プーチン政権によるウクライナ侵攻が世界経済にもたらすもの

月刊「社会主義」(社会主義協会)2022年5月号所収

原油価格の高騰

ロシア・プーチン政権によるウクライナへの軍事侵攻が2月24日に開始された。これに対抗して、欧米諸国はロシアに対する経済制裁を開始した。当初はプーチンや軍隊幹部、プーチンを支えるロシアの財界の大物(オリガルヒ)など個人の海外資産の凍結などであったが、さらに全般的な経済制裁に拡大された。その経済制裁策の中で、最も大きな影響を持つと考えられるのが、米英のロシア産原油の輸入を禁止する措置である。E Uは今までのところロシア産原油の輸入停止に踏み切っていないが、ウクライナ侵攻が長期化するに従い輸入禁止論が強まっている。こうした動きを受けて、原油市場で価格が高騰した。ロシア産以外の中東産などの原油へ需要がシフトし需給が大きくタイトになってくる可能性があるからである。
WTI原油価格で見ると、ロシア軍のウクライナ侵攻の直前2月23日92.1ドル/バレルが、3月8日には123.7ドル/バレルとわずか2週間で33%の値上がりとなった。原油価格はコロナ禍の始まった時期に大きく値下がりしたが、その後、産油国側が生産調整で対応し、世界景気の回復と共に回復したエネルギー需要を反映して徐々に価格上昇してきていた、これに拍車をかけたのが、今回の米英によるロシア産原油輸入禁止措置である。


原油価格の上昇に伴って連鎖的に他の資源価格も上昇している。他の鉱物資源の採掘にも大きなエネルギーが必要であることが多く、コストプッシュ型の価格上昇になったと言えるだろう。代表的な国際商品市況の指数であるTR/J CRB指数でみると、2月24日269.02から3月8日304.23への13%の上昇である。4月に入って原油価格も他の国際商品価格も落ち着いてきているが、ロシア軍のウクライナ侵攻前に戻っているわけではない。
ロシアは産油国として原油輸出を年間2億3660万トン(2020年、J O G M E C推定)の規模で行なっており、天然ガスと並んでロシアにとって最も重要な輸出品である。1バレル90ドルであれば1560億ドル規模の輸出品であることになる。
輸出の向け先としては、欧州が約5割を占めてきた。その他で大きいシェアを持つのが中国で約3割、その他の2割が旧C I S諸国や韓国、日本などである。

ロシアの欧州向けの原油輸出が全面的に止まれば、その余剰分を全て埋められる輸出先はないだろうということになる。政治状況や地理的条件からいって、中国は輸出先シフトの有力候補であるが、ロシア産原油はすでに中国の原油輸入の半分弱を占めており、最大でも欧州向けの半分程度を輸出できる可能性があるに過ぎない。つまり、ロシアは最低でも2割、最高5割程度の原油輸出の減少に見舞われることになる。これはロシアの国際収支を大きく悪化させる要因になるだろう。現在のところ欧州諸国全体がロシア産原油の輸入停止に入ったわけではないが、今後、緊張激化が起きてくると、欧州諸国全体がロシア産原油の輸入停止に踏み切る可能性もあるだろう。

ロシアにとって原油と並ぶもう一つの輸出の柱である天然ガスは、欧米の輸入禁止の対象にはなっておらず、またその担い手であるガスプロムは欧米との資金決済禁止から除外されている。ロシア側も輸出制限といった措置は今のところ取っていない。

本格的金融危機に至るかは未知数

こうしたロシアの国際収支悪化の見通しと欧米諸国がロシアの金融機関を国際資金移転網(S W I F T)から締め出したことで、ロシアの通貨ルーブルが一時大暴落した。2月23日に1ドル78.65ルーブルだった為替相場は一時135.8 ルーブル(3月10日)まで半分弱の暴落となったが、4月14日現在では81.7ルーブルまで戻っている。
米国はロシアが外貨準備として所有している米国債などを凍結した。そのため、ロシアの外貨準備の半分程度が為替相場維持には使えない状況となっている。一方で、ロシア中銀は政策金利を20%へと大幅に引き上げ、ロシアからの資金逃避を防ぐ措置をとっている。また外国人の証券市場での売買を停止し、外国人が保有するロシアの株式や債券を売却して資金逃避が起きないようにしている。こうした金融統制によってかろうじて公式相場を維持しているという状態である。しかし、市中の闇ドル市場ではルーブルは暴落したままであるとの観測も伝えられている。
ロシアの株式市場は暴落し、低迷を続けている。代表的な株価指数であるR T S指数をみると、侵攻直前の1226(2月23日)から侵攻当日(2月24日)いっきに742まで1日で約4割の大暴落を演じ、その後はほぼ横ばい推移であり、回復の方向性は出ていない。
今回のロシアにおける一時的なルーブル暴落や株価低迷は、1998年のロシア通貨危機とは全く異なる性格を持っている。1998年の通貨危機は、ルーブルのドルとの固定相場が維持できなくなったことによる危機であった。米国が政策金利を引き上げる中、ドルとルーブルの連動を維持するため、ロシアも政策金利の引き上げを行わなければならなくなった。さらに米国の政策金利の引き上げが進む中、ドルに連動していたルーブルはドル以外の通貨に対してかなり割高となり、国際競争力が低下し、ロシアの経済力で金利上昇とドル連動を維持することは難しくなってしまっていた。それが前年のアジア通貨危機と重ね合わさって、一気に危機を招来し、国際金融市場にも動揺を与えた。
今回の危機はロシアの経済力に問題があるわけではなく、金融上の経済制裁によりロシア政府による利払いが困難になったりしているだけで、ロシア経済そのものは資源頼りではあるが比較的順調であった。ただし、ルーブル防衛のために政策金利の大幅な引き上げを余儀なくされ、原油の輸出が削減されそれが長期化することになれば、徐々にロシア経済への悪影響が広がっていく可能性が高い。その段階で、あらためて本格的な経済危機、金融危機が発生する可能性は無視できない。この場合、ロシア向け債権や投資の価格が下がる、あるいは回収できなくなることで欧米の金融機関が痛手を受けることになるが、これが国際的な金融危機にまで発展する可能性は小さい。

原油価格の水準とインフレ圧力

米国では原油価格(エネルギー価格)主導でインフレ加速が起きている。直近3月のC P I上昇率(前年同月比)は8.5%となった。食料・エネルギーを除くベースでも6.5%に上昇した。コストプッシュ型のインフレ加速になっているといえる。
しかし、今回のロシア産原油輸入禁止による原油高を考慮しても、これまでの1年間のようなペースで原油高が継続することは考えにくい。2014年に生じた原油価格暴落以前は、原油価格はおおよそ100ドル/バレル近辺を上下していた。当時から米国の消費者物価は20%程度上昇しているので、120ドル/バレル前後であれば、産油国側からすれば、需要に見合った量を供給する目安になる。現状で120ドル/バレルを超えて大幅に上昇する可能性は小さいと思われる。バイデン政権が日量100万バレルの原油の備蓄放出を決めたが、米国政府として原油価格を100ドル/バレル水準に抑えていく方針であろう。

2014年に原油価格が暴落した事態を受けて、産油国側は2016年から従来のO P E C(石油輸出機構)に加えて、ロシアを含むO P E Cプラスの枠組みで原油生産量をコントロールし価格維持を図る戦略をとってきた。コロナ禍で大きく減産し、今後は緩やかな増産を目標としている。今後もO P E Cプラスが継続して機能していくかどうかは未知数であり、産油国側では常に個々の国の増産意欲が強い。特にサウジやU A Eがどのような態度をとっていくのかがカギを握っている。
米国の賃金上昇率(前年同月比)は、直近の3月5.6%(民間平均時給)の上昇であるが、昨年の前半から比較すると昨年後半以降1%程度加速した。しかし、C P I上昇率を超えておらず、実質賃金は低下してしまっている。こうした状況では、継続的でスパイラルな賃金インフレが起きる条件にあるとはいえないだろう。

一方、米国だけでなく、主要国が全体的にコロナ禍で設備投資が停滞して供給力が伸びていない中で、需要サイドの回復があったため、部分的には半導体などの供給不足が発生している点には注意が必要かもしれない。しかし、これはそうした分野における設備投資を促すことで景気回復過程は後押しされることになる。
現実のインフレ率の高まりによって、米国金融市場における長期的な期待インフレ率(普通国債とインフレ連動国債の利回り較差)も急上昇したが、2.9%(4月15日現在)となっており3%を超えていく動きにまではなっていない。
金融政策は、段階的な利上げのモードに入っておりタイト化に向かってはいる。コロナ禍が始まって以降これまでマイナス1%前後を推移していたインフレ連動国債の利回りは、上昇してきたものの、まだほぼゼロという水準である。すなわち、インフレ連動国債の利回りが表現している長期の期待実質金利がほぼゼロということであり、インフレ抑制作用を発揮するには至っていないと言えるだろう。

日本経済への影響

経済の省エネ化の進展に伴って、長期的に見ると原油の輸入量は大きく減少している。2001年から2021年にかけて、原油輸入量は2498億リットルから1443億リットルへと▲41.3%減少した。
一方で、原油に代わってエネルギー源として石油製品、液化天然ガス、石炭などの輸入が増加している。鉱物性燃料全体の輸入額は、1990年代に比べると2000年代に入って大きく水準を上げてしまっている。これは数量よりも主に価格上昇によるものである。
輸入額をG D P比で見ると、2013年に5.4%とピークとなった後、低下している。今年はかなり上昇するとは思われるが、鉱物性燃料価格は平均的には2022年に前年比50%上昇には届かないと考えられ、G D P比での輸入比率も2013年を超えるような比率にはならないと想定できる。


しかし、2021年に比較してG D P比にして1.5%程度、約8兆円の鉱物性燃料輸入代金が増加する、すなわち、国民所得がその分だけ減ることになる。モノやサービスの価格は上昇するが、原材料価格上昇に対し製品への価格転化が完全にはできない状況であり、付加価値の価格は下落するという現象が起きてくる。インフレ下の経済へのデフレ効果である。これに対して何らかの経済対策が必要になってくるだろう。
原油や国際市況商品の上昇はすでにさまざまな国内価格に波及している。原油価格などの天然資源価格は、製造業などにおける製品価格とは違い、平均コスト+平均利潤といった原理では決まらない。供給側のコストには大きな差異があり、価格は需要量に対する供給の限界コスト+平均利潤が基準となってくる。原油の場合、さらに産油国のカルテルによって高価格が形作られてきた。原油についていえば、サウジアラビアの原油生産のように採掘コストが低廉な場合には、差額地代に類する収入を巨額に得ることになる。これは需要側から供給側への所得移転であり、搾取の一形態であると位置付けられるだろう。資源価格上昇は中間投入を通じて全般的な物価上昇という形で、直接の需要家以外へも転化されていっている。つまり、賃金を上昇させられなければ、労働者が消費者としての生活費の増加によって負担させられる=実質賃金の切り下げということになる。

経済ブロック化の危険性

国際的な経済関係は平和的な関係があって成立しうるものであり、軍事的対立が常態化したり、経済制裁合戦が行われたりしていれば、貿易面においても金融面においても国際的な分業関係が維持・発展できず、世界が経済面でもブロック化していく危険性がある。
中国は一帯一路という西方への経済拡大戦略をとってきた。一帯一路構想は2013年にカザフスタンを訪問した習近平によって提唱された。「一帯」は中国の西側から中央アジア、欧州に通じる陸上地域一帯を指し、「一路」は東南アジアからアフリカの東海岸までに通じる海上ルートを指している。中国と欧州とを結ぶシルクロードをイメージしたものとされている。
中国は太平洋を挟んだ米国との経済関係よりも西への拡大を志向している。トランプ大統領時代に深刻化した米国との貿易摩擦は、バイデン政権になっても緩和する兆しが見えず、米中の経済関係が今後は縮小していく可能性がある。貿易額で見ると、米国の中国からの輸入額(米センサス局)は2018年5385億ドルでピークをつけ、2021年は5063億ドルであった。米国の中国への輸出額は増加を続けており、2021年は1510億ドルとなった。それでも輸入額の3分の1以下であり、対中貿易によって米国には巨額の貿易赤字が生まれている。
中国側から見れば、今後は大きな増加が期待できないといえ、輸出先として大きな市場であり、米国との決定的な経済関係断絶を行うことはできない。しかし、輸出先を欧州やアジアに求めていくことで輸出市場の拡大を図るという動きになっているわけである。特に中国が抱える重工業の国営企業の過剰生産能力を有効活用し、内陸部の経済開発を進めるという目的で国内外の大規模開発プロジェクトを中心にした需要政策であるとも見ることができる。
今回のロシア・プーチン政権によるウクライナ侵攻とロシアと欧米の関係悪化は、この中国の一帯一路戦略にも影響を与える可能性がある。中国は今回の侵攻に対して厳しい非難をロシアに向けておらず、今後、原油など天然資源の輸入先としてロシアとの関係を重視していくことになるだろう。中国は一帯一路を目指した各種の開発プロジェクトをアジア、特に西アジアで展開している。その向け先であるパキスタンやインドも、今回のロシアのウクライナ侵攻に対して中立ないし比較的ロシア寄りの態度を示しているが、ロシア寄りの態度である中国との外交関係は良好であると言える。
一帯一路は最終的な目的地を欧州として構想されたが、結果的に西欧までは含まず、中国、ロシア、西アジア諸国というユーラシアの地域的な経済ブロックが生まれてくる可能性もある。21世紀に入ってからの対欧米日への輸出を梃子とした中国の工業国としての立ち上がりから、経済のグローバリゼーションが進行してきたが、そうしたトレンドがいったん中断し、世界がドル圏、ユーロ圏、そしてユーラシア圏(一帯一路)といった地域経済ブロックへと分裂していく危険性には注意が必要であろう。ただし、ユーラシア圏は決済通貨という点でドルから脱して人民元などの役割が強まるのかどうか、強い経済ブロックとして機能するようになるには課題がある。
日本は、今年初めに中国、韓国、シンガポール、オーストラリアなど10カ国と共にR C E P=「地域的な包括的経済連携協定」を発効させた。太平洋圏での経済連携に対しても中国は前向きに対応している。R C E Pは緩やかな自由貿易協定であるが、日本企業のサプライチェーンという点からも重要な経済協力となる。ブロック化とは別の流れとして注意しておきたい。

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