エダノン・ビジョンへの感想文

保守本流を自称する政治家であるし、それ以上の期待はせずに「枝野ビジョン」を読んだ。枝野氏の総理大臣になる覚悟の論である。

彼のいう保守とは日本の1500年の伝統である「寛容」であるそうだ。そんなに簡単にまとめられるほど日本の歴史は単純ではないと思うが、明治維新以降の150年との対比で使った比喩として理解しておこう。

しかし、枝野氏が自認する55年体制における保守本流もこの日本のモダナイゼーションの中から生まれた政治勢力ではなかったのか?日米安保体制の下で軍事コストを抑えて経済成長を高める政治路線は、戦後の米国追随での政治路線であり、それに福祉国家的な側面が加わっていったのは、当時の革新政治勢力や労働運動の成果であって、自民党主流が積極的に推進したわけではない。ただし、彼らがある程度妥協と協調を重視したことも指摘可能だが、それは階級闘争によるコストを抑えるためであり、「労資協調」という思想攻撃の一環でもあった。

枝野氏が自民党の変質の起点を小泉内閣とするのは、私から見れば奇妙である。自民党がサッチャリズムやレーガノミクスに親和的な路線を選んだのは中曽根政権からである。国有企業の民営化を進め、同時に国労をはじめとする戦う労働組合の解体、弱体化によって労働戦線の右翼的再編を誘導し、独占資本による支配を強化した。当時は新保守主義と呼ぶ場合が多かったが、新自由主義と基本的には同じレールの上にある。社会党・総評の解体に成功したのちに出てきたのが、「新自由主義」であり、よりイデオロギー的に純化されたものであろうが、現実の政治における具体的働きは新保守主義と同様ではないか。

枝野氏の具体的な政策についての考え方は、資本主義下における改良的政策として方向性としては、労働者や一般勤労国民の立場から概ね受け入れられるものであると思う。

民間でできないことまで民間に任せてしまう愚について語っていることは、なんでも民営化を行なってきた中曽根以来の自民党政権の政策への批判である。公共的な事業、施設(宇沢弘文言うところのコモンズの一部)のこれ以上の民営化を防ぎ、民営化されてしまっているが再公有化、再公営化が必要な分野(ベーシックサービス)について具体的な取り組みを求めたい。

東日本大震災の経験から、自治体が住民に近い存在でなければならないし、市町村合併でそれが失われたのではないかという問題意識は慧眼であると思う。役所が住民と近いというのは確かに役所の機能という点でポイントになる。中央においても地方においても、政府について大きいか小さいかではなく、機能するか否かという観点は大切であるが、同時に住民の参加という草の根民主主義をどう作っていくかも大事なのではないか。地域コミュニティーを支援するというが、それが権力の支配の道具になってしまうのであれば元も子もない。民主主義をどう育てて参加意識を醸成するのか。単位を小さくするというにとどまらず、さらに具体的ビジョンが欲しいところだ。日本的なムラへの肯定的評価はやめ、資本主義の枠内ではあっても、自立した個人の結合としてのコミュニティーづくりを目指すべきなのではないか。

自己責任論への批判から支え合う社会を作るというが、現代人は世界的に支え合って経済が成立しているのであって、問題なのはそれが商品、貨幣価値というものを媒介にしているために支え合いから漏れていく人が出てくる、また支え合うべき事柄が漏れてくることが問題なのである。新自由主義、「自己責任論」は当面の克服すべき問題ではあるが、本質的には資本主義が問題なのだ。「保守本流」らしく枝野氏はそれには言及しない。

そして経済政策での内需拡大論は、資本主義者らしく、経済成長(貨幣経済の増殖)と国民生活が逆立ちしてしまう。経済成長のための低所得者層の消費拡大というのは逆さまだ。低所得者層が安心して健康的で文化的な生活ができるようにするために、所得再分配を適正にすることが必要で、その結果として必需品を中心に国内需要が高まる。それが雇用の拡大につながるという観点が大切なのであって、経済成長は結果であるかもしれないが、目的ではない。労働時間の短縮よりも貨幣経済の増殖を優先する立場が滲み出ている。

医療、介護、教育、農林水産業といった分野に力点を置くというのはよいだろう。大量生産から多品種少量生産へ、などというのは、主に一部の消費財産業や部品産業にしか当てはまらない話で、こういうことを産業政策の軸にするべきではない。高技術の素材産業は依然として大量生産をベースにしており、その上に初めて多様な製品が生産できるということは忘れないほうがいい。それよりも産業のサービス化が進んで製造業自体のウエイトが小さくなった今、国内製造業の復活を目指すのか、どうかといった検討が必要なのではないだろうか。

その他、盛りだくさんだが、子ども手当など一律支援の方法を「普遍主義」として主張していることは正しいと思う。昨年の特別定額給付も一律であった。また貨幣での給付だけでなくベーシックサービスを充実させていくというのも必要であろう。税制の改革方向も間違っていないと思う。消費税ばかりが焦点になりやすいが、給付付き税額控除のほうが消費減税より明らかに逆進性対策になるし、社会保障負担の逆進性について言及していることも正しい観点だと思う。



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