、デザインに優れた衣服、機能性のある住みよい住宅を求めるようになるのは自然なことでしょう。また、文化的な生活、すなわち娯楽や教養に対する需要、健康な生活を送るための医療や介護といった分野への需要が生まれ、これらの多くは物資的なモノの消費ではなく、サービス労働に多くを依存することになります。「脱工業化」というわけですが、必要な財の生産がなくなるわけではなく、サービスの生産が増加するという姿です。
 しかし、資本主義のもとではこうした生活水準の向上が全ての人々に均等に与えられるわけではありません。資本主義経済ですから生産手段を持つものが労働を搾取し利益を上げることができます。その利益の分配は企業の所有あるいは株式や貸付金の保有によって配当や利子として資産家(資本家)に分配されていきます、労働者と資産家の生活の格差は大きく開いていきますし、労働者の間でも賃金の格差や失業によって格差が生まれます。
資本主義は利潤を上げ続けるために拡大再生産を前提とし、またより高い利潤率を求めて動きます。しかし、必ずしも物資的な生産に限るわけではありません。貨幣が資本として投下され、労働を搾取できる機会が増加すればいいのです。ですから、産業のサービス化を進めてきたのも資本の側です。また、資源の消費を節約することによってエネルギーや部品などの物質的な生産量が減りますが、これは資本にとってコストを減らして利益を増やす手段であり、拡大再生産を志向する一方でコスト減を図ることは資本にとって相反することではありません。しかし、同時に資本にとって剰余価値を得る手段は剰余労働であり、労働力人口の絶対的な増加です。
 市場メカニズムが作用するのであれば、人口が増えて住む場所や基礎的資源のコストが上昇し生活が困難になることで、人口が抑制されるメカニズムが働くということになるのでしょう。しかし、この場合には弱者に生活の困難が皺寄せされることになるでしょう。現在、資本主義国で出生率が大きく低下してしまったのは、まさにこのメカニズムが働いてしまっているためです。
 人類は自らの知恵でこれ以上の世界人口の増加を止め、有限である地球資源を持続可能な方法で使っていくことが求められています。そのためには市場メカニズムによる資源配分という資本主義のシステムを変革し、民主的・計画的に経済を運営していくことが必要になるのです。


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