(コラム)「新しい資本主義実現会議」緊急提言を読む

岸田首相は、当初「日本型資本主義の復活」を目指すとしていたが、すぐに「新しい資本主義」と表現を変えた。著書「岸田ビジョン」の中で、短期的利益を重視する「功利主義」を批判し、時流に乗って渋沢栄一の合本主義を持ち上げている。しかし、これは長期的に利益が上がることが大切といっているに過ぎず、資本主義の本質である利潤追求をより長期的な視点で図るといっているにすぎない。

「人」への投資

内閣官房に設けられた「新しい資本主義実現会議」では11月8日の第2回会議で、早速、「緊急提言」が発表された。産業政策などについては、これまでの政府の成長戦略と大して代わり映えのしない内容だが、分配戦略という項目を入れたのが目新しいところだろう。これは「安心と成長を呼ぶ『人』への投資の強化」と位置付けられている。「人」が中心なのではなく、経済(資本)のための人(搾取対象)への「投資」(利潤を上げるために資金を投ずる)として労働者への分配ということを考えようというわけである。つまり、目的は、「人材への投資」(教育や既存労働者の再教育)による生産性の向上(利潤の増加)でしかない。

賃金政策

賃上げに関しては、賃上げに積極的な企業への税制措置を検討するとしているものの、実際の施策の中身については明確ではない。一方で、まず「賃上げの機運醸成」と主観的な精神主義的願望に終始している。そして男女の賃金格差問題についても、「企業に短時間正社員の導入を推奨するとともに、勤務時間の分割・シフト制の普及を図る」といった、女性の労働を家計の補助的なものとみなす発想からの政策立案になっている。男女格差の問題の大きな部分は女性の非正規が多いことと、正規であっても昇格に格差があることである。そうした本質的な部分は無視して、むしろ非正規を正社員(正規)と呼び変えることでお茶を濁そうというわけだ。
ウーバーイーツなどが行っている方法で、個人の「業務請負」が拡大していることに対応して、「フリーランス保護のための新法」「公正取引委員会の執行体制を整備」としている。野放し状態の現状よりは改善する可能性はあるが、あくまでフリーランスの自営業者への業務委託という形を残そうとしている。しかし、欧米ではすでにこうした「業務請負」が実際の雇用関係であるとする判例が出ており、本来は出来高賃金制の雇用関係であることを明確にすべきだ。
「看護、介護、保育などの現場で働く方」の賃上げについては、公的価格の見直しを上げているだけで、それが賃上げなどの労働条件改善につながる仕組みを無視している。これでは公的価格の見直し(値上げ)で事業者だけがメリットを受けるようなことになりかねない。公的価格の引き上げに沿ってそれ以上の賃金引き上げを行う義務を事業者に課すべきであろう。
「子ども子・子育て支援」ではいくらか前向きな政策の方向性は出ているが、「子育て世帯が、親世帯の近くのUR賃貸住宅に新たに入居する場合に、家賃の減額を行う」といった親の協力を前提にした考え方が抜けていない。モデル的な家族が前提の発想では、片親世帯が増え、親とは遠距離で働かざるをえない労働者が増えている現実に全く適合していない。保育の体制整備など子育て世代を支える公的なベーシックサービスの充実こそが求められているのではないだろうか。

産業政策

科学技術立国の推進などという数十年使い古されたスローガンが繰り返されている。10兆円規模の大学ファンドなどどいうものをでっち上げようとしているが、莫大な債務を抱えている政府が、債務を増やしてこうしたファンドを作ろうとすることにどのような意味があるのだろうか?大学への科学技術研究への援助は直接的に国が財政支援すればよいだけだ。そのほうがコストも明確になるのではないだろうか。科学技術研究をその専門外の人間が評価して運用するようなファンドは岸田が批判する短期的利益志向の投資行動に陥る危険性が大だろう。あるいは大企業が高く買ってくれる技術に特化していく動きに誘導されてしまうのではないか。

「地方の課題を解決するため、地方からデジタルの実装を進める」としているのは、岸田ビジョンの「デジタル田園都市」なるものとの整合性を持たせるためであろうが、これについては別途内閣官房がデジタル田園都市国家構想実現会議を開催しているので、そちらでどのような内容が出てくるのかを注視したい。

また、事業再構築・事業再生の環境整備を分配戦略の中に潜り込ませている点も労働者の立場から警戒していかなければならないだろう。


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